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日本に欠けた健康食品戦略 【唐木英明・東大名誉教授寄稿】トクホと米国DSHEA、制度設計の分岐点

 唐木英明・東京大学名誉教授による寄稿連載「日本の健康食品制度を問い直す」第7回。1991年、日本では特定保健用食品(トクホ)が誕生し、1994年、米国ではDSHEA(栄養補助食品健康教育法)が成立した。同じ時代に健康食品への関心が高まりながら、両国の制度設計は大きく分かれた。今回は、その対照から、日本の健康食品制度に欠けていた国家戦略、知識基盤、事後執行体制を問い直す。【編集部】

トクホとDSHEA、分かれた出発点

 日本のトクホ誕生(1991年)は、実は孤立した出来事ではなかった。同じころ、米国ではベビーブーマー世代の健康意識の高まり、自然療法・代替医療(CAM)への関心の増大、栄養学研究の国内的進展により、サプリメント産業が拡大していた。

 そしてFDA(米国食品医薬品局)は1990年代初頭にハーブ製品等を未承認医薬品として規制しようとしたが、健康食品業界が消費者運動を動員してFDAの規制強化に対抗し、最終的に議会を動かして1994年にDSHEA(栄養補助食品健康教育法)が成立した。

 同時期に、日米両国で健康食品に対する意識が高まったのだが、両国の対応は全く異なった。この対照は、日本が学ぶべき教訓を鮮明に示している。

 トクホは、国による個別審査、「あくまで食品」という建前、臨床試験の義務化、「明らか食品」形状への限定という数々の妥協を経て1991年に誕生したことはすでに述べた。これらの厳しい制約に加えて、46通知による錠剤、カプセル形状の規制、そして何より「健康食品の有効利用」という国家戦略そのものが最後まで策定されなかったことから、トクホは大きな産業的発展を遂げることができなかった。

 他方、同時期の米国ではサプリメント産業がすでに活性化しつつあり、その主力はサプリ形状のサプリメントだった。ところが、日本の46通知によるサプリ形状規制のために、米国企業は日本市場へ製品を輸出することができなかった。日米間で激しい通商上の議論が行われ、最終的に日本は2001年に46通知を改正してサプリ形状規制を緩和し、同時に栄養機能食品制度を創設した。ここでようやく日本にもサプリ形状の健康食品が法的に誕生したのである。

 DSHEAの最大の特徴は、その立法の冒頭に置かれたCongressional Findings(議会認定事項)である。そこでは以下のような国家的方針を明確に宣言している。

 米国議会が認定した主要な事項(DSHEA前文):「米国民の健康状態の改善は連邦政府の最優先課題である」「栄養とダイエタリーサプリメントの有効性を示す科学的研究が増加している」「健全な食生活は高額な医療処置の必要性を軽減する」「セルフメディケーション・栄養知識の向上・サプリメントの適切な利用は、慢性疾患の発症率低減と医療費削減に貢献する」「医療費の削減は米国の将来にとって最重要課題であり、経済発展の基礎である」

 この前文が示しているのは、サプリメントの規制論ではなく、「国民の健康増進と医療費削減という国家目標の達成手段としてサプリメントを位置づける」という明確な政策思想である。トクホが「食品としての建前」と「医薬品的効能の標榜禁止」という厳しい制約の中で防御的に制度化されたのに対し、DSHEAは国家戦略を法律の冒頭に明記し、その戦略実現の手段としてサプリメント市場を積極的に位置づけたのだ。「日本に健康食品の活用方針がない」という根本問題は、この日米の出発点の違いに鮮明に表れている。

規制緩和を支える知識基盤と事後執行

 DSHEAは、サプリメントの規制緩和と同時に、国立衛生研究所(NIH)内に栄養補助食品局(Office of Dietary Supplements: ODS)の設置を義務付けた。ODSはサプリメントに関する研究を調整し、規制上の論点に関する情報集約機関として機能してきた。設立当初は、科学文献の書誌情報と抄録を集めたデータベース(IBIDS、1999〜2010年)を整備して消費者が科学的根拠にア.クセスできるようにしていたが、2010年にIBIDSは廃止され、現在はその機能がPubMed Dietary Supplement Subset(PMDSS)に引き継がれている。

 これは「規制緩和と知識基盤整備を同時に行う」という米国モデルの設計思想を体現している。すなわち、米国は「事前審査を緩和する代わりに、消費者が自ら判断するための科学的情報基盤を国が整備する」ことによって、規制緩和のリスクを補完したのである。日本には、トクホの審査データを公開する仕組みそのものが存在しない。機能性表示食品には届出データベースという情報公開の仕組みはあるが、その専門的な内容を国民が理解し活用するための科学的解説・情報集約を行う機関は存在しない。後で論ずる「健康食品法における行政の有効性情報提供」の必要性は、まさにこのNIH ODSの機能に相当する。

 DSHEAは事前承認制度を廃止した「自由市場」型の制度であるが、これは「無規制」を意味しない。FDA内の栄養補助食品計画室(Office of Dietary Supplement Programs: ODSP)は、cGMPの策定・査察、新規食品成分の届出審査、重篤な有害事象の報告受理・分析、そして安全性に重大な懸念がある製品の市場からの強制排除という、事後的だが実効的な執行権限を行使している。

 米国のcGMPはFDAが規範を作成し、査察も国が直接実施する。米国モデルの「自由」は、強力な事後執行体制があってこそ機能する自由であり、執行を欠いた自由化は単なる無規制に陥る。日本も遅ればせながら、サプリメント形状の機能性表示食品については、GMP基準が内閣府告示に規定され、9月1日のGMP義務化完全実施以降、消費者庁や自治体による製造等施設への実施状況確認が行われる方向である。

