「この紅麹」を米FDAならどう評価する NDI新ガイダンスによる安全性評価のシミュレーション(後編)
米国のFDA(食品医薬品局)が今月19日に公表した、新規ダイエタリー成分(NDI)の届出に求める同一性や安全性の根拠に関する最終ガイダンス。
その内容を紹介するとともに、FDAが事業者によるサプリメント原材料の安全性評価をどう支えているのかを考察する㈱グローバルニュートリショングループ代表の武田猛氏による寄稿を10月26日付と同27日付で掲載した。
今回掲載する同氏の寄稿はその続編である。FDAの新ガイダンスに示された評価方法を日本のサプリメント原材料に適用した場合、どのような検討が可能になるのだろうか──前後編のうち後編。前編はこちら(編集部)
【6.製造品質管理と、原料そのものの安全性評価は別の問題である】
紅麹事件では、製造工程における意図しない成分の混入や、健康被害との関係が大きな問題となった。こうした問題に対応するため、製造・品質管理の強化は不可欠である。一方、GMPによって定められた品質の原料を安定して製造することと、その原料をそもそも食品として安全に使用できるかを判断することは、異なる課題である。
仮に製造工程が適切に管理され、規格に適合した原料が継続的に製造されていたとしても、その原料自体の安全性が十分に評価されていなければ、食品として安全に使用できると結論づけることはできない。逆に、原料の安全性が科学的に評価されていても、実際の製造工程で汚染や品質の変動が生じれば、その評価の前提が崩れる可能性がある。FDAの新ガイダンスに照らせば、Identityを構成する製造工程、成分組成、規格などの情報は、こうした2つの問題をつなぐ重要な要素となる。
本稿では、製造工程で生じた汚染の原因究明とは区別して、市場参入時の原料安全性評価に焦点を当てている。そのうえで、市場参入時の原料安全性評価と、評価の前提を維持するための製造品質管理との関係も確認しておきたい。
【7.行政が科学的な判断基準を示すことの意味】
ここまで、FDAの新ガイダンスを用いて「この紅麹」の安全性評価を試みてきた。このシミュレーションで注目したいのは、FDAが企業に安全性の立証を求めるだけでなく、そのための科学的な評価方法を具体的に示していることである。原料のIdentityをどのように明確にするのか。食経験を安全性の根拠として利用する場合、何を比較すべきなのか。既存の安全性試験を別の原料に適用する場合、どのような説明が必要なのか。摂取量や安全域をどのように検討し、Safety Narrativeとして結論を構築するのか。
FDAの新ガイダンスは、こうした評価の考え方を具体的に示している。行政が科学的な判断方法を示すことで、企業の安全性立証責任が明確になり、その判断根拠についても、より具体的な説明が可能になると考えられる。
企業は、どのような情報を収集し、どのような試験を実施し、何を根拠に安全性を判断すべきかを把握しやすくなる。原料メーカーと最終製品メーカーの間でも、必要な安全性情報を共有するための共通の基盤が生まれる。さらに、評価方法が明確になれば、企業が開発の初期段階から安全性を考慮し、必要な試験や分析を計画することも可能になる。
こうした取り組みは規制対応に役立つとともに、科学的なEvidenceを備えた原料を開発し、その価値を市場で適切に評価してもらうための基盤にもなり得る。
一方、行政が判断方法を示すことと、行政が個別原料の安全性を保証することは異なる次元の問題である。米国のNDIN制度では、一定の新規ダイエタリー原料について、企業が市場導入の少なくとも75日前に安全性情報をFDAへ通知する義務を負う。しかし、NDINは承認制度ではなく、FDAが個々の原料の安全性を保証するものではない。
また、2026年Final Guidance自体も、FDAの現在の考え方を示す非拘束的な文書であり、法令に適合する別の科学的アプローチを排除するものではない。それでも、企業による安全性評価の方法が具体的に示され、一定の原料について行政との接点が市場参入前に設けられていることには、大きな意味がある。
【8.日本の食品安全行政は、何を学べるのか】
日本にも、錠剤・カプセル剤等食品の原材料について、安全性を自主点検するための指針が存在する。2024年3月11日付の指針では、食経験、原材料や含有成分の情報、安全性試験などを段階的に確認する考え方が示されている。その上で、米国との比較では、その具体性や行政の関与の仕方に着目する必要がある。
日本の指針と、FDAの2026年Final Guidanceを比較すると、企業が安全性を立証する際に求められる情報の具体性や、行政がその評価にどのように関与するかという点に、検討すべき違いがある。特に、伝統的な食品の名称を持ちながら、菌株の選抜、製造方法の変更、成分の濃縮などによって従来とは異なる特性を持つ原料について、どのような科学的評価を行うべきなのかという問題は重要である。
今回の「この紅麹」のシミュレーションは、その具体例となる。伝統的な紅麹に食経験があるとしても、対象原料のIdentityが異なる可能性がある場合には、食経験をどこまで適用できるかを検討する必要がある。さらに、特定成分の摂取量や安全性試験との対応関係を確認し、対象原料の安全性を説明することが求められる。
行政がこうした判断方法をより具体的に示せば、企業間で安全性評価の質を比較しやすくなり、科学的根拠の不足や不確実性も明確になる可能性がある。さらに検討すべきなのは、どのような原料について、市場参入前に行政が個別の安全性評価に関与すべきなのか、という問題である。
日本では、2017年の厚生労働省「食品衛生法改正懇談会取りまとめ」において、食経験のない食品や濃縮等の摂取方法について、上市前にリスク評価を行う仕組みの必要性が長期的課題として指摘されていた。2023年の食品安全制度懇談会でも、新規性の高い食品に関するリスク評価・リスク管理の枠組みが議論されている。
このような市場参入時の評価のあり方は、紅麹事件以前から行政の検討課題として認識されていた。もちろん、すべての食品原料について行政が事前審査を行うことが、現実的あるいは適切とは限らない。行政の審査能力、企業の負担、技術革新への影響なども考慮する必要がある。
しかし、少なくとも、科学的な評価方法を具体化することと、一定の新規性や安全性上の懸念を持つ原料について行政が市場参入前に関与する仕組みを検討することは、分けて議論すべき課題である。企業が安全性を科学的に立証する責任を負い、行政がその判断方法を明確にする。そして、必要な場合には市場参入前の段階で行政が関与する。このような役割分担を検討することは、食品安全の確保だけでなく、科学的根拠に基づく食品原料の開発を促進することにもつながるのではないだろうか。
【おわりに ― 「この原料は、なぜ安全だと言えるのか」】
本稿では、FDAの2026年NDI Final Guidanceの考え方を用いて、小林製薬のサプリメント用紅