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トクホの安全性審査は必要か 【唐木英明・東大名誉教授寄稿】制度改革に向けた提言と栄養機能食品の構造的課題

 唐木英明・東京大学名誉教授による寄稿連載「日本の健康食品制度を問い直す」第4回。前回は、「国が審査した特定保健用食品(トクホ)は信頼でき、事業者届出の機能性表示食品は劣る」という見方が問い直された。今回は、トクホの安全性審査の変遷と、その必要性を検討した上で、保健機能食品の一角を占める栄養機能食品制度の構造的問題に踏み込む。【編集部】

トクホ安全性審査の変遷をたどる

 トクホの安全性審査の必要性を論じるにあたっては、その審査体制が制度創設以来どのように変遷してきたかを正確に把握しておく必要がある。

 現在トクホの安全性審査(リスク評価)を担っているのは食品安全委員会だが、これはトクホ制度の創設当初からの体制ではない。審査体制は三段階の大きな変遷を経て現在に至っている。

 1991年に栄養改善法の改正によってトクホ制度が発足した当時、食品安全委員会は存在していなかった。この時期、トクホの申請受付・有効性審査・安全性審査・許可のすべてを厚生省(当時)が一元的に担っていた。安全性については厚生省の諮問機関である食品衛生調査会等の意見を聴いて審査が行われ、「安全性評価(リスク評価)」と「規制・許可(リスク管理)」が同一の行政機関に握られた一元的体制であった。

 2001年のBSE(牛海綿状脳症)問題を契機として、食品安全行政の抜本的な改革が行われた。2003年7月、食品安全基本法に基づき内閣府に食品安全委員会が設立され、科学的・客観的・中立的なリスク評価を行う独立機関として位置づけられた。その結果、それまで厚生省が一手に担っていた「リスク評価」が食品安全委員会に移管され、「リスク管理」を行う厚生労働省等から機能的に分離された。

 2009年9月、消費者行政を一元化する消費者庁が設立され、トクホの所管が厚生労働省から消費者庁の食品表示企画課(現・食品表示課)に移管された。これにより現在の体制、すなわち消費者庁が申請受付・許可を行い、食品安全委員会が安全性審査を担い、消費者委員会(後に消費者庁)が有効性審査を担うという三者分担体制が確立した。

 このように、リスク評価と効果判定の所管が変遷してもなお、「食品由来成分・長い食経験を持つ成分に対して個別の安全性審査が科学的に必要か」という根本的な問いには答えられてこなかった。

 トクホで使用される関与成分の大部分は食品由来の天然成分であり、何世代も継続的に摂取してきた長い使用実績がある。「長い食経験」は、食品安全の国際的な評価手法においても重要な安全性の証拠として認められている概念である。米国FDA(食品医薬品局)が採用するGRAS(Generally Recognized As Safe:一般に安全と認められる)認定制度は、まさに長い食経験に基づく安全性評価の典型である。

 このような成分に対して、一製品ごとに数千万円〜数億円、数年の期間を要する個別審査を義務付けることの科学的追加価値について、行政は明確な根拠を示していない。

安全性審査が「空洞化」している理由

1.規格基準型トクホという「自己否定」
 「特定保健用食品の表示の許可等に係る消費者庁長官への申請等の手続」によれば、「特定保健用食品としての許可実績が十分あるなど科学的根拠が蓄積されている関与成分については規格基準を定め、消費者委員会への個別審査なく許可を受けることができる」規格基準型トクホの制度が存在する。これは制度自身が「実績のある成分は審査不要」と認めていることに他ならない。

2.許可取消事例の性格:安全性ではなく品質管理の問題
 2016年に消費者庁が行ったトクホの許可取消処分(日本サプリメント株式会社の6製品)は、特筆すべき事例である。しかし許可取消の理由は、成分の安全性に問題があったからではなく、自主検査で関与成分量が規格値を満たしていないことが判明したという製造品質管理(GMP)の問題であった。

 この事実は二重の意味で重要である。第一に、国の事前審査を通過した製品であっても、実際に市場に出回る製品の品質が保証されないことが実証された。第二に、真に必要な安全管理は「成分の安全性についての事前審査」ではなく、「製品が届出・許可通りの品質で製造されているかの確認(GMP・市販後監視)」であることが示された。同様の教訓が、紅麹サプリ問題からも得られている。

3.個別製品の安全性確認
 食品由来成分・長い食経験がある成分については、個別審査の追加的価値は限定的であり、摂取上限値の設定と表示義務による対応で代替可能である。

国際比較から見た審査の必要性

 以上のように、日本のみが食品由来成分・長い使用実績のある成分についても一律の個別審査を課しており、これは国際的に見ても科学的根拠に欠ける過剰規制の典型である。EUのNovel Food規制のように「新規成分のみ審査、既存食品由来成分は届出で足りる」という設計が、科学的にも政策的にも合理的であることは、主要国の制度が示している。

