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健康食品の機能をどう評価すべきか 【唐木英明・東大名誉教授寄稿】「無効有害論」を超える新たな試験設計

 唐木英明・東京大学名誉教授による寄稿連載「日本の健康食品制度を問い直す」第9回。プラセボ対照試験で有効性が示されなかったことは、健康食品が無効であることを意味するのだろうか。前回に続き、著者は「無効有害論」の前提を問い直す。今回は、健康食品に適した評価体系を検討する。【編集部】

「無効有害論」の論理構造

 健康食品の無効有害論は以下の論理構造を持つが、各ステップに科学的誤謬が含まれている。

・Step1の誤謬:「プラセボ対照試験で有効性が示されなかった」→ 試験設計が健常者・軽症者評価に不適切であり、ICHガイドラインが認める構造的偽陰性が発生している。有効性の不在の証明ではなく試験感度の問題である。(「有効性の判定に疑義がある」という批判もあるが、これについては後述する)

・Step2の誤謬:「効果がないのにコストがかかる」→ 効果の非検出と効果の不存在は別命題である。

・Step3の誤謬:「効果がなく有害事例もある(無効有害論)」→ 有害事例の大部分はいわゆる健康食品の製造品質管理不備によるものであり、成分の有効性・安全性とは別問題であり、因果推論の誤りを犯している

・Step4の誤謬:「したがって健康食品は規制すべき(または廃止すべき)」→ 誤った前提から導かれた政策結論であり、不適切な試験法の義務化という制度の誤りを棚に上げた議論である

 不適切な試験法を義務化した制度の誤りを棚に上げて、「健康食品は効果がない」と断じることは、科学的論理として成立しない。

科学的誠実性の崩壊

 ただし、業界側にも深刻な問題がある。プラセボ対照試験の義務化という不適切な制度設計が、業界の一部で科学的誠実性を損なっていることである。企業は「有意差」を出さなければ製品を販売できないため、本来「無効」と判定されるべきデータから無理やり有意差をひねり出す「P-hacking(多重性の乱用)」や、不適切なサブグループ解析(例:「40代男性に限れば有意差あり」など)に走らざるを得なくなる。そして、そのような不適切な行為が強い批判を生み、それが健康食品全体に対する不信を招いている。

 行政が構造的に不適切な試験を義務化した結果、市場には「統計的に歪められたエビデンス」が溢れ、それを見た行政がさらに「健康食品のエビデンスは信用できない」と批判するという、行政上あり得ない「負のスパイラル」に陥っているのだ。

プラセボ対照に代わる評価手法

 プラセボ対照試験に代わるいくつかの代替手法が提示されてきたが、その適否を精査する。

(1)ICH E10が規定する対照群
ICH E10(第8回参照)は対照群として、(1)プラセボ、(2)無治療、(3)異なる用量または投与、(4)異なる有効治療薬の4種類を規定し、さらに(5)外部対照(歴史的対照を含む)を加えた5類型を定義している。また対照群の決定方法として、ランダム化(無作為割付)と、試験で治療される集団から別個に選択された対照集団(外部または歴史的対照)の二つが示されている。

 医薬品の試験における対照群の主要な目的はただ一つ、試験治療によって引き起こされた患者のアウトカム(症状・徴候・その他の罹患率の変化など)を、疾患の自然経過・観察者や患者の期待(プラセボ効果)・その他の治療などの「他の要因」によるアウトカムから識別することである。対照群の経験は「治療を受けなかった場合、または既知の有効な別の治療を受けた場合に何が起きたか」を示す。

(2)プラセボ対照の本質的問題─健康食品との根本的不適合
ランダム化と盲検化は、治療群と対照群が試験開始時に類似しており、試験経過中も同様に扱われることを確保するために使用される。試験設計においてこれらの特性を含むか否かが、試験の質と説得力の決定的な規定要因となる。しかし健常者・軽症者を対象とする健康食品評価においては、この「盲検化によるプラセボ効果の排除」という発想そのものが問題の根源となる。

 プラセボ対照試験が発明された歴史的経緯、すなわち「保険医療制度において薬理作用に対してのみ対価を支払うために、薬理作用と心理作用を分離する」という財政的要請は、健康食品とは本質的に無縁である。さらにICH E10自身が認めるように、軽症・健常域ではプラセボ効果が実薬の薬理作用を凌駕し構造的偽陰性が生じる。これがプラセボ対照を健康食品評価に用いることの根本的不適合である。残された対照のうち、健康食品に最も適したものが無処置対照である。

