米国モデルの本質 【寄稿】「自由か規制か」を超えた動的な信頼インフラ
【武田猛・グローバルニュートリショングループ代表】
ここまで見てきたように、DSHEA(Dietary Supplement Health and Education Act:ダイエタリーサプリメント健康教育法)以降の米国モデルは、単なる「規制緩和」でも、「市場任せ」でもなかった。
また逆に、強力な事前承認制度によって市場を厳格統制する「政府管理型モデル」でもない。
むしろ米国が30年以上かけて構築してきたのは、消費者の主体的選択(Self-Care)、科学的知識基盤(NIH ODS)、安全性監視と執行(FDA ODSP)、市場の自由、そして産業発展を、高次元で統合する「動的なエコシステム」であった。
ここに、米国モデルの本質がある。
日本ではしばしば、「自由か規制か」という二項対立でサプリメント制度が議論されることが多い。しかし、DSHEA後の米国を俯瞰すると、実際にはそのどちらか一方だけでは巨大市場は成立していないことが分かる。
もし完全な自由市場であれば、虚偽表示、安全性問題、粗悪品、情報混乱によって、消費者の信頼は容易に崩壊する。一方で、過度に医薬品的な事前承認制度へ寄せれば、製品開発やイノベーション、さらには多様化するセルフケアニーズへの対応が著しく制限される。
つまり米国は、「自由」と「規制」のどちらかを選んだのではない。
むしろ、「消費者が主体的に選択できる市場」を成立させるために必要な科学、情報、安全性、執行、教育を、国家基盤として整備してきたのである。
この構造を理解する上で重要なのが、「情報非対称性(Information Asymmetry)」という視点である。
サプリメント市場では、一般消費者が原料品質、エビデンスレベル、安全性、相互作用、適切な摂取量などを自力で正確に判断することは容易ではない。つまり本質的には、情報格差が極めて大きい市場なのである。
もし、この情報格差が放置されれば、市場は誇大広告、不正製品、不適切利用、不信感によって不安定化する。だからこそ米国は、NIH ODSによる中立的科学情報、FDA ODSPによる市場監視と執行、さらには医療従事者教育や消費者教育、継続的研究投資を積み上げてきた。
つまり米国モデルの本質とは、「自由市場」そのものではなく、
「自由市場を成立させるための信頼インフラ」
なのである。
さらに重要なのは、このシステムが「固定型」ではなく、「動的(Dynamic)」である点である。
DSHEA制定当時、米国市場は約4,000製品規模であり、販売チャネルの中心は店舗であった。しかし現在では、EC(電子商取引)、グローバルサプライチェーン、AI、新たなバイオテクノロジー素材、precision nutrition(精密栄養)など、市場環境そのものが劇的に変化している。
それに伴い、NIH ODSのStrategic Plan(戦略計画)も、初期の欠乏症・基礎栄養・汚染問題中心の時代から、個別化栄養、データサイエンス、リアルワールドデータを含む方向へ進化してきた。同時にFDA ODSPも、オンライン市場監視、NDI(New Dietary Ingredient:新規ダイエタリー成分)、Mandatory Product Listing、Modernization(現代化)など、新たな制度対応を継続的に模索している。
つまり米国モデルとは、「30年前に完成した制度」ではない。
むしろ、市場変化に合わせて、研究・規制・情報基盤そのものを更新し続ける「学習型システム」として理解すべきものである。
ここに、DSHEA後の米国モデルの最大の特徴がある。
そして、この構造を俯瞰すると、米国が目指してきたものは、単なる「サプリメント市場の育成」ではなかったことが見えてくる。
本質的には、「国民が、科学的情報に支えられながら、自ら健康を管理できる社会」を、どのように構築するかという試みだったのである。
その意味で、DSHEA後の米国モデルは、「サプリメント制度」という枠を超えた、現代型セルフケア社会のインフラ設計として捉える必要がある。
(最終回の次回へ続く)
【プロフィール】武田猛(たけだ・たけし):アピ㈱、サニーヘルス㈱を経て2004年、㈱グローバルニュートリショングループ設立。国内企業の新規事業の立ち上げ、新商品開発、マーケティング戦略立案などのコンサルティングや海外市場進出の支援、海外企業の日本市場参入の支援を行う。
DSHEA制定から30年【寄稿】武田猛・グローバルニュートリショングループ代表
:第1回 ダイエタリーサプリメント制度の実像 なぜ米国民の健康インフラとして育てられたのか
:第2回 DSHEA制定時の思想 法律の冒頭に刻まれた「国家の意志」
:第3回 NIH「ODS」の役割 「情報に支えられたセルフケア社会」を支える科学基盤
:第4回 FDA「ODSP」の役割 「自由市場」を支える規制と執行(Enforcement)の基

