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「無効有害論」は科学的か 【唐木英明・東大名誉教授寄稿】プラセボ対照試験の限界と健康食品の価値

 唐木英明・東京大学名誉教授による寄稿連載「日本の健康食品制度を問い直す」第8回。健康食品を巡っては、「効果がない」「むしろ有害」「効果があるなら医薬品になっている」などといった批判が根強い。今回は、そうした「無効有害論」の科学的根拠として持ち出されるプラセボ対照試験に焦点を当てる。医薬品評価の標準とされてきた試験設計は、健康食品の価値を適切に測定できるのか。著者は、その前提を問い直す。【編集部】

プラセボ対照試験は何のために生まれたか

 健康食品に対する「効果がない・むしろ有害」「効果があるなら薬になっている」という「無効有害論」は、一定の社会的影響力を持っている。しかしその科学的根拠として引用される「プラセボ対照試験で有効性が示せなかった」という論拠は、根本的な試験設計の誤用に基づいており、科学的論理として成立しない。

 プラセボ対照試験が医薬品評価の標準として確立されたのは20世紀中盤のことだが、その制度化の背景には純粋な科学的要請ではなく、医療保険制度の財政的要請がある。この起源を正確に理解することが、健康食品評価への適用の誤りを理解する上で不可欠である。

 近代的な医療保険制度が確立されるにつれ、「何に対して保険から支払うか」という問題が生じた。医師の処方・診察・入院には支払いを行うとして、医薬品の「効果」に対しても保険から支払うとすれば、「何が効果か」を客観的に定義・測定する必要が生まれた。

 ここで根本的な問題が浮かび上がった。医療には2種類の効果が存在する。1つは薬の化学成分が身体に作用する「薬理作用」であり、もう1つは患者の「これで治る」という期待・信念がもたらす「心理作用(プラセボ効果)」である。

 この起源を踏まえると、プラセボ対照試験は「科学的有効性の唯一の証明手段」として生まれたものではなく、「保険財政上、支払い対象となる薬理作用を心理作用から分離する」という行政的・財政的要請から生まれたことが分かる。この起源の理解が、健康食品への適用の誤りを解明する鍵となる。

プラセボ効果は「偽の効果」ではない

 プラセボ効果を除外する理由は、これが単なる「気のせい」であり、だから治療効果として認めることができないという前近代的な誤解だった。現在、プラセボ効果は「何も起きていない偽の効果」ではなく、神経科学・免疫学・心理生理学的に実在する治療効果として確立されている。

・神経科学的実証:プラセボ投与によりオピオイド系神経伝達物質(エンドルフィン等)が実際に分泌されることが神経画像研究(fMRI・PET等)で繰り返し示されている。「これで良くなる」という期待が、文字通り脳内化学物質の変化を引き起こす

・免疫系への影響:患者の期待・信念がコルチゾール・NK細胞活性・インターロイキン等の免疫指標に実測可能な変化をもたらすことが多数の研究で示されている

・心臓外科領域での実証:偽手術(胸を切開するが実際の手術は行わない)が実際の手術と同等の症状改善をもたらした事例が報告されており、プラセボ効果の身体的実在性を強く支持する

・疼痛管理における生化学的確認:プラセボによる疼痛軽減は、オピオイド拮抗薬のナロキソンを投与すると阻害される。これはプラセボによる鎮痛が「思い込み」ではなく、内因性オピオイドの実際の分泌によるものであることを証明している

軽症者・健常者で生じる試験感度の問題

 これらの研究が示すのは、プラセボ効果とは「身体が自己治癒力を発動している」という生理的実体を持つ現象であり、医療における重要な治療資源の1つであるということだ。

 ところが、この大きな効果が、プラセボ対照試験が持つ原理的な欠陥を表面化させるという重大な問題を引き起こす。これについて、厚生労働省医薬局審査管理課長通知『「臨床試験における対照群の選択とそれに関連する諸問題」について』では次のように記載している。なおこの課長通知はICH(日米EU医薬品規制ハーモナイゼーション国際会議)のガイドラインE-10(ICH E10)に対応するものである。

 『有効と考えられている薬剤が適切に計画・実施された対照試験で必ずしも毎回プラセボ対照に優ることを示すことができず、従って特定の試験条件でその薬剤が有するであろう最小の効果を十分信頼できるほどに確定できないような疾患は数多く存在する。そのような疾患の例としては、うつ病、不安神経症、痴呆、狭心症、症候性うっ血性心不全、季節性アレルギー、症候性逆流性食道疾患のように、プラセボ群で大きな改善や変動が認められたり、治療効果が小さかったり大きくばらつくようなものが挙げられる。』(1.5.1.1 「薬剤効果に対する感度の既存の証拠」と非劣性の限界値の選択)

 『ある治療のプラセボに対する優越性が証明されなかった場合に、証明されなかったという事実は、その治療が無効であったか、あるいは、そのようにデザインされ実施された試験が、有効な治療とプラセボを区別する力を持たなかったことを意味している。』(1.5.2 優越性の証明を目的とした試験における分析感度)

 そのような例を図に示す。この例では、鎮痛薬セレコキシブとプラセボが同程度の効果があるので、「差し引き」をすると鎮痛薬に薬理作用がないことになる。しかし鎮痛薬の薬理作用は多くの試験で確認されている。従って、この例ではプラセボ対照試験で薬理作用を検出できないことが分かる。(Ann Rheum Dis 2010 69(8): 1459-64, doi: 10.1136/ard.2009.120469から作図)

