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東大贈収賄事件、刑事初公判(後)  【法廷ドキュメント】教授権力と接待構造が歪めた研究倫理

 東京大学医学系研究科の「臨床カンナビノイド学講座」を巡る贈収賄事件で、元准教授・吉崎歩被告は23日午後1時半から東京地方裁判所で行われた初公判で起訴事実を全面的に認めた。民間企業から繰り返し接待を受けた実態に加え、上司である教授の強い影響力、社会連携講座を巡る産学連携の構造的な脆さも浮かび上がった。単なる個人の逸脱にとどまらず、大学組織における権力関係と研究倫理の在り方が問われている。判決期日は来月5月22日に迫っている。

社会連携講座に潜んだ腐敗

 東京大学という日本最高峰の学術機関が、かつてない不祥事の渦中に立たされた。医学系研究科に設置された「臨床カンナビノイド学講座」を巡る収賄事件は、研究者としての倫理観の欠如と、大学組織内部に潜む権力構造の歪みを白日の下にさらした。
 この事件の核心は単純な金銭授受にとどまらない。国立大学法人の教員という「みなし公務員」の立場にある研究者が、民間企業との共同研究を巡る便宜供与の見返りとして、約1年5カ月間にわたり銀座のクラブや性風俗店での接待を繰り返し受け続けたという、組織的かつ継続的な腐敗の構造が明らかになった。その収賄額は196万円以上に上り、社会に与えた衝撃は計り知れない。
 「賄賂の供与を繰り返し要求していたもので、その態様は職務の公正性、廉潔性を強く欠く悪質なもの」という検察官の陳述が、その反社会性を如実に物語っている。

 事件の発端は、東京大学医学系研究科における社会連携講座の設置制度にある。東大では民間機関と連携して教育研究の充実を図るため、民間側が研究費を負担するかたちで大学院研究科内に社会連携講座を設置できる仕組みが整備されている。この制度自体は産学連携を促進する正当な枠組みだが、今回の事件ではその制度が私的利益のために悪用された疑いが強い。

 日本化粧品協会(JCA)の代表を務める引地功一氏は、2014年頃からカンナビジオール(CBD)と呼ばれる成分に関する消費者からの問い合わせが急増したことを受け、CBDの安全性・有効性の研究に着手した。CBDは抗炎症作用や抗酸化作用を持つとされ、化粧品への応用が期待されていた。引地はCBDを含む化粧品の処方設計を化粧品メーカーに販売することで利益を得ようと考え、その前提として東大との共同研究による科学的裏付けを得ることを目論んだ。

 21年頃、引地氏は経営支援顧問を通じて東大病院の佐藤伸一教授にCBDに関する共同研究を打診した。佐藤はこれを承諾する一方、社会連携講座の設置を条件として提示した。こうして23年4月17日、「臨床カンナビノイド学講座」が医学系研究科に正式に設置された。講座長には日本臨床カンナビノイド学会理事長の小林正弥が就任し、副講座長に佐藤、担当教授に吉崎が据えられた。

 しかし、この講座設置の過程において、佐藤と吉崎は引地から便宜供与の見返りとして接待を受けることを暗黙のうちに了解していたとされる。検察側の主張によれば、引地は佐藤の機嫌を損ねないよう、また今後も研究上の便宜を受け続けるために、積極的に飲食接待を申し出た。佐藤はこれを「スポンサーとの付き合い」として正当化し、部下である吉崎にも同席を指示したとされる。

接待は性風俗店へ拡大

 公訴事実が示す接待の実態は、学術機関の倫理規範とはおよそかけ離れたものであった。2021年3月~8月にかけて、銀座に所在する飲食店において、30回近い接待を受けた。
 接待はやがてクラブでの飲食にとどまらず、性風俗店(ソープランド)での接待へとエスカレートした。24年3月上旬には、佐藤・吉崎・引地の3人がタイに渡航し、現地で女性による性的接待を受けていたことも明らかになった。帰国後、佐藤がタイでの接待に強い満足感を示したことから、国内でもソープランドでの接待が始まったとされる。

 吉崎被告は公判において、最初の接待の場で自ら支払いを申し出たものの、店員から「受け取ってはいけないと言われている」と断られたことが、その後の接待受け入れの「始まり」だったと述べた。また、佐藤教授から「スポンサーだから、これも仕事のようなものだ」と言われたことが、自らの行為を正当化する心理的な拠り所になっていたことも認めた。

 しかし、国立大学法人の教員は国立大学法人法によって「みなし公務員」とされており、その職務に関して賄賂を受け取ることは刑法上の収賄罪に該当する。研究の設置・運営・内容決定という職務に関連して接待を受けていた以上、「上司に言われたから」という弁明が法的免責の根拠にならないことは明白であり、吉崎被告自身もその点については争っていない。