 米国のダイエタリーサプリメント制度を「規制緩和」という一語で要約することは、その本質を見誤らせる。DSHEA・NIH ODS・FDA ODSPの三者は、「事前承認の不存在」「科学的知識基盤の整備」「事後的だが強力な執行」という三つの機能を分担し、相互に補完しながら一つの信頼保証制度を構成している。

 米国モデルの本質とは、規制を緩和した「代わりに」、①議会が国家戦略を法律に明記し、②NIHが科学的知識基盤を整備し、③FDAが事後的だが実効的な執行を担うという三層構造によって市場の信頼性を担保しているのだ。これは「自由か規制か」という二項対立を超えた、動的でバランスの取れた制度設計である。

 米国でもこの30年間、品質問題・健康被害・科学的根拠の不十分性等の問題が次々と生じたが、その都度、法律改正・FDA規則・ガイダンスの追加によって一つひとつ対応し、今日まで制度を進化させてきた。cGMP義務化・重篤有害事象の報告義務化は、いずれもDSHEA制定後に段階的に追加された規制強化策である。米国モデルは「最初から完成していた」のではなく、「国家戦略を維持しながら問題に応じて進化し続けた」制度なのである。

日米比較から見える5つの教訓

 日米の50年に及ぶ歴史の比較から、学ぶべき教訓は5つある。

 教訓① 健康食品法を制定して国家戦略を明記する:DSHEAの前文に見られる「国民の健康維持増進と医療費削減のためにサプリメントを活用する」という明確な国家的宣言は、日本には存在しない。健康食品法には、この「国家の意志」を明記することが不可欠である

 教訓② 規制緩和と知識基盤整備は対をなす:消費者・医療従事者が科学的根拠にアクセスできる公的な知識集約機関の整備なしに、規制緩和だけを行うことはリスクを高める。健康食品法には、NIH ODSのような、行政が科学的根拠を整理・提供する機能を併せて規定すべきである

 教訓③ 事後執行体制を国が直接担う:GMPの策定・査察・有害事象報告の受理・分析に関する日本の現行体制は、米国FDAの執行体制と比較して実効性に乏しい。国が直接執行を担う体制への移行が、規制緩和を可能にする前提条件である

 教訓④ 制度は段階的に進化させるものである:米国も最初から完成した制度を持っていたわけではなく、30年間の試行錯誤の中で品質・安全性・科学的根拠の基準を強化してきた。日本も「完璧な制度を作ってから動く」のではなく、国家戦略を明記した上で段階的に制度を進化させるアプローチを取るべきである

 教訓⑤ 46通知の制約が日本の制度的後進性を生んだ:米国企業が日本市場に輸出できなかった事実が示す通り、46通知によるサプリ形状規制は国際的に見ても特異な制約であった。2001年の規制緩和、2015年の機能性表示食品制度創設という日本の歩みは、米国に遅れること20年単位での後追いの歴史であったことを直視する必要がある

健康食品法に何を組み込むべきか

 日米の対照が最終的に示しているのは、トクホから機能性表示食品に至る日本の制度的歩みが、その都度「規制緩和」や「経済活性化」を目的として行われてきた一方で、米国のように国家戦略そのものを法律に明記するという発想には一度も到達しなかったという事実である。

健康食品法の制定にあたっては、単に米国の規制緩和の手法を模倣するのではなく、DSHEAが体現した「国家戦略の明記」「知識基盤の整備」「実効的な事後執行」という三層構造を一体的に日本の制度に組み込むことが、50年に及ぶ制度的後進性を克服する道筋となる。

 なお、DSHEAについては、グローバルニュートリショングループ代表の武田猛氏の優れた論説「米DSHEA制定から30年」(ウェルネスデイリーニュース掲載)を参照されたい。

【第1回】ダイエタリーサプリメント制度の実像 なぜ健康インフラとして育てられたか
【第2回】DSHEA制定時の思想 法律の冒頭に刻まれた「国家の意志」
【第3回】NIH ODSの役割 「情報に支えられたセルフケア社会」を支える科学基盤
【第4回】FDA「ODSP」の役割 「自由市場」を支える規制と執行の基
【第5回】米国モデルの本質 「自由か規制か」を超えた動的な信頼インフラ
【最終回】日本への示唆 「規制」だけではなく、「知識基盤」をどう構築するか

(第8回に続く)

【プロフィール】唐木英明(からき・ひであき):農学博士、獣医師。1964年東京大学農学部獣医学科卒。テキサス大学ダラス医学研究所研究員を経て87年に東京大学教授、2003年に名誉教授。「食の信頼向上をめざす会」代表を務める。専門は薬理学、毒性学、食品安全、リスクコミュニケーション。

日本の健康食品制度を問い直す【唐木英明・東京大学名誉教授寄稿】
【第1回】何が健康食品の活用を阻むのか 法的定義なき「健康食品」と46通知の壁
【第2回】4分類が生む混乱 保健機能食品の外に残された「いわゆる健康食品」
【第3回】トクホは本当に上位制度か 「国の審査」と「事業者届出」の実質的格差を問う
【第4回】トクホの安全性審査は必要か 制度改革に向けた提言と栄養機能食品の構造的課題
【第5回】健康食品制度は一本化できるか 主要国モデルから考える日本固有の障壁
【第6回】「いわゆる健康食品」をなくせるか サプリメント定義と形状二分論の必要性

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