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日本への示唆 【寄稿】「規制」だけではなく、「知識基盤」をどう構築するか

【武田猛・グローバルニュートリショングループ代表】

 ここまで見てきたように、DSHEA(Dietary Supplement Health and Education Act:ダイエタリーサプリメント健康教育法)がもたらした米国モデルの本質は、単なる「規制緩和」や「市場任せ」の放任主義ではなかった。その真髄は、科学・教育・情報基盤を担う「NIH ODS」と、規制・安全性・執行基盤を司る「FDA ODSP」を車の両輪として、文字通り「情報に支えられたセルフケア社会」を国家のグランドデザインとして支えてきた点にある。

 翻って、現在の我が国(日本)の現状はどうだろうか。

 近年、日本国内における健康食品・サプリメントを巡る議論は急速に活発化している。特に紅麹問題以降、GMP(適正製造規範)の義務化や健康被害報告制度のあり方、機能性表示食品制度の見直し、さらには行政監視の強化などが矢継ぎ早に議論の俎上に載せられている。

 当然ながら、消費者保護の観点からこれらの品質管理や安全性監視という「盾」を強化することは極めて重要であり、避けて通ることはできない。しかしその一方で、現在の日本の議論は、再び「食品か医薬品か」「どこまで規制し、どこで線を引くか」という、第1章で指摘した部分最適な“境界管理”へ強く偏り始めているようにも見える。

 しかし、規制強化の網を一方的に広げるだけでは、市場全体の健全な信頼構築には限界がある。科学的な対話なきままに対処療法的な規制強化だけを繰り返せば、行政と悪質事業者の不毛な「いたちごっこ」を招き、健全な企業の研究開発を萎縮させ、結果として消費者の根深い不信感や科学的議論の停滞という悪循環を生み出しかねない。

 米国が30年前にDSHEAという歴史的立法で挑もうとした本質は、単に市場の規制を緩めることそのものではなかった。むしろ、国民の健康維持、予防的健康管理、セルフケア支援、そして中長期的には医療費の抑制を、国家の持続可能性をかけた「重要戦略」としてどう位置づけるかというグランドデザインであった。そして、その戦略を具現化するために、米国は単なる取り締まり(規制)の強化だけでなく、科学と情報という「社会的な知識基盤」の整備へ国家予算を投じて継続投資してきたのである。この広範な視座こそが、現在の日本に最も欠落しているミッシングリンクではないだろうか。

 もっとも、日本が直ちに米国型の「ダイエタリーサプリメント法」のような単独法を新設し、行政機構を抜本的に改編することは、現実的には容易ではない。消費者庁、厚生労働省、食品安全委員会など、既存の行政組織間における権限調整には膨大な時間を要する。また、日本の法制度の根幹に「食品」と「医薬品」の峻厳な境界管理が埋め込まれてきた歴史的経緯を鑑みても、短期間でのドラスティックな制度変革には限界がある。

 だからこそ、現在の日本において現実的かつ極めて建設的な第一歩となるのが、法改正という高いハードルを迂回した、「日本版ODS」とも言うべき中立的な科学・情報基盤の先行整備である。

 具体的には、既存の「国立健康・栄養研究所」の機能を抜本的に拡張・改組するか、あるいは省庁横断型の「健康食品・セルフケア科学研究センター(仮称)」といった専門組織を立ち上げ、国主導の公的ファクトシート(データベース)の整備や、サプリメント領域に特化した公的研究グラント(研究費配分制度)を創設することである。これらは既存の行政枠組みや予算措置の工夫によって、比較的速やかに着手可能な現実的施策である。

 ここで重要なのは、産業の「販売促進機関」を作ることではない。現代の生活者が真に求めているのは、個別の成分が持つ健康効果(エビデンス)や安全性、適切な摂取量にとどまらず、医薬品との相互作用、さらには科学的な限界や不確実性までをも等価に、かつ利害関係から完全に独立した立場で整理・公開する“国家的知識インフラ”に他ならない。

 この信頼できる知のインフラは、産学官の三者それぞれに画期的なパラダイムシフトをもたらす。

 まず行政(官)にとっては、誇大広告や不適切表示に対する客観的かつ科学的な判断基準を平時から共有できるようになる。それだけでなく、科学的情報に基づいた国民の主体的なセルフケアを支援することは、中長期的には予防医学の推進、ひいては健康寿命の延伸と深刻化する社会保障費・医療費の抑制へとダイレクトに接続される。

 アカデミア(学)にとってもその意義は極めて大きい。現在、我が国における健康食品研究の多くは、資金源を特定企業に依存せざるを得ない構造的課題を抱えている。その結果、研究の中立性や再現性に対して、社会や医療界から厳しい疑念の目が向けられがちであった。もし国家レベルでこの領域への公的研究投資(グラント)が整備されれば、企業マネーから独立した立場で、日本独自の栄養学、老化研究、予防医学、あるいはリアルワールドデータを活用した臨床研究などを、中立かつ継続的に発展させる強固な学術的基盤となり得る。

 そして産業界(産)にとっても、この改革は最大の好機となる。現在、日本のサプリメント市場は数千億円規模の巨大市場へと成長を遂げた一方で、依然として「すべては自己責任」「どこか怪しいもの」「派手な広告ありきの商品」というネガティブな社会的イメージから完全には脱却できていない。しかし、国が科学・情報基盤を担保し、中立的なファクトシートが医療現場や生活者に浸透すれば、サプリメントは単なる“一過性の販売商品”という次元脱却を果たし、超高齢社会を底から支える「信頼された健康インフラ産業」へと再定義されることになるだろう。

 本レポートで考察してきたように、米国モデルの本質は、「自由か規制か」という不毛な二項対立のどちらかを選ぶことにはない。その本質は、「国民一人ひとりが、国によって裏付けられた確かな科学的情報に支えられながら、自らの意思で健康を管理・獲得できる社会」を、国家が制度としてどうデザインし、支え続けるかという点にある。

 日本は今、世界に類を見ない超高齢社会の深化、医療費の爆発的増大、そして慢性疾患の増加という、極めて深刻な構造変化のただ中にある。その中で今、我々に求められているのは、「食品か医薬品か」という旧来型の境界管理に終始することではなく、生活者が主役となる「セルフケア社会そのもののグランドデザイン」を描くことではないだろうか。

 本レポートが、「規制か放任か」という不毛な対立の視座を引き上げ、我が国における持続可能なセルフケア社会のあり方を産学官で真摯に議論するための、共通言語の一助となれば幸いである。

(了)

【プロフィール】武田猛(たけだ・たけし):アピ㈱、サニーヘルス㈱を経て2004年、㈱グローバルニュートリショングループ設立。国内企業の新規事業の立ち上げ、新商品開発、マーケティング戦略立案などのコンサルティングや海外市場進出の支援、海外企業の日本市場参入の支援を行う。

DSHEA制定から30年【寄稿】武田猛・グローバルニュートリショングループ代表
第1回 ダイエタリーサプリメント制度の実像 なぜ米国民の健康インフラとして育てられたのか
第2回 DSHEA制定時の思想 法律の冒頭に刻まれた「国家の意志」
第3回 NIH「ODS」の役割 「情報に支えられたセルフケア社会」を支える科学基盤
第4回 FDA「ODSP」の役割 「自由市場」を支える規制と執行(Enforcement)の基
第5回 米国モデルの本質 「自由か規制か」を超えた動的な信頼インフラ

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