教授権力の下で揺らいだ判断

 弁護側が最も力を入れて主張したのは、大学における教授と部下の間に存在する絶対的な権力関係である。吉崎は長崎大学出身であり、佐藤教授の指導の下で研究者としてのキャリアを積み上げてきた。地方の大学から東京大学という頂点に上り詰めるに当たって、佐藤の存在は単なる上司を超えた「師」であり、その意向に逆らうことは自らの研究者としての地位を失うことを意味していた。

 弁護人は、大学の講座制度においては教授が人事権を含む絶対的な権限を持ち、部下が教授の誤った言動を戒めることは構造的に極めて困難であると指摘した。教授の中には自らの立場を利用して部下を私的な事柄にまで動員する者もおり、吉崎の場合も佐藤から長年にわたって研究以外の事柄についても働かされてきた経緯があったとされる。
 さらに、吉崎被告が自ら主体的に求めた「要求型」ではなく、上司の強い影響力のもとで誘惑に負けた「受容型」の事案であると主張し、社会内処分による寛大な判決を求めた。

 実際、吉崎被告は公判において、佐藤が欠席した際に1人で接待を受けたことについて、「気を遣う相手がいなかったので、普段言えない愚痴を話せると思った」と述べており、接待の場が単なる腐敗の場ではなく、抑圧された職場環境からの一時的な解放の場としても機能していたという複雑な心理状況が浮かび上がる。

 一方で検察側は、吉崎被告が佐藤の欠席時にも単独で接待を受け、結果的に佐藤よりも多くの接待を享受していた事実を指摘し、「主体的に犯行に加担したことに変わりはない」と評価した。また、吉崎が接待の日程調整を積極的に行い、「また打ち合わせいかがですか」、「軌道に乗るまでもう少し」などのメッセージを繰り返し送信して接待を要求していた事実も証拠として提出されており、単純な「被害者的立場」では説明しきれない側面があることも否定できない。

研究者としての評価と刑事責任

 公判では、タイの国立大学で教鞭をとり、スウェーデン王立科学アカデミーの会員でもある著名な研究者が証人として出廷し、吉崎被告の研究者としての能力と人間性について証言した。この証人は東大病院の皮膚科患者として同被告の診察を受けたことが縁で共同研究を開始し、その過程で被告の研究能力の高さを認めるようになったという。

 証人によれば、吉崎被告との共同研究は8本の論文にまとめられるほどの成果を上げており、研究者としての資質は疑いようがないという。また、医師としても3カ月に1度の定期的な経過観察を欠かさず、患者や周囲の関係者に対して誠実に向き合う姿勢を一貫して保っていたと述べた。本件の報道に接した際には「我が身を疑うほどの驚き」を感じたとも証言しており、同被告の犯行が研究者としての本来の姿とは大きく乖離していたことを示唆している。

 吉崎被告自身も最終陳述において、東京大学総長が謝罪会見を余儀なくされ、東大病院長が引責辞任するという事態を招いたことへの深い後悔を表明した。共同研究者や患者、家族、そして国民全体に対して多大な迷惑をかけたことを認め、特に子どもたちが肩身の狭い思いをしていることへの申し訳なさを率直に語った。

 また、本件が発覚した後に大学から事情聴取の要請があった際、佐藤元教授がソープランドへの訪問を「研究目的の渡航」として偽装するよう求め、虚偽の契約書の作成を指示したことも明らかになった。吉崎はこの指示に一時従ったことを認めつつも、最終的には警察の捜査に対して全面的に協力し、真実の解明に貢献したと述べた。

産学連携の廉潔性問う判決へ

 検察側は「犯行態様は悪質」とし、懲役1年2カ月および追徴金を求刑した。

 弁護側は、被告人が自ら主体的に求めた「要求型」ではなく、上司の強い影響力のもとで誘惑に負けた「受容型」の事案であると主張し、社会内処分による寛大な判決を求めた。被告人に前科がないこと、全面的に自白して捜査に協力したこと、大学を退職して社会的制裁をすでに受けていること、そして百万円の贖罪寄付を行ったことなどを有利な情状として挙げた。

 また、著名な研究者や大学関係者が吉崎被告の更生を支援する意思を表明していることも強調され、社会復帰の可能性と再犯防止の観点からも実刑の必要性は低いと訴えた。

 判決は5月22日午前11時30分に言い渡される予定。この事件が問いかけるのは、1人の研究者の刑事責任にとどまらない。産学連携という現代の大学経営の根幹をなす仕組みが、いかにして腐敗の温床となりうるか。そして、「教授絶対主義」とも呼ぶべき大学組織の権力構造が、個人の倫理判断をいかに歪めうるか。学術の聖域における廉潔性の回復に向けて、社会全体が問い直すべき課題がここには凝縮されている。

(了)
【田代 宏】

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