無治療対照で何を測るのか

(3)無治療対照の健康食品への適用性の分析
健康食品を摂取した場合に観察されるアウトカムは、薬理作用、心理作用、自然回復の三要素から成り立つ。これに対して、プラセボ対照が測定するのは、心理作用と自然回復の2要素であり、無治療対照が測定するものは、自然回復のみである。

 プラセボ対照が「心理作用を除いた薬理作用のみ」を測定しようとするのは、医療保険制度において「薬理作用にのみ対価を支払う」という財政的要請から生まれた設計思想によるものだが、健康食品の消費者が製品から得る価値は、薬理作用だけではない。「これを続けているから健康でいられる」という安心感(心理作用)、それによって促進される規則的な生活習慣・運動・食事改善という行動変容もまた、製品が生み出す実質的な健康改善効果の一部である。従って、無治療対照試験が示す「薬理作用と心理作用」の合計効果こそが、健康食品が現実の生活の中で消費者にもたらす正直な効果量であり、これを「心理作用が含まれているから無効だ」と断じることは、健康食品の社会的価値を根本的に誤って評価することになる。

 ICH E10はプラセボ対照の利点として「被験者と試験者の期待の効果(心理作用)を最小化すること」を挙げている。これは医薬品評価において薬理作用を純粋に測定するために心理作用を「ノイズ」として排除することを意図したものである。しかし健康食品評価においては、心理作用は「ノイズ」ではなく「評価すべきシグナルの一部」である。無治療対照試験はこの両者を合計した形で測定するという、健康食品の評価目的に適合した設計と言える。

 加えて、インビトロ試験・動物試験においてその健康食品の薬理的メカニズムが別途確認されていれば、臨床試験で観察された効果が単純な自然回復でも偶然でもないことの科学的根拠として機能する。すなわち、動物試験で確認された薬理メカニズムと無治療対照試験で測定された効果という二段階の証拠の積み上げが、健康食品評価における最も整合的な科学的論証の形式となる。

 無治療対照試験は「自然回復のみ」を対照とすることで、健康食品が生み出す「薬理作用と心理作用」の合計という消費者にとっての実質的な健康改善効果の全体を測定する。これはプラセボ対照が「薬理作用のみ」を抽出しようとする保険財政的発想とは根本的に異なる哲学であり、健康食品がセルフケア製品として消費者にもたらす真の価値をより誠実に反映した試験設計である。心理作用を「排除すべきノイズ」ではなく「評価すべき効果の一部」として扱うこの発想の転換こそが、健康食品の臨床評価方法論の革新の核心にある。

(4)境界域集団を対象としたプラセボ対照試験—条件付きの限界
「血圧が高めの者」「腸内環境が乱れがちな者」等の境界域集団を対象とすることで効果量を確保しようとするアプローチは、健常者への適用上の限界を部分的に解消しようとするものである。しかし本質的にはこれも「治療試験」であり、対象者が軽症者である以上、プラセボ効果の問題がそのまま残存する。軽症者においてはプラセボのみで症状が改善・消失するケースが多く、実薬群とプラセボ群の差がゼロに近づく構造的偽陰性の問題は解消されない。したがって、境界域集団へのプラセボ対照試験適用は、完全な健常者へのプラセボ対照試験よりも現実的ではあるが、健康食品評価の抜本的解決策とは言えない。

前臨床試験、PRO・QOLをどう位置づけるか

(5)前臨床試験と無処置対照試験とPRO・QOL指標
以上の検討結果から、健康食品の評価において現時点で最も適切な枠組みは、「インビトロ試験・動物試験などの前臨床試験による薬理作用の事前確認→無処置対照試験によるヒトでの有効性確認」という二段階アプローチである。

 第一段階として、被験物質の薬理作用の存在がインビトロ試験(細胞・分子レベルの試験)および動物試験において十分に証明されていることが、ヒトでの臨床試験を実施するための科学的前提となる。薬理作用の生物学的メカニズムが動物レベルで確認されていれば、ヒトでの効果を評価するための試験設計に合理的な根拠が生まれる。

 第二段階として、ヒトでの臨床試験は「無処置対照試験」として設計する。すなわち、被験物質を摂取しない「無処置群(無介入群)」と被験物質を摂取する「被験物質群」を比較する試験設計である。この設計により、「プラセボを投与する」という行為そのものが持つ心理的効果(プラセボ作用)の問題を根本的に回避できる。無処置群には食品として認識される通常の食事が与えられ、「何か特別なものを飲んでいる」という期待が生じないため、プラセボ効果が介入群・対照群の双方に同程度に発生するという問題が解消される。

