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トクホは本当に上位制度か 【唐木英明・東大名誉教授寄稿】「国の審査」と「事業者届出」の実質的格差を問う

 唐木英明・東京大学名誉教授による寄稿連載「日本の健康食品制度を問い直す」第3回。前回は、特定保健用食品(トクホ)、機能性表示食品、栄養機能食品、その他のいわゆる健康食品という、「いわゆる健康食品」4分類が生む混乱が取り上げられた。今回は、「国が審査したトクホは信頼でき、事業者届出の機能性表示食品は劣る」という見方が問い直される。制度上の手続きの差は、実質的な効果や安全性の差を意味するのだろうか。【編集部】

「お墨付き」の内実

 4種類の健康食品の中で、一般に「国が審査したトクホは信頼できるが、事業者届出の機能性表示食品は信頼性が劣る」という認識が広く共有されている。しかし、これは制度の「手続きの差異」を「実質的な効果・安全性の差異」と混同した誤解に基づいている。

 情報公開の観点から両制度を比較すると、一般的なイメージとは逆の構造が浮かび上がる。機能性表示食品の届出資料(SR・臨床試験論文・安全性評価資料等)は、消費者庁のデータベースで全件公開されており、研究者・消費者・ジャーナリスト・医療関係者が誰でも閲覧・検証できる。これは「科学的根拠の民主的な開示」であり、情報公開の観点からは極めて優れた制度設計である。

 これに対してトクホの審査資料は原則として非公開であり、食品安全委員会や消費者庁がどのような科学的根拠に基づいて許可・不許可の判断をしたかを外部から検証する手段がない。「国が審査したから信頼できる」という論理は、実質的には「国の判断を盲目的に信頼せよ」という権威主義的な構造に過ぎない。現代の科学的規制(Science-based Regulation)の観点からは、審査プロセスと根拠の透明性こそが信頼性の基盤であり、非公開の審査に基づく「お墨付き」は、民主主義的な説明責任の観点から正当化が困難である。

情報公開なき制度、3つの弊害

(1)審査のブラックボックス化
 食品安全委員会におけるリスク評価は原則公開されているが、有効性に関する審査において、何が議論され、なぜ許可・不許可となったかの詳細な根拠が公開されない。「国が認めた」という結論だけが示される構造であり、科学的根拠の妥当性を外部から検証する手段がない。これは科学的規制の透明性原則に反する。

(2)許可後の再評価の不在
 一度許可されたトクホ製品の科学的根拠が、その後の研究によって否定・弱化された場合でも、許可を取り消す体系的な再評価制度が存在しない。1991年の制度開始以来、許可取消は製造品質管理の不備(成分量の不足)を理由とするものがあるが、「当初の科学的根拠が現在の水準で評価すると不十分」という理由での許可見直しは行われていない。古いエビデンスに基づく許可が半永久的に存続しうる構造は、科学的規制として根本的に問題がある。

(3)審査コストによる大企業優遇の固定化
 トクホの参入障壁は実質的に大企業にのみ突破可能であり、中小食品企業等がトクホ制度を活用することは困難である。トクホ許可取得実績の上位を大手食品・飲料メーカーが占めているのはこのためであり、制度が大企業の競争優位を固定化する機能を果たしている。

 行政がトクホの優位性を強調する際の論拠は「手続きの厳格さ」の差異に基づくものだが、そこから「実質的な効果・安全性の差」が生じるかどうかについての検証は存在しない。これは構造的な問題でもある。トクホの審査資料が非公開であるため、外部研究者がトクホと機能性表示食品の製品を比較して効果・安全性の実態を研究するための素材が得られない。消費者庁は両制度の効果・安全性の実態比較調査を実施しておらず、健康被害報告の集計はあっても製品数・摂取人口で補正した発生率比較が行われていない。

SRはRCTより劣るのか

 さらに、エビデンスの観点からは、機能性表示食品が利用する「システマティックレビュー(SR)方式」が、トクホが要求する「単一ヒト臨床試験方式」より必ずしも劣らないことに注意が必要である。EBM(根拠に基づく医療)のエビデンスピラミッドにおいて、ランダム化比較試験(RCT)を統合したSRは、単一のRCTよりも上位に位置付けられる。機能性表示食品制度において「SRによる届出はRCTより証拠が弱い」という誤解が流布しているが、これはエビデンスピラミッドとは正反対である。

