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何が健康食品の活用を阻むのか 【唐木英明・東大名誉教授寄稿】法的定義なき「健康食品」と46通知の壁

 「健康食品」という言葉は広く使われている。その一方で、法律上の定義は存在しない。では、法的定義を持たないまま広がってきた健康食品を、行政はどのように扱ってきたのか。本連載では、東京大学名誉教授の唐木英明氏による約4万字の寄稿を分載し、日本の健康食品をめぐる制度的な空白と矛盾を問い直す。第1回は、健康食品の「活用」を阻んできた原点をたどる。【編集部】

法的定義なき「健康食品」

 多くの消費者が健康食品を使って自身の健康を守り、その額は1兆円に達している。健康食品は国民の健康度の向上に役立っているだけでなく、ひっ迫する医療費の削減に大きく貢献しているのだ。ところが国にはこれを積極的に活用しようとする姿勢は全くない。むしろ、そのリスクだけを強調して、利用を抑制しようとしている。この大きな矛盾の背景には、単なる法律の不備にとどまらず、社会的・科学的・産業的な多層の矛盾が複雑に絡み合っている。

 この「定義の不在」が制度論的に深刻な理由は、規制の出発点そのものが曖昧であることを意味するからである。何を規制するかを定義できない規制体系は、論理的に成立しない。健康被害が発生した際にも、「この製品が健康食品であるか否か」について法律上の判断基準がなく、規制当局の恣意的運用が避けられない。また業界団体・消費者・医療関係者・行政がそれぞれ異なる意味で「健康食品」を使用しており、政策論議の前提が共有されないという根本的な問題が生じている。

食薬区分と46通知の壁

 日本の健康食品制度のあらゆる問題の根源には、食品と医薬品を峻別する「食薬区分」の原則がある。その原点となったのが、1971年(昭和46年)に当時の厚生省薬務局長が各都道府県知事あてに発出した通知、いわゆる「46通知」である。この通知は、食品の形をとりながら医薬品的な効能を標榜する製品を医薬品として取り締まる方針を明確にしたものであり、以後半世紀にわたり日本の食品・医薬品行政の基本枠組みを規定し続けてきた。
 「46通知」は次のように述べている。


 この通知が示す問題意識─消費者保護・粗悪品の排除・医薬品への信頼維持・経済的負担の防止─は、それ自体としては正当なものである。しかし、この食薬区分の原則は、その後に食品科学が明らかにした「食品の機能性」という新たな知見の前で、重大な制約として作用することになる。食品が健康に役立つ効果を持つことが科学的に明らかになっても、食品である以上その効果を標榜すれば医薬品とみなされ取締りの対象となるという、この「46通知」が確立した壁こそが、本稿が論じる「日本に健康食品の活用方針がない」という根本問題の制度的淵源なのである。

トクホ誕生の理想と妥協

 特定保健用食品(トクホ)と機能性表示食品の現状を正しく理解するためには、その出発点であるトクホがいかにして誕生したかという歴史的経緯を振り返る必要がある。トクホの誕生には、食品科学の輝かしい発見に始まる壮大な夢と、それを阻んだ制度の壁、そして壁に穴をあけるための数々の苦渋の妥協という、複雑な物語がある。

 1980年代、食品科学の進展により、食品には従来知られていた栄養素としての「一次機能」、味や香りといった「二次機能」に加えて、生体の生理機能を調節する「三次機能」が存在することが科学的に明らかにされた。文部省の特定研究「食品機能の系統的解析と展開」(1984年〜)はこの概念を世界に先駆けて体系化し、日本は「機能性食品(functional food)」という概念の発祥地となった。食品に含まれる成分が血圧・血糖・腸内環境などの生理機能を調節するという発見は、食品の新たな可能性を切り拓く画期的な科学的成果であった。

 この科学的発見は、単なる学術的成果にとどまらず、国家的な政策構想へと発展する大きな夢を伴っていた。すなわち、食品の機能性を活用して国民が日常の食生活の中で健康を維持・増進し、生活習慣病の発症を予防することで、増大し続ける国民医療費を削減するという壮大な国家戦略の構想である。食品という誰もが毎日摂取するものを通じて国民全体の健康度を底上げできるならば、その公衆衛生上・医療経済上の意義は計り知れない。機能性食品は、予防医学とセルフケアを軸とした新たな健康政策の中核となることを期待されていた。

