東大贈収賄事件、刑事初公判(前) 【法廷ドキュメント】権力集中と接待構造が生んだ腐敗
東京大学医学部を舞台にした贈収賄事件の全容が、法廷で明らかになりつつある。化粧品業界団体の代表理事が、共同研究の実現と維持を目的に大学教授らへ高額接待を繰り返していたとされる本件は、単なる個人の逸脱にとどまらない。社会連携講座制度の運用に潜む権限集中と不透明な関係構造が、不正を誘発する温床となっていた。東京地方裁判所で23日に開かれた公判内容に基づき、事件の構図を検証する。
学術と利権が交錯した贈収賄の構図
2026年、東京地方裁判所の法廷に1人の被告人が立った。(一社)日本化粧品協会(JCA)の代表理事として化粧品業界に身を置いてきた引地功一被告である。起訴状に記された罪名は贈賄。相手方は国立大学法人東京大学の医学部附属病院皮膚科長を務めた佐藤伸一元教授と、同大学医学系研究科の特任准教授であった吉崎彩であった。令和5年3月から令和6年8月にかけて、銀座の高級クラブや吉原のソープランドにおける高額な遊興接待が繰り返されたとされるこの事件は、国立大学の社会連携講座制度という公的な学術インフラが、いかにして個人の利権追求の道具として機能しうるかを白日のもとにさらした。法廷での証言と膨大な証拠書類が積み重なるにつれ、学術の権威と商業的野心、そして人間的な欲望が複雑に絡み合った事件の全貌が浮かび上がってきた。
業界での台頭と事業基盤の形成
事件の発端をたどれば、引地被告が化粧品業界に足を踏み入れたのは平成17年頃のことである。知人の紹介で化粧品開発会社に就職した彼は、その後業界に深く根を張り、平成24年にはJCAを設立して代表理事に就任した。JCAは化粧品に関する教育事業や消費者相談を主な業務とする団体であり、引地被告はその業務全体を統括する立場にあった。
転機が訪れたのは2017年頃である。消費者からカンナビジオール、すなわちCBDに関する問い合わせが急増し始めた。大麻草由来の非精神活性成分であるCBDは、当時世界的に注目を集めており、その抗炎症作用や抗酸化作用に関する研究が各国で進んでいた。引地被告はJCAの業務として独自に調査を開始し、CBDが皮膚への有効性を持つ可能性を確信するに至った。彼が描いたビジネスモデルは明快だった。CBDを含有する化粧品の処方設計を行い、その処方レシピを化粧品メーカーに販売することで収益を上げるというものである。しかしそのためには、科学的根拠、すなわち医学的エビデンスが不可欠だった。
引地被告はすでに昭和大学医学部の医師を通じてCBDの安全性に関する臨床研究を実施し、論文化まで漕ぎ着けていた。しかし彼の目には、その成果は社会的インパクトとして十分ではないと映っていた。化粧品メーカーや消費者を動かすためには、日本最高峰の学術機関による研究成果が必要だという確信が、彼の中で育っていった。東京大学医学部附属病院の皮膚科医師による臨床研究という「夢」は、こうして引地被告の事業戦略の核心に据えられることになった。
東大教授との接触と権限構造の認識
2021年9月、引地被告は(一社)日本中小企業団体連盟に対し、共同研究に応じてくれる東大教授の紹介を依頼した。翌年4月、中団連の仲介によって東大病院皮膚科長の佐藤伸一教授との接触が実現し、同年5月10日のオンライン面談において、CBD有効性に関する共同研究の提案が行われた。この面談で佐藤教授は社会連携講座の活用を提案し、さらに自身が先端研究調整部会の部会長を務めていることを明かした上で、講座設置の承認を自ら取り仕切れると示唆した。引地被告の証言によれば、この発言は彼に佐藤教授の「絶対的権力」を強烈に印象づけるものだったという。
些細な誤記が露呈させた力関係
しかし、この蜜月は長くは続かなかった。令和4年5月31日、引地被告は佐藤教授から突然の激怒を受けることになる。提出した資料に別の医師の名前が誤って記載されていたという、説明すれば解決できる程度の誤記に対して、佐藤教授は面談の拒否と全面的な断りを通告してきたのである。時間の無駄、面談不要、全てお断りという趣旨の文面が引地被告のもとに届いた時、彼は頭が真っ白になったと法廷で述べた。
この出来事は引地被告の心理に決定的な影響を与えた。わずかな誤記で即座に関係を断ち切ろうとする佐藤教授の態度は、国立大学教授という地位が持つ絶対的な権力の実態を引地被告に突き付けた。東京大学という組織の中で教授が持つ人事権、研究方針の決定権、そして講座の設置・廃止に関する実質的な権限は、外部の民間人にとって抗いがたい力として機能していた。引地被告は中団連を通じて関係修復を図り、佐藤教授の意向に沿うかたちで申請内容を修正することで、ようやく関係を継続させることができた。
この経験以降、引地被告の行動原理は根本的に変容した。佐藤教授の機嫌を損ねてはならないという恐怖感が、彼の判断を支配するようになったのである。2023年2月頃、吉崎准教授から腹を割って話したいという名目で会食に誘われた引地被告は、高級フレンチレストランでの食事代金約15万円を負担した。その席で佐藤教授は、講座設置がいかに困難であったか、自分がいかに尽力したかを繰り返し強調し、引地被告は感謝の言葉を何度も述べ続けたという。この会食が、その後2年近くにわたる組織的な接待の出発点となった。