 以上の分析から導かれる制度改革の方向性は以下の通りである。

・食品由来の長い食経験を持つ成分をポジティブリスト化し、個別審査を原則廃止。届出のみで機能性表示を可能とする

・新規成分、通常の食事では摂取困難な高濃縮成分に限り、EU型Novel Food方式の簡略審査を実施し、摂取上限値の設定を条件として許可

・全製品へのGMP義務化と市販後モニタリングを強化し、安全性は事前審査ではなく製造品質管理と事後監視で担保する体制へ移行

・審査・届出資料の完全公開を義務化。科学的根拠の透明性と第三者検証可能性を確保する

制度の枠外が市場を支配する

 健康食品市場全体を見渡すと、制度設計上の意図と市場の現実が完全に乖離している。保健機能食品(トクホ・機能性表示食品・栄養機能食品の合計)は市場全体のおよそ3割に過ぎず、法的根拠のない「(保健機能食品以外の)いわゆる健康食品」が売上全体の約7割を占めている。

 これは制度上の逆転現象である。行政は保健機能食品制度を整備することで、健康食品市場を「科学的根拠に基づく制度の枠内」に取り込もうとしてきた。しかし市場の実態は全く逆であり、制度の枠外にある「いわゆる健康食品」こそが市場を支配している。1兆円を超えるとも言われる健康食品市場において、その7割が無規制のまま流通しているという事実は、制度的失敗の端的な表れである。

 この「逆転構造」が生じた背景には、トクホ取得に要すると言われる膨大なコストと数年という長い期間がある。また機能性表示食品の届出資料の作成には、高度の専門的知識と経験が必要である。そしてこれらの事実が、中小企業等が保健機能食品制度に参入できないという経済的障壁となっている。保健機能食品制度は事実上、大企業にのみアクセス可能な制度となっており、市場の実態から乖離した「大企業クラブ化」が進んでいる。

栄養機能食品という監視の空白

 保健機能食品の一角を占める栄養機能食品は、4カテゴリの中でも特異な制度的性格を持ち、独自の構造的問題を抱えている。栄養機能食品とは、ビタミン・ミネラル等の特定の栄養成分の補給を目的とし、その栄養成分の機能を表示できる食品である。

 栄養機能食品の最大の特徴は、個別の許可申請も届出も一切必要としない自己認証制度であるという点にある。栄養機能食品は、1日当たりの摂取目安量に含まれる栄養成分量が国の定めた上限・下限値の範囲内にあれば、事業者が自らの判断で栄養成分の機能を表示して販売できるのだ。

 機能表示が認められている栄養成分は現在20種類であり、ビタミン類13種類(ナイアシン・パントテン酸・ビオチン・ビタミンA・B1・B2・B6・B12・C・D・E・K・葉酸)、ミネラル類6種類(亜鉛・カリウム・カルシウム・鉄・銅・マグネシウム)、脂肪酸1種類(n-3系脂肪酸)から構成される。

 栄養機能食品制度は以下の構造的問題を抱えている。

問題① 市場実態の完全な不可視性:届出・登録不要のため、流通量すら行政は把握できず、規制のブラックボックスとなっている。

問題② 自己認証かつGMP義務なしによる品質の無担保:基準適合を事業者が自ら判断し、製造管理基準(GMP)の適用義務もない。実測値と表示値に乖離が生じても事前に発見する仕組みがなく、事後的な市場調査のみが唯一の監視手段となっている。

問題③ 対象成分の長期固定:20種類という対象成分が固定され、コエンザイムQ10・α-リポ酸・ルテイン等、科学的根拠が蓄積されている成分が対象外となっている。消費者委員会は2013年に新たに追加すべき栄養成分の検討を求めたが、10年以上を経た現在も見直しが行われていない。

問題④ 機能性表示食品との差別化の困難:法定文言のみの機能表示しか認められず、機能性表示食品のような具体的な機能性クレームが使えない。柔軟なクレームを求めて機能性表示食品へ移行する傾向が顕著となり、栄養機能食品制度の存在感が低下・形骸化している。

問題⑤ 制度の位置づけの曖昧化:4カテゴリ並立の中で最も認知度が低く、消費者・事業者ともに活用を避ける傾向がある。「いわゆる健康食品」と外観上の区別がつきにくく、栄養機能食品として適切に機能している市場が縮小している可能性がある。

 健康食品法の制定においては、栄養機能食品についても最低限の届出義務・GMP適用・成分リストの定期更新という規制基盤の整備が必要である。届出不要という現行の設計は透明性の観点で保健機能食品の中で最も低水準であり、市場の実態を行政が把握できない監視の空白を生んでいる。また、栄養成分の補給という目的に特化した制度が機能性表示食品の登場によって実用性を低下させている現状を踏まえ、機能性表示食品制度との役割分担を再整理することも重要な課題となる。

(第5回に続く)

【プロフィール】唐木英明(からき・ひであき):農学博士、獣医師。1964年東京大学農学部獣医学科卒。テキサス大学ダラス医学研究所研究員を経て87年に東京大学教授、2003年に名誉教授。「食の信頼向上をめざす会」代表を務める。専門は薬理学、毒性学、食品安全、リスクコミュニケーション。

日本の健康食品制度を問い直す【唐木英明・東京大学名誉教授寄稿】
【第1回】何が健康食品の活用を阻むのか 法的定義なき「健康食品」と46通知の壁
【第2回】4分類が生む混乱 保健機能食品の外に残された「いわゆる健康食品」
【第3回】トクホは本当に上位制度か 「国の審査」と「事業者届出」の実質的格差を問う

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