サプリメント制度化は終着点か 【唐木英明・東大名誉教授寄稿】食衛法の限界から考える健康食品法の必要性
唐木英明・東京大学名誉教授による寄稿連載「日本の健康食品制度を問い直す」第10回。2026年、サプリメントを食品衛生法の枠組みで定義し、GMPや健康被害情報報告などで安全管理を強化する方向性が固まった。著者はこれを大きな前進と評価しつつ、健康食品制度改革の終着点とは見ない。今回は、食品衛生法の枠内でできることと、その限界を整理し、独立した健康食品法の必要性をあらためて論じる。【編集部】
サプリメントの「制度化」が動き出した
本連載でこれまで論じてきた「健康食品法」の必要性は、もはや議論の段階ではなくなった。2025年10月、改正食衛法施行5年後の見直しが始まり、小林製薬の紅麹事案を1つの契機として、「いわゆる健康食品」を含むサプリメントの規制強化が具体的に検討され、2026年に方向性が固まった。消費者庁の食品衛生基準審議会・新開発食品調査部会は同年6月、サプリメントを「栄養摂取や生理機能の調節を補助することが目的とされる食品」と定義し、錠剤・カプセル剤等の形状のものに製造管理・品質管理基準(GMP)の遵守を義務づける中間とりまとめ案で大筋合意した。
続いて厚生労働省の厚生科学審議会・食品衛生監視部会は7月、これまで努力義務にとどまっていた健康被害情報の報告をサプリメントについては義務化し、製造事業者に届出を求める方針案を示した。水や一般の菓子は対象外とされ、グミ形状などは当面GMP義務の対象から除外されるなど詰めは残るが、サプリメントを法令上定義し、安全管理を義務づけるという制度の骨格は据えられたのである。
単なる食品であった健康食品の一部とはいえ、サプリメントという公式の地位を得たことは、その安全確保の面からは高く評価される。それでは、健康食品制度の改革という観点からはどのように評価できるのだろうか。まず見落としてはならない点は、この制度化にあたって「第三のカテゴリー」と「新法の制定」という選択肢を、国が明確に退けたことである。
なぜ「第三のカテゴリー」を退けたのか
消費者庁の部会資料は、食品と医薬品以外の新たな第三のカテゴリーを設けることについて、2つの理由から否定的な見解を示した。第一に、サプリメントは長年「食品」として食衛法で運用されてきており、既に定着した認識を大きく変更すれば、事業者も行政も混乱なく運用することは難しい。第二に、諸外国でもサプリメントを食品・医薬品以外の第三のカテゴリーとして扱う国はなく、独自区分の創設は輸出入手続に影響を及ぼすおそれがある。こうしたことから、サプリメントは「従来どおり食品として整理する」というのが国の結論であった。これはまた新法の制定を明確に否定するものでもあった。
これは、「食薬区分を維持する限り第三のカテゴリーは設けられない」「食衛法の運用で対応できる」という、本連載が反論の対象としてきた立場が、そのまま国の政策決定になったことを意味する。そこで以下では、この二つの理由が政策論として妥当か、そして食衛法の枠内での対応で本当に足りるのかを、あらためて検討する。
第一の理由(混乱)について。「混乱するから制度設計を変えない」という論法は、本末転倒である。現に最大の混乱の源は、何ら法的定義を持たない「いわゆる健康食品」という空白地帯そのものである。定義を与え、位置づけを明確にすることは、混乱を増やすのではなく減らす方向に働く。今回サプリメントを定義したこと自体が、その効用を国が認めた証左にほかならない。問題は「定義するか否か」ではなく、「定義の範囲」に移っている。
第二の理由(諸外国)について。これは事実の一面のみを捉えた説明である。第7回で述べたとおり、米国のDSHEA(栄養補助食品健康教育法)は、サプリメントを通常の食品とは異なる独自の存在(Dietary Supplement)と定義しき、独自の規律を課している。法体系上は「食品の一部」でありながら、通常食品とは別個のルールで規律する。それは呼称の問題を超えて、実質的に1つの独立した区画である。むしろ、国際的に通用する明確な法的定義を欠いたまま曖昧な運用を続けることこそ、輸出入における障害となる。そして今回の制度化は、皮肉にも、サプリメントに「栄養摂取や生理機能の調節を補助することが目的とされる食品」という独自の定義を与え、GMP・被害報告・届出を課すという点で、この「独立した区画」の実質を自ら作り出しているのである。
「実質的な第三カテゴリー化」を実施した
国は、サプリメントを《目的》《成分の濃縮》《摂取容易な形状》《過剰摂取のおそれ》といった要素で一般食品から切り出し、そこに一般食品とは異なるGMP・健康被害報告・届出を課した。これは、食品を「一般食品」と「サプリメント」に、規律の上で事実上二分する営みにほかならない。
