東大贈収賄事件、民事は争点整理段階へ 刑事判決目前、浮上する「社会連携講座」の構造問題
東京大学医学系研究科「臨床カンナビノイド学講座」を巡る贈収賄事件と民事訴訟が、新たな局面を迎えている。刑事事件では今月、東京地方裁判所で判決言い渡しが予定される一方、民事訴訟では裁判所主導による争点整理が本格化した。現在は証拠評価を前提とした審理段階へ移行し、接待強要や研究費負担、契約関係、大学側の使用者責任など、多岐にわたる論点が整理されている。
事件の背景には、社会連携講座制度における権限集中と大学ガバナンスの問題が浮かび上がっている。原告側の(一社)日本化粧品協会(JCA)は、東京大学側の対応遅延や施設管理責任を強く問題視している。
社会連携講座巡る刑事・民事の現在地
刑事・民事双方を通じて浮かび上がっているのは、国立大学における社会連携講座制度の運用実態と、教授権限の集中構造である。
同事件は、東京大学大学院医学系研究科に設置された「臨床カンナビノイド学講座」を巡り、同講座の設置・運営に関連して、銀座のクラブやソープランドなどで接待が繰り返されたとして、東京大学医学部附属病院皮膚科長だった佐藤伸一元教授、同研究科特任准教授だった吉崎歩被告、さらに贈賄側としてJCA代表理事の引地功一被告が起訴された事件だ。
刑事公判では、接待や便宜供与を巡る事実関係と、その違法性の評価が争点となった。引地被告側は起訴事実の大筋を認めつつ、「研究継続や講座維持のため、断れない構造があった」と主張。吉崎被告側も、教授との強い上下関係を背景に「逆らえない環境だった」と説明している。
「東大メモ」で本格化する争点整理
一方、並行する民事訴訟では、単なる接待問題を超えた構造的論点が前面に出始めている。
JCA代理人の高安聡弁護士(ノースブルー総合法律事務所)はウェルネスデイリーニュース編集部の取材に対し、現在の審理について「争点整理中心の段階へ移行している」と回答した。現在、裁判所が作成した「論点整理メモ」(以下、東大メモ)を基に、要件事実ごとの認否整理や証拠評価を前提とした争点整理が進んでいるという。
焦点となる使用者責任と契約構造
高安弁護士によると、いわゆる「東大メモ」では、原告の主張する自働債権(不法行為や債務不履行)の各要件事実に対する被告の認否状況(〇・×・△)などが整理されているという。
その上で、「契約締結上の過失は不法行為か?」、「機器の返還状況はどうなっているか?」、「活動経費の変動性の根拠は何か?」といった具体的な疑問点(Q)を提示。これらに対し次回期日前に簡単な回答メモを提出し、期日で議論を行った上で準備書面にするという指示が出されているという。
高安弁護士によると、現在の主要争点は大きく3つに整理されている。
第一に、接待交際の強要、研究機器購入の指示、研究停滞による損害などを巡る不法行為・使用者責任の成否だ。
原告側は、これらについて、佐藤元教授個人だけでなく、東京大学側にも使用者責任や安全配慮義務違反が成立すると主張している。
また原告側は、分析センター計画の停滞や研究活動妨害による損害についても、不法行為や契約上の義務違反に当たると主張している。
第二に、「受働債権(活動経費請求権)」の範囲と金額。
社会連携講座に関する費用負担を巡っては、東京大学側は従前、社会連携講座に関する活動経費について多額の未払いがあると主張してきた。他方、原告側は「JCAの契約上の支払い義務は年間50万円であり、2年分100万円は支払い済み」と主張している。
高安弁護士によると、未払い部分は別団体側の負担分であり、大学側が説明してきた増額契約についても、訴訟上の整理との間に齟齬があると主張している
第三の争点が「相殺の有効性」に関する問題である。
原告側は、各種損害賠償請求権をもって大学側請求権との相殺を主張しているが、その発生時期や遡及効が、大学側による契約解除の有効性にどう影響するかが争われている。
裁判所は現在、単なる事実関係の整理ではなく、「どの証拠でどの要件事実を立証するか」という、証拠評価を前提とした審理段階へ移行しているとみられる。
ロッカー保管問題と証拠評価
こうした中、原告側が特に重視しているのが、4月6日付で東京大学側から提出された上申書である。
上申書では、佐藤元教授が使用していた教授室ロッカーから、「アピオニール トータル スキン クリーム」19本、「アシガン ボタニカル リップ エッセンス」17本が発見されたとされる。
JCA側は従前から、これら化粧品の盗難被害について警視庁へ被害届を提出していた。今回の上申書について高安弁護士は、「被害事実を客観的に裏付ける重要な証拠」と評価している。
他方、佐藤元教授側は、「サンプルとして自由に持ち帰ることが許容されていた」と主張している。
もっとも、原告側は「研究用資産を大学教授が数十本単位で私的ロッカーへ保管していたことに合理性はない」と反論しており、今後、保管経緯や管理実態が争点化する可能性が高い。
問われる東大の内部統制と初動対応
また同事件では、東京大学のコンプライアンス対応も改めて問題視されている。
JCA側は2024年9月17日、大学コンプライアンス委員会へ、便宜供与要求などに関する証拠を添えて通報していた。しかし、東大プロセス検証委員会報告書によれば、大学側が関係者ヒアリングの日程を設定したのは同年11月7日だった。
高安弁護士は、「重大な通報から約2カ月を要している」と指摘。その間に警察捜査が進行し、結果として大学の内部調査より先に外部捜査機関が介入する事態になったとして、「大学の自浄作用や初動対応が機能不全に陥っていた」との認識を示した。
さらに、東京大学側は民事訴訟で、佐藤元教授らの行為について「業務範囲外」であるとして使用者責任を否定している。しかし原告側は、社会連携講座の設置・維持に関する権限を背景に便宜供与要求が行われた以上、「純粋な私的行為」と切り離すことは困難であると主張する。次回期日は5月21日、非公開で開催される。
刑事判決目前、制度そのものへの問い
刑事事件も今月、22日(吉崎被告)と26日(引地被告)に判決言い渡しが予定されている。
もっとも、本件の核心は単なる接待事件にとどまらない。社会連携講座という制度の中で、研究継続や講座維持に対する権限が特定教授へ集中し、民間側との間に強い力関係を生み出していた可能性がある点にある。
研究費、研究機器、講座運営、研究成果、そして人事――。これらが一体化する中で、大学側ガバナンスや内部統制がどこまで機能していたのか。刑事判決を目前に控える中、本件は国立大学における産学連携制度そのものの在り方を問う事案へと発展しつつある。
なお、本件については贈賄側であるJCAの事業実態や関係者間の利害関係についても複数の指摘が寄せられており、編集部では引き続き双方の主張と関連資料を確認しながら取材を進める。
【田代 宏】
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