NIH ODSの役割 【寄稿】「情報に支えられたセルフケア社会」を支える科学基盤
【武田猛・グローバルニュートリショングループ代表】
DSHEA(Dietary Supplement Health and Education Act:ダイエタリーサプリメント健康教育法)のFindingsにおいて示された「情報に支えられたセルフケア社会」という思想は、単なる理念として掲げられただけではなかった。
米国政府は、DSHEA成立直後、その思想を具体的に社会実装するための組織整備に着手する。
その象徴が、1995年にNIH(National Institutes of Health:米国国立衛生研究所)内へ正式に設立されたODS(Office of Dietary Supplements:ダイエタリーサプリメント局)である。
これは極めて重要な意味を持っていた。
なぜなら米国は、ダイエタリーサプリメントを単に「規制対象」として扱うのではなく、まず「科学的に理解すべき対象」として位置づけたからである。
しかも、その役割を担わせたのは、規制機関であるFDA(Food and Drug Administration:米国食品医薬品局)ではなく、米国を代表する医学研究機関であるNIHであった。
ここに、DSHEA後の米国モデルの大きな特徴がある。
ODSは、サプリメントの販売促進機関ではない。
また、業界擁護機関でもない。
ODS設立の目的は、DSHEA Section 3に基づき、ダイエタリーサプリメントに関する科学的知見を整理し、研究を推進し、その成果を国民および医療関係者へ適切に提供することであった。
ODSのミッションは、大きく3つに整理されている。
第一に、ダイエタリーサプリメントに関する科学研究の支援である。ODSは、NIH内外の研究プロジェクトに対し研究費(グラント)を配分し、ビタミン、ミネラル、オメガ3脂肪酸、植物由来成分(ボタニカル)、プロバイオティクスなど、多様な領域の研究を支援してきた。
第二に、研究成果の収集・分析と情報統合である。ODSは、個別研究を単発で終わらせるのではなく、それらを横断的に整理し、公衆衛生上どのような意味を持つのかを評価する役割を担っている。
そして第三に、国民および医療従事者への教育・情報提供である。
この第三の役割は、日本との違いを考える上で極めて重要である。
日本では、サプリメントに関する情報の多くが、企業による広告、販売促進資料、届出資料、メディア記事などを通じて流通している。
一方、米国ODSは、政府研究機関として、「科学的で、誤解を招かず、中立的な情報」を公的に整備することを重視してきた。
その代表例が、「Dietary Supplement Fact Sheets(ファクトシート)」である。
ODSのファクトシートは、ビタミン、ミネラル、植物由来成分などについて、
・どのような研究が存在するのか
・どの程度のエビデンスがあるのか
・推奨摂取量はどの程度か
・過剰摂取リスクはあるか
・医薬品との相互作用(飲み合わせ)はあるか
などを、包括的かつ中立的に整理したデータベースである。
ここで重要なのは、ODSのファクトシートが、特定企業の製品販売を目的とした資料ではないことである。
また、「危険性」だけを強調する規制文書でもない。
効果、限界、安全性、相互作用などを、同じテーブルの上で整理し、国民と医療従事者が共有できる“知識インフラ”として設計されている。
この点は、日本の機能性表示食品制度とも対照的である。
日本の機能性表示食品制度では、基本的に事業者が自社製品のために科学的根拠を整理し、届出を行う。
一方、ODSは、国家機関として、特定企業から独立した立場で知見を整理し続けている。
さらにODSは、研究投資の透明化にも取り組んできた。
代表例が、CARDS(Computer Access to Research on Dietary Supplements)である。
これは、連邦政府がダイエタリーサプリメント研究へどのような研究費を投じているのかを公開するデータベースであり、どの領域へ国家研究投資が行われているかを可視化する仕組みである。
そして重要なのは、その研究投資規模である。
ODS公式資料によれば、FY2024(2024年度)のODS予算は2,850万ドルであり、そのうち約2,040万ドルが研究プロジェクト支援へ投入されている。ODSは大型研究費を単独で直接配分するのではなく、NIH各研究所との共同出資(co-funding)を通じて、査読済み研究を支援する仕組みを採用している。
さらに、ODS単独だけではなく、NIH全体としても継続的な研究投資が行われてきた。1999〜2007年の間だけでも、NIHはダイエタリーサプリメント関連研究へ約19億ドルを投入し、6,748件の研究プロジェクトを支援している。年間研究投資額は、この期間に約2倍以上へ拡大したと報告されている。
これは極めて重要である。
米国は、ダイエタリーサプリメントを単なる市場商品としてではなく、「公的研究領域」として継続的に扱ってきたのである。
またODSは、単に研究費を配分するだけではなく、定期的にStrategic Plan(戦略計画)を策定している。
初期のODSは、ビタミン、ミネラル、欠乏症、汚染問題など、比較的伝統的な栄養学テーマを中心としていた。しかしその後、ボタニカル、医薬品相互作用、エビデンスレビュー、消費者教育へと領域を拡張し、現在ではprecision nutrition(精密栄養)、個別化栄養、データサイエンス、リアルワールドデータなども重要テーマとなっている。
つまりODSは、単に既存知識を維持する組織ではなく、社会変化と科学進歩に合わせて、「何を研究すべきか」そのものを更新し続けてきたのである。
ここから見えてくるのは、ODSが単なる「栄養研究機関」ではないということである。
ODSは、変化し続ける市場・科学・生活者ニーズに対し、国家としてどのように知識基盤を更新し続けるかを担う組織として機能してきた。
そしてもう1つ重要なのは、ODSが「医療従事者教育」を重視してきた点である。
米国では、医師、薬剤師、栄養士などがODSの情報を参照しながら、患者のセルフケアやサプリメント利用について助言を行うケースも少なくない。
ここには、「サプリメントを医療の敵として排除する」のではなく、「医療とセルフケアの接点を科学的情報で支える」という思想を見ることができる。
つまりODSは、単なる研究支援機関ではない。
DSHEAが掲げた、
「情報に支えられたセルフケア社会」
を実現するための、“国家的知識インフラ”として機能してきたのである。
(次回に続く)
【プロフィール】武田猛(たけだ・たけし):アピ㈱、サニーヘルス㈱を経て2004年、㈱グローバルニュートリショングループ設立。国内企業の新規事業の立ち上げ、新商品開発、マーケティング戦略立案などのコンサルティングや海外市場進出の支援、海外企業の日本市場参入の支援を行う。
DSHEA制定から30年【寄稿】武田猛・グローバルニュートリショングループ代表
:第1回 ダイエタリーサプリメント制度の実像 なぜ米国民の健康インフラとして育てられたのか
:第2回 DSHEA制定時の思想 法律の冒頭に刻まれた「国家の意志」