抗うつ薬研究が示すプラセボ対照の限界

 また、Kirsch et al.(2008年、PLoS Medicine)の大規模メタ分析は、軽症〜中等症うつ病では抗うつ薬の効果の約75〜80%がプラセボ効果で説明可能であり、実薬とプラセボの純粋な薬理効果の差は軽症では臨床的有意差の基準を下回ることを示した。この研究は規制当局の評価基準自体への根本的疑問を提起し、大きな議論を呼んだ。

 多くの軽症疾患において、プラセボ対照試験で薬理作用をプラセボ効果から分離することが原理的に困難であるという事実は、健康食品の健常者・軽症者評価においてプラセボ対照試験が有効でないことの医薬品における先行実証と言える。

 軽症者・健常者を対象とした場合に何が起きるかを、重症患者との比較で構造的に示す。

 軽症者・健常者での「無効判定」は、「薬理作用が存在しない」ことを意味するのではなく、「プラセボ効果がすでに最大効果に達しているため、これと並列して作用する薬理効果が覆い隠されて、測定不能になっている」という試験感度の問題である。この根本的な誤解が「無効有害論」の科学的誤謬を生み出している。

プラセボ対照試験の原理

 プラセボ対照試験の薬理学的な原理は、薬理作用とプラセボ効果が直線的に並んだ「加算」であるという仮定の下に、薬物の作用(薬理作用+プラセボ効果+自然回復)からプラセボの作用(プラセボ効果+自然回復)を差し引いた残りを「薬理作用」と規定するものである。しかし、実際には薬理作用とプラセボ効果は直線的な「加算」ではなく横並びの「並列」である。そして、図に示したような軽微な症状の時にはプラセボ効果だけで完治することがある。この場合には、薬物作用からプラセボ作用を差し引くと残りがなくなり、薬理作用がないという「偽陰性」が発生する。

 従って、プラセボ対照試験が成立するのは、薬理作用とプラセボ効果の差が大きい症例のみである。多くの医薬品の対象症例ではプラセボ対照試験が成立するので、「プラセボ効果を除外するための唯一の方法」として利用されている。しかし、一部医薬品と、多くの健康食品の対象症例では、この試験法は原理的に成立しない。これがプラセボ対照試験の大きな欠点である。

健康食品の価値は何か

 医薬品においては「薬理作用にのみ対価を支払う」という保険財政上の要請があるが、健康食品において消費者が購入するのは、薬理学的な成分の作用だけでなく、「これを飲んでいるから健康だ」という安心感・健康的な生活習慣の維持への動機付け・セルフケアの積極的実践という行動変容を含む総合的な健康改善パッケージである。

 この総合効果から「心理作用を除いた純粋な薬理作用のみを取り出して評価せよ」という要求は、健康食品の社会的機能を根本的に誤解した評価基準の適用である。健康食品の価値の一部が心理作用(期待・安心感・行動変容)に由来することは、その価値を否定するものではなく、むしろセルフケアにおける重要なメカニズムの一つとして積極的に評価されるべきである。

 最も本質的な問題は、「保険財政上、支払い対象となる薬理作用を心理作用から分離する」という行政的要請から生まれたプラセボ対照試験が、「科学的有効性の唯一の証明方法」として誤って神格化され、健康食品という全く異なる評価目的に誤用されているという点である。「プラセボ対照試験を通過した=科学的に有効」「通過しない=科学的に無効」という等式は、本来の試験目的から大きく逸脱した誤用である。

 医薬品領域において既に明らかにされているこのような事実が、健康食品領域ではなぜ無視されているのだろうか。告白すると、薬理学者である筆者自身がかつては「プラセボ対照試験信者」であり、その欠陥をあえて無視していた。現在でも、多くの専門家が筆者と同じ誤解をしている。だから試験法を改善しようとする動きが広がらないのであろう。

(第9回に続く)

【編集部より】本寄稿連載は全13回の予定です

【プロフィール】唐木英明(からき・ひであき):農学博士、獣医師。1964年東京大学農学部獣医学科卒。テキサス大学ダラス医学研究所研究員を経て87年に東京大学教授、2003年に名誉教授。「食の信頼向上をめざす会」代表を務める。専門は薬理学、毒性学、食品安全、リスクコミュニケーション。

日本の健康食品制度を問い直す【唐木英明・東京大学名誉教授寄稿】
【第1回】何が健康食品の活用を阻むのか 法的定義なき「健康食品」と46通知の壁
【第2回】4分類が生む混乱 保健機能食品の外に残された「いわゆる健康食品」
【第3回】トクホは本当に上位制度か 「国の審査」と「事業者届出」の実質的格差を問う
【第4回】トクホの安全性審査は必要か 制度改革に向けた提言と栄養機能食品の構造的課題
【第5回】健康食品制度は一本化できるか 主要国モデルから考える日本固有の障壁
【第6回】「いわゆる健康食品」をなくせるか サプリメント定義と形状二分論の必要性日本の健康食品
【第7回】日本に欠けた健康食品戦略 トクホと米国DSHEA、制度設計の分岐点

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