 評価指標としては、客観的検査値に加えて患者報告アウトカム(PRO)・生活の質(QOL)・主観的健康感・疲労感・睡眠の質等の自己報告型指標を主要評価項目として積極的に位置づける。「健康を維持・改善する」という健康食品の本来の目的に照らせば、これらの指標は疾患の臨床指標よりもむしろ本質的な評価尺度である。
 
 もちろん、現状のプラセボ対照試験により効果が判定できる場合もある。従って、必要な措置は現在のプラセボ対照試験の義務化を撤廃して、最も適した試験法を選択できる仕組みの採用である。

(6)EFSAが示す多元的評価の国際標準
 欧州食品安全機関(EFSA)は健康強調表示の科学的評価において、プラセボ対照試験以外に観察研究・疫学データ・メカニズム研究の総体的評価(weight of evidence approach)を認めている。この「多元的評価」アプローチは、(5)で示した「インビトロ・動物試験→無処置対照試験→PRO・QOL評価」という段階的評価の枠組みをそのまま包含するものである。すなわち、メカニズム研究(インビトロ・動物試験)による有効性の機序解明、無処置対照試験によるヒトでの効果確認、そしてQOL等の生活機能指標による総合評価という連鎖が、EFSAの多元的評価基準の具体的な実装形態となる。

 「プラセボ対照試験単体で判断する」という硬直的アプローチが国際的に主流でないことは、医薬品の軽症例問題でも示されているように、EBM研究者の間では既知の事実である。健康食品の有効性評価においては、プラセボ対照試験という一つの枠組みへの執着を捨て、評価目的に適合した多元的・段階的な証拠の積み上げを正式な科学的根拠として認める体系への転換こそが、制度改革の科学的基盤として求められている。

ガイドラインとQ&Aのねじれ

(7)ガイドライン(現「手引き」)とQ&Aのねじれ構造
 健康食品の試験法として、日本においても、プラセボ対照試験以外に観察研究・疫学データ・メカニズム研究の総体的評価を認めるべきであり、実際に機能性表示食品の制度において、ガイドラインではプラセボ対照試験を義務化していない。ところがQ&Aで事実上これを「義務化」している。臨床試験(ヒト試験)による科学的根拠の評価について、両者の文書は以下のように食い違っている。

・ガイドラインの建前(代替手段の容認):「特定保健用食品の試験方法(プラセボ対照試験など)に拠らなくても機能性の実証が可能な場合については、科学的合理性が担保された別の試験方法を用いることができる」としており、プラセボ対照試験を絶対の義務とはしていない。

・Q&Aの運用(事実上の義務化):「機能性表示食品に関する質疑応答集」の問5-6において、「最終製品を用いた臨床試験(ヒト試験)を科学的根拠とする場合は、特定保健用食品と同様に試験食摂取群とプラセボ食摂取群との群間比較により肯定的な結果が得られる必要がある」と回答している。

 届出を受理する消費者庁側は、実務レベルの判断基準としてQ&Aを重視する。そのため、ガイドライン上は「別の試験方法(無処置対照試験など)」が許容されているはずなのに、Q&Aのこの一文が壁となり、プラセボ対照試験以外の試験デザインが事実上認められないという運用が行われているのだ。この重大な矛盾について、筆者は消費者庁担当者と話し合ったことがあるが、改善の動きは全くない。

(第10回につづく)

【プロフィール】唐木英明(からき・ひであき):農学博士、獣医師。1964年東京大学農学部獣医学科卒。テキサス大学ダラス医学研究所研究員を経て87年に東京大学教授、2003年に名誉教授。「食の信頼向上をめざす会」代表を務める。専門は薬理学、毒性学、食品安全、リスクコミュニケーション。

日本の健康食品制度を問い直す【唐木英明・東京大学名誉教授寄稿】
【第1回】何が健康食品の活用を阻むのか 法的定義なき「健康食品」と46通知の壁
【第2回】4分類が生む混乱 保健機能食品の外に残された「いわゆる健康食品」
【第3回】トクホは本当に上位制度か 「国の審査」と「事業者届出」の実質的格差を問う
【第4回】トクホの安全性審査は必要か 制度改革に向けた提言と栄養機能食品の構造的課題
【第5回】健康食品制度は一本化できるか 主要国モデルから考える日本固有の障壁
【第6回】「いわゆる健康食品」をなくせるか サプリメント定義と形状二分論の必要性日本の健康食品
【第7回】日本に欠けた健康食品戦略 トクホと米国DSHEA、制度設計の分岐点日本の健康食品制度を
【第8回】「無効有害論」は科学的か プラセボ対照試験の限界と健康食品の価値

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