紅麹サプリ問題、遺族が問う(後) 行政不介入の構造と救済の空白
その後、S氏がホームページの8月と9月を確認したところ、「調査継続」には「1」の表示があったため、S氏は小林製薬がS氏の要求に対応してくれたものと思っていた。しかし、それはS氏の勘違いだった。
調査対象からの排除
10月になってすぐに小林製薬の紅麹に関する調査状況をお知らせするホームページがリニューアルされた時点で、死亡との因果関係の調査中を示す数字は「1」から「0」に変更されていた。S氏は7月下旬に3回目の調査を依頼しており、10月の時点では報告書を書面で受け取っていない。それにもかかわらず、数字が「0」に変更されたことを小林製薬に問い合わせた結果、「1」と表示されていたのはS氏の弟ではなく、全くの別人とのことだった。S氏の弟については再調査中にもかかわらず、一度も「1」と表記されることはなかったのである。
小林製薬はその理由について、S氏に対して「2回目の調査報告書を提示した時点で調査が完了している。そのため、ホームページ上の人数を1と記載しなかった」と語っている。S氏は「ホームページで調査中となる基準」について説明を求めたが、明確な回答を得ることはできなかった。
行政関与の限界
S氏は、こうした状況を踏まえ、「小林製薬が公表している数字は信用できない」と述べている。
こうした企業対応を前に、S氏は厚生労働省、大阪市、都道府県の担当部局、消費者庁など、複数の行政機関にも問題を訴えている。電話での相談に加え、S氏は九州厚生局に書面を持参して説明に行く意向を伝えていた。しかし、実際に対面で説明を行うことができたのは、弟が住んでいた市の保健所のみだった。
2024年7月、大阪市の指示で全国の保健所による被害者調査が始まった際、弟が在住していた市の保健所から電話があり、S氏は「電話ではなく直接説明に行く」と申し出て、保健所を訪問して経緯を詳しく伝えている。一方で、厚生労働省や大阪市、消費者庁とは電話対応が中心であり、S氏は行政の機関に対して「小林製薬は、病院訪問してカルテを実際に参照して死亡の因果関係を判断していない。訪問してカルテを参照するように、行政として指導して欲しい」と訴えていたが、国としての積極的な介入は見えない状況である。
制度構造への根本的問い
現在の仕組みでは、加害企業である小林製薬が自ら因果関係を判定し、その結果を国に報告し、国はその数字を受け取るだけという構造になっている。400人を超える死亡疑い報告があり、150人近い人が調査対象とされながら、小林製薬はこれまで1人も因果関係を認めていない。企業には因果関係を否定するインセンティブが働く一方で、これを検証し是正する独立した枠組みは存在しない。S氏は、人が亡くなっている事案に対して国が介入しない現状は到底納得できないと訴える。
サプリメントに関する厚生労働省の会議も、製造過程の管理や品質保証といった技術的側面に議論が集中している。2024年11〜12月に開かれた会議の資料を見ても、被害が発生した後の被害者に対する検証の仕方や救済制度の枠組みなどは議論の俎上に上っていない。機能性表示食品制度は企業の自主性に任せた制度であることを理由に、厚生労働省と消費者庁は個別の被害事例への深い関与を避けているが、多数の死亡事例が報告されている事態において、この姿勢が妥当かどうかは大きな問題である。
一方で、原因物質とされたプベルル酸を巡っても、議論は収束していない。記者側は、国立医薬品食品衛生研究所(国立衛生研)の報告書などを情報公開請求により入手し、腎毒性のみならず胃毒性など他の毒性が意図的に十分説明されていないのではないかとの疑念も抱いている。厚生労働省の幹部は、プベルル酸以外の相乗作用の可能性を否定しない立場を示しており、単純な「プベルル酸単独原因説」では説明し切れない被害も存在する可能性がある。にもかかわらず、現行の調査枠組みでは、腎臓の近位尿細管障害に着目した絞り込みが行われており、心疾患や脱毛など、他の症状を中心とするケースが十分検証されているとは言い難い。
今年4月に明らかになった九州大学・今坂智子講師らの紅麹サプリに関する研究では、複合要因の可能性を疑わせる新視点が示されていることも付け加えておく。
S氏は、自身のケースが「紅麹サプリ被害救済弁護団」による集団訴訟に参加できない状況に置かれていることも自覚している。2024年4月下旬に実施された電話相談会で弁護団に連絡し、同年10月の弁護団結成後にも再度連絡したが、紅麹サプリメントの現物が残っていないことから、参加は難しいと説明された。それでも、2024年12月中旬には大阪の法律事務所を訪問し、弟のカルテを除く資料一式と、症状経過をまとめた文書を弁護団に提供した。自分自身が救済の枠組みに乗れなくとも、他の被害者のために資料を役立てたいという思いからの行動である。
因果判断資料の限界
S氏は、小林製薬との1年10カ月に及ぶ粘り強い交渉の結果、小林製薬側が死亡の因果関係の判断に使用した書類一式(計24、医師へのヒアリング内容含む)を2026年1月中旬に入手している。小林製薬からは「この書類一式が判断に使用した全てであり、これ以外の書類は存在しない」と聞いている。
S氏は、「この書類の内容のみで、死亡の因果関係の判断が本当に可能なのか?」と疑問に感じており、自身が保管するカルテ一式を医師に見てもらい、弟の症状と紅麹サプリメントとの関連可能性について医学的な見解を得たいと考えている。カルテ作成医師に対する評価や批判は求めておらず、あくまで弟の症状そのものが紅麹サプリメントと関連し得るのかどうか、その可能性の有無を知りたいという意向だ。先述した伊藤医師は、別の女性患者について小林製薬に度重なる報告書を提出したものの、最終的に因果関係を認めてもらえず、その患者が「泣き寝入り」するかたちになった経緯も有している。こうした事例を踏まえると、企業側の自己完結的な調査枠組みと、その中で位置付けられない被害者の存在が改めて浮かび上がる。
機能性表示食品は企業の自主性に委ねられた制度であり、厚生労働省や消費者庁は「食品」であることを理由に関与を限定している。しかし、紅麹サプリメント問題では、すでに約400人もの死亡報告が上がっているとされる中で、企業による因果関係の否定が事実上の最終判断として機能している。S氏は、この構造そのものが問題であり、「人が亡くなっている以上、国が介入しなければならない」と強く訴えている。弟の死は、単なる1つの個別事例ではなく、日本の消費者保護制度と健康食品行政のあり方に根本的な問いを突き付けていると言える。
九州と大阪を往復しながら、行政機関や弁護団、小林製薬とのやり取りを続けるS氏の闘いは、いまだ終わりが見えない。そうした中で、S氏自身が事実解明と制度是正のために動かなければならないという思いが、彼を支えている。
紅麹サプリメント事件は、単なる一企業の不祥事に留まらない。企業の自主性に依存した機能性表示食品制度、被害発生後の検証と救済に関する公的枠組みの欠如、そして因果関係判断を加害企業自身に委ねざるを得ないという構造的な問題が重なり合った結果として、数多くの被害者と遺族が置き去りにされている。その現実を、弟の死を通じて体験したS氏の証言は、制度改革の必要性を静かに、しかし力強く物語っているのである。
(了)
【田代 宏】
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