 しかし、この夢の前には強固な制度の壁が立ちはだかった。

 【食薬区分の壁】「46通知」は、医薬品と食品を峻別する原則を確立し、「身体の構造・機能に影響を及ぼすことを目的とするもの」「医薬品的な効能効果を標榜するもの」は医薬品とみなすとした。食品が健康への効果を標榜することは、この食薬区分の原則に正面から抵触するものであった。

 【医師会の壁】食品に健康への効果を認めることは、疾病の予防・治療という医療の領域に食品が踏み込むことを意味し、医療界からの強い警戒と抵抗を招いた。食品が「効く」ことを公的に認めれば、患者が適切な医療を受けずに食品に頼る危険があるという懸念が、制度創設への大きな反対圧力となった。

 これらの壁を越えて食品の機能性表示を制度化するために、トクホ制度はきわめて過重な規制と、これにかかる莫大な経済的負担を受け入れることで、1991年に誕生した。それは食薬区分という岩盤に小さな穴をあけるための、苦渋に満ちた譲歩の集積であった。

 【あくまで「食品」の範疇に留めること】トクホは医薬品、あるいは医薬品と食品の中間の第3のカテゴリではなく、あくまで食品という位置づけを厳格に維持した。疾病の治療・予防を標榜することは認めず、表示できるのは「健康の維持・増進に役立つ」という限定的な保健の用途のみとされた。

 【ヒト臨床試験の義務化】医薬品に準じた科学的根拠を求め、最終製品を用いたプラセボ対照ヒト臨床試験を義務付けた。これは食品としては極めて高いハードルであった。さらに、医薬品の治療試験であるプラセボ対照試験を義務付けたことは、科学的には大きな誤りであったことは本稿の後段で論じる。

 【国による機能性審査と安全性審査】医薬品の承認審査に類似した、国による個別の有効性審査・安全性審査を課した。「国がお墨付きを与える」という重い手続きが、制度への信頼を担保する代償とされた。

 【「明らか食品」形状への限定】「「46通知」の縛りにより、当初のトクホは、錠剤・カプセル等の医薬品的形状ではなく、ヨーグルト・飲料等の通常の食品形状(明らか食品)に限定された。2001年の「46通知」の改定により形状規制は撤廃されたが、現在もなお多くのトクホは「明らか食品」形状である。

 【限定された表示】表示できる文言は審査で認められた範囲に厳格に制限され、医薬品的な効能効果を想起させる表現は一切排除された。

 これらの妥協の結果、トクホは食薬区分という岩盤に確かに小さな穴をあけることに成功した。食品が公的に保健の用途を表示できる世界初の制度として、日本は国際的にも先駆的な地位を得た。しかし、その代償は大きかった。

 国民健康度の向上と医療費削減のための活用という壮大な国家戦略の夢は、数々の妥協の中で消え去り、トクホの存在意義は極めて曖昧なものにされてしまった。「あくまで食品」「疾病予防は標榜できない」「効果については慎重に」という制約の中で、トクホは予防医学・医療経済の重要な構成要素という当初の構想からは遠く切り離され、個別企業の商品差別化のツールという位置づけに矮小化されていったのだ。

「建て増し方式」が残したもの

 トクホ誕生後も、保健機能食品の拡大を図ろうとする力と、これを押しとどめようとする力との綱引きは続いた。米国の圧力により「46通知」の形状規制が撤廃され、米国からサプリ形状のビタミン類が押し寄せた。その対応として、2001年には栄養機能食品制度が発足した。2015年には規制緩和による経済活性化の一環として、機能性表示食品制度が誕生した。栄養機能食品の規格基準制度と、機能性表示食品の届出制度は、トクホの国による審査制度を大幅に緩和したものだったが、それは健康食品制度の確立という国家戦略の中から生まれたものではなく、社会状況の変化の中で、基本設計なしに、「建て増し方式」で作られたものだった。

 機能性食品という概念を世界に先駆けて生み出し、国民の健康増進と医療費削減という壮大な夢から出発したにもかかわらず、薬機法(食薬区分)の壁の前に、健康食品に関する国家戦略は今日に至るまで確立していない。「日本に健康食品の活用方針がない」という根本問題は、まさにこのトクホ誕生時に夢が断念されたという歴史的経緯にその淵源を持つのである。

(次回に続く)

【プロフィール】唐木英明(からき・ひであき):農学博士、獣医師。1964年東京大学農学部獣医学科卒。テキサス大学ダラス医学研究所研究員を経て87年に東京大学教授、2003年に名誉教授。「食の信頼向上をめざす会」代表を務める。専門は薬理学、毒性学、食品安全、リスクコミュニケーション。

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