食品を規律上二分するのであれば、筋を通すべきである。食衛法は、その第4条で「食品」と「食品添加物」を明確に区別して定義し、食品添加物に独自の安全性基準(指定制度・ポジティブリスト)・表示規制・製造基準を設けている。食品添加物は、単体では飲食物とは言えないにもかかわらず、食品とは別の独立したカテゴリーとして規律されている。つまり食衛法は、「食品か医薬品か」という二項対立ではなく、すでに複数のカテゴリーを内包している。したがって「食薬区分の下では第三のカテゴリーを設けられない」という反対論は、食衛法の条文構造そのものによって否定されるのである。
そもそも、食衛法が健康食品を1つの項目として切り出して規律するのは、今回が初めてではない。平成30年の食衛法改正では、健康被害のおそれに着目して厚生労働大臣が指定する「指定成分等」を含む食品という項目が設けられ、これに健康被害情報の届出義務や表示義務が課された。これは、健康食品という括りを正面から定義するのではなく、危険が懸念される特定の《成分》に着目して、食衛法の中に1つの規制項目を差し込むという手法であった。
今回のサプリメントの定義も、構造としてはこれと同じである。健康食品そのものを定義するのではなく、今度は《形状》を中心に、成分の濃縮、過剰摂取のおそれ等に着目して、「サプリメント」という規制項目を食衛法の中に置く。つまり食衛法は、健康食品を《成分》(指定成分等)と《形状》(サプリメント)という2つの基準で、いわば横から捕捉しているのである。
しかし、この手法には原理的な限界がある。指定成分等は、これまでごく限られた成分しか指定されておらず、危険が判明した後に個別に追加していく事後的・限定的な網にすぎない。サプリメントもまた、錠剤・カプセル等という形状に着目する以上、同じ機能性成分を含みながら一般的な食品の形状で流通する製品は、この網から外れる。すなわち、《成分》の軸からも《形状》の軸からも漏れた健康食品は、依然として一般食品と同じ規律しか受けない。危険が目立った箇所に項目を継ぎ足していくこの手法は、穴を1つずつ塞いでいるように見えて、網の目そのものは埋まらない。健康食品という存在を正面から定義しない限り、この漏れは構造的に残り続けるのである。
食品を一般食品とサプリメントに二分するなら、食品添加物と同じように、サプリメント(健康食品)も独立して定義し、独立して規律するのが本来の筋である。ところが今回の制度化は、二分の実質を伴いながら、独立の位置づけ規定も独立法も置かず、定義・製造管理を消費者庁が、被害報告・届出を厚労省が所管するかたちで、食衛法・食品表示法・景品表示法(景表法)・健康増進法の運用に分散させたまま接ぎ木した。名を捨てて実を取ったのではない。体系という実を捨て、「食品として整理する」という名を取ったのである。
第三カテゴリー反対論への反論
① 「食品に効能を認めると、患者が医療を受けずに健康食品に頼る危険がある」
【反論】健康食品に機能性を認めることは、疾病の治療・診断・予防を主張することではない。「血圧が高めの方に」「お腹の調子を整える」といった身体機能の維持・改善の範囲に限定すれば、医薬品の適応疾患とは明確に区別できる。現行の機能性表示食品制度でもこの区別は運用されており、第三カテゴリー化は現行制度の延長線上にある。問題はカテゴリーの存在そのものではなく、その範囲をどこで画するかであり、それは立法技術の問題である。
② 「食薬区分を崩すと疑似医薬品が氾濫する」
【反論】食薬区分を「堅持」しているという前提自体が、現実と乖離している。トクホや機能性表示食品は、すでに食品が機能性を表示することを国が制度的に認めたものであり、食薬区分の実質的な緩和は1991年のトクホ制度の誕生時に始まっている。しかも今回の制度化は、食薬区分を維持したまま、サプリメントという区画を食品の内部に切り出した。すなわち「区分の維持」と「独自区画の創設」は両立しうることを、国自身が示したのである。真の問題は「区分を守るか崩すか」ではなく、「すでに再編されつつある区分を、どこまで一貫した体系として設計するか」である。
③ 「第三カテゴリーが規制の抜け穴になる」
【反論】これは現状との比較において完全に逆である。現在の「いわゆる健康食品」こそが、食品でも医薬品でもない最大の規制の空白地帯であった。第三カテゴリーを法定化することは、この無法地帯を法の枠内に取り込むことであり、抜け穴の創出ではなく閉鎖である。今回の被害報告義務化や届出も、まさにこの空白を埋めようとする動きにほかならない。問題は、その埋め方が体系性を欠いた場当たり的なものにとどまっている点にある。
食品衛生法ではなぜ足りないのか―2026年の制度化が自ら証明した事実
(1)設計思想
食衛法は、「食品は本来安全なものであり、危険なものを排除・規制する」というネガティブリスト方式・事後規制中心の設計思想を持つ。今回導入されたGMP義務化・健康被害報告義務化・製造事業者の届出は、いずれも「危険を早期に把握し、排除する」というネガティブ側の強化と見ることができる。これはまさに食衛法が得意とする領域であり、その意味で今回の制度化は、食衛法にできることを着実に前進させた。安全確保の強化それ自体は正当であり、評価されるべきである。
(2)食衛法では対応できない核心
問題は、健康食品行政の本丸が別のところにある点である。それは「機能性の科学的根拠の管理」と「表示の適正化」、そして「産業振興と消費者保護の両立」である。今回の中間とりまとめでも、表示の見直しや機能性表示食品としての販売過程の効率化は「その他」の項目として、関係省庁の連携で対応することが望ましい、と先送りされた。機能性の根拠を体系的に管理する仕組みも、産業振興の根拠規定も、食衛法の設計思想にはそもそも存在しない。食衛法は純粋な規制法であり、「国民のセルフケアを支える健康食品産業の健全な発展を促進する」という目的を書き込む器ではないからである。
つまり、今回の制度化は健康食品問題のうち《安全》という一部を扱ったにすぎず、《機能性の根拠管理》《表示の適正化》《産業振興》《所管の一元化》という本丸には、構造的に届かない。食衛法の枠内でできることの限界を、この制度化はかえって鮮明に描き出したのである。

注:「サプリ形状製品の特別管理」問題だけが今回解決した
制度化を経て健康食品法の必要性がさらに大きくなった
(1)法的定義の「質」の問題
今回、サプリメントの定義は確かに置かれた。しかしそれは「規制対象を切り出すための定義」であって、「健康食品とは何か、国はそれをどう位置づけるか」という制度理念の定義ではない。理念なき対象定義は、「どこまでが規制対象か」という射程争いを際限なく生む。グミは対象か、菓子との線引きはどうか、といった議論が早速噴出しているのは、その表れである。必要なのは、健康食品を国民のセルフケアを支える一つの制度的存在として位置づける、「理念」を伴った定義である。
(2)所管の一元化
今回の制度化は、むしろ縦割りを固定化した。定義とGMPは消費者庁、被害報告と届出は厚労省、表示は食品表示法、誇大広告は景表法・健康増進法と、1つの製品をめぐる規律が複数の法律・複数の省庁に分散したままである。カナダのNHP(自然健康製品)規制が機能しているのは、単一法律・単一省庁という制度設計ゆえである。独立した健康食品法による一元化の必要性は、制度化を経て低下するどころか、いっそう高まった。
(3)産業振興と消費者保護の両立
今回の制度化は、純粋な規制強化であり、振興の根拠を欠く。一兆円規模の市場と海外展開の可能性を持つ産業に対し、国家戦略の器がないまま、規制だけが先行している。健康食品法であれば、規制と振興を1つの法律の中に位置付け、有効性に言及できないという行政の根本的矛盾を解く基盤を築くことができる。
(4)刑事罰・行政処分の根拠の一本化
虚偽表示・安全性違反に対する行政処分は、依然として景表法・食衛法・健康増進法に分散し、処分根拠が曖昧で執行の実効性を損なっている。専用法があれば、処分根拠・罰則・行政命令の体系を一本化でき、消費者も「健康食品に特化した法律違反」という明確な概念の下で権利を主張しやすくなる。
今回の制度化を「決着」と受け止めれば、改革はここで止まる。だが、これは終着点ではない。食衛法の枠内でできることと、できないことの境界を可視化した出発点である。安全は前進した。しかし、機能性・表示・振興・一元化という本丸は、独立した「健康食品法」を措いて実現する道はない。
以上、健康食品制度の改革の観点からの批判を展開したが、この制度の変更は健康食品に対する消費者の理解に大きな影響を与えることが予測される。次回はこの点について述べる。
(第11回に続く)
【プロフィール】唐木英明(からき・ひであき):農学博士、獣医師。1964年東京大学農学部獣医学科卒。テキサス大学ダラス医学研究所研究員を経て87年に東京大学教授、2003年に名誉教授。「食の信頼向上をめざす会」代表を務める。専門は薬理学、毒性学、食品安全、リスクコミュニケーション。
日本の健康食品制度を問い直す【唐木英明・東京大学名誉教授寄稿】
:【第1回】何が健康食品の活用を阻むのか 法的定義なき「健康食品」と46通知の壁
:【第2回】4分類が生む混乱 保健機能食品の外に残された「いわゆる健康食品」
:【第3回】トクホは本当に上位制度か 「国の審査」と「事業者届出」の実質的格差を問う
:【第4回】トクホの安全性審査は必要か 制度改革に向けた提言と栄養機能食品の構造的課題
:【第5回】健康食品制度は一本化できるか 主要国モデルから考える日本固有の障壁
:【第6回】「いわゆる健康食品」をなくせるか サプリメント定義と形状二分論の必要性
:【第7回】日本に欠けた健康食品戦略 トクホと米国DSHEA、制度設計の分岐点
:【第8回】「無効有害論」は科学的か プラセボ対照試験の限界と健康食品の価値
:【第9回】「健康食品の機能をどう評価すべきか 「無効有害論」を超える新たな試験設計