制度の中枢にある権限集中
社会連携講座の設置手続きは、民間機関が協力講座となる診療科長に設置を要望し、先端研究調整部会の審査を経て承認されるという複雑なプロセスを経る。佐藤教授はその部会長として審査を主導する立場にあり、実際に審査過程で指摘された問題点に対して自ら回答案を作成するなど、設置承認に向けて積極的に関与していた。同3月1日、東大とJCA・中団連の間で社会連携講座等設置契約書兼共同研究契約書が締結され、同年4月1日から臨床カンナビジオール学講座が正式に発足した。
講座設置後、引地被告による接待は急速にエスカレートしていった。最初の飲食接待に続き、引地被告は銀座のクラブでの遊興接待を提案した。佐藤教授と吉崎准教授はこれに応じ、以後吉崎准教授が佐藤教授の指示を受けながら、具体的な希望日程を引地被告に伝え、月2回程度の継続的な接待を要求するようになった。打ち合わせという名目で送られてくるメッセージには、次回の接待日程の打診が含まれており、事実上の接待要求として機能していた。
金銭接待の拡大と構造化
23年3月から翌年7月にかけて、引地被告は佐藤教授に対して21回、吉崎准教授に対して23回のクラブ接待を実施し、その総額は佐藤分が135万7,950円、吉崎分が141万6,633円に上った。しかし事態はさらに深刻な方向へと進んでいく。24年3月、引地被告は佐藤教授・吉崎准教授とともにタイを訪問した際、現地で性的サービスを伴う接待を行った。この体験に強い満足を示した佐藤教授は、同年7月の会食の場で、クラブでは物足りないという趣旨の不満を引地被告に向けて述べた。
引地被告はこの発言を受け、佐藤教授の機嫌を取るために吉原の高級ソープランドでの接待を提案した。佐藤教授と吉崎准教授はこれにも応じ、吉崎准教授は佐藤教授が毎週でも行きたがっているという趣旨のメッセージを引地被告に送り、継続的なソープランド接待を要求した。令和6年7月から8月にかけて、佐藤教授に対して6回・47万3,000円、吉崎准教授に対して7回・55万1,000円のソープランド接待が実施された。接待の総額は佐藤分が183万950円、吉崎分が196万7,433円に達した。
この関係が破綻したのは、2024年8月のことである。本件講座の設置契約には、研究成果を活用した化粧品の処方レシピ販売による収益の一部をJCAが得るという事業計画が含まれていたが、その収益化は一向に進んでいなかった。佐藤教授はこの状況に強い不満を抱き、引地被告に対して心理的圧迫を加えることを決意した。
2024年8月30日の会食の場において、佐藤教授は引地被告に対して激しい言葉を浴びせた。化粧品が売れないなら金を持ってこい、約束が守られないなら講座を終わらせる、講座がなくなったらあなたには何もないという趣旨の発言が続き、さらには殺すという言葉まで飛び出した。この脅迫的な言動によって、引地被告は佐藤教授との人間関係が完全に破綻したと判断した。
同年9月17日、引地被告は警察に相談し、本件が発覚した。捜査の過程で、佐藤教授と吉崎准教授の供述調書、接待の場での写真、両者間のメッセージ記録など、膨大な証拠が収集された。吉崎准教授は捜査段階で、本件接待の趣旨が講座の設立・運営・研究内容の選定等において裁量的な取り計らいをしてもらったことへの謝礼と、今後も同様の取り計らいを期待する趣旨であったことを認める供述を行った。
法廷において引地被告は、起訴事実の大筋を認めながらも、佐藤教授の絶対的な権力構造の中で断ることができない状況に置かれていたという実態を訴えた。弁護側も事実関係については争わない姿勢を示しつつ、被告人が置かれた構造的な強制状況を量刑判断において考慮するよう求めた。証人として出廷した引地被告の母親は、現在大阪で息子と同居し、自身が運営する社会福祉法人での就労を通じて監督・指導を続けていくことを法廷で誓った。
この事件が社会に突きつけた問題は、個人の道徳的逸脱にとどまらない。国立大学法人の職員は国立大学法人法の規定によりいわゆるみなし公務員とされており、その職務に関して賄賂を受け取ることは収賄罪を構成する。東京大学の社会連携講座制度は、民間機関との連携によって教育研究の充実を図るという公益的な目的のもとに設計されたものであるが、今回の事件はその制度が持つ構造的な脆弱性を露わにした。
協力講座長が設置審査の部会長を兼ねるという権限の集中、特任准教授の人事を実質的に教授一人が決定できる人事構造、そして民間機関との契約関係が生み出す経済的な相互依存関係は、いずれも不正の温床となりうる要素を内包していた。佐藤教授が初回の面談から自らの権限を誇示し、審査を通過させられると明言したことは、制度の透明性と公正性に対する深刻な疑問を提起する。
【田代 宏】