 ただし、エビデンスピラミッドは「同じ対象について」の研究デザインを比較するための枠組みであり、トクホの「最終製品RCT」と機能性表示食品の「有効成分(機能性関与成分)SR」という「そもそも対象が異なる」証拠を比較するためには不十分である。エビデンスの国際的な評価手法であるGRADEの「直接性」という概念を加えることで初めて、「SRはエビデンスピラミッドで上位だが非直接性でグレードダウンしうる」、「最終製品RCTはピラミッドで下位だが直接性という重要な利点を持つ」という正確な評価が可能になる。両制度のエビデンスはそれぞれ異なる側面の証拠を提供しており、最も科学的に望ましい構造は「有効成分SR(広い証拠)+最終製品RCT(直接証拠)+メカニズム研究(機序の裏付け)」という三層を組み合わせた複合的証拠体系であり、現行制度はいずれもこの理想に達していない点で、一長一短といえる。

 SRに関するもう1つの誤解は、手法と質の混同である。SRに用いられた一次文献の質と数に問題がある場合がある。それはSR方式の問題ではなくエビデンス品質基準の問題であり、SRの質を向上させるための国際的な指針であるPRISMA2020の採用により対応できる性質のものである。

食品安全委員会の審査とは何か

 トクホは食品安全委員会の審査を受けているが、機能性表示食品はそれがないという、制度上の違いもある。それではこの制度の違いには実質的な違いがあるのだろうか。

 この問題を考えるポイントは2つある。1つは、審査の対象は機能性成分であること、そしてその多くはすでに長い食経験を有するものであり、安全性に懸念があるものは「指定成分等」として食品衛生法で規制されているという点である。もう1つは、紅麹サプリ事件を持ち出すまでもなく、安全性を損なう事例の大部分が製造工程における失敗であり、これは審査の対象外という事実である。従って、食品安全委員会の審査の有無が、安全性に実質的な格差を生んでいるとは考えられない。この点については、後でもう一度議論する。

格差論で隠される真の問題

 行政がトクホと機能性表示食品の格差を強調し続けることには、以下のような深刻な政策的弊害がある。

 消費者の誤った安心・不安の醸成:「トクホなら安全・効果あり、機能性表示食品は怪しい」という誤認が広まり、消費者の合理的選択を妨げる。実際には両制度の実質的格差を示すデータが存在しないにもかかわらずである。

 トクホ制度の既得権化の温存:格差を強調することはトクホメーカーの競争優位を制度的に保護し、大企業優遇・中小排除の構造を固定化する機能を果たす。

 機能性表示食品のエビデンス品質向上インセンティブの低下:「どうせトクホより下に見られる」という業界の諦めが、より高品質なSRの作成への自発的取り組みを阻害する。

 真の問題の隠蔽:両制度の格差論争に議論が集中することで、市場の7割を占める「いわゆる健康食品」の無規制状態という真の問題への対処が後回しにされ続ける。

 本来の制度改革の方向性は、「どの制度が上か、下か」などという格差論争から脱却し、「健康食品として最低限何を保証すべきか」という共通基準の法定化へと議論の軸を移すことである。その最低水準を満たした上で、より高いエビデンスを持つ製品が市場で正当に評価される仕組みが、消費者保護と産業振興を両立する制度の姿である。

(第4回に続く)

【プロフィール】唐木英明(からき・ひであき):農学博士、獣医師。1964年東京大学農学部獣医学科卒。テキサス大学ダラス医学研究所研究員を経て87年に東京大学教授、2003年に名誉教授。「食の信頼向上をめざす会」代表を務める。専門は薬理学、毒性学、食品安全、リスクコミュニケーション。

日本の健康食品制度を問い直す【唐木英明・東京大学名誉教授寄稿】
【第1回】何が健康食品の活用を阻むのか 法的定義なき「健康食品」と46通知の壁
【第2回】4分類が生む混乱 保健機能食品の外に残された「いわゆる健康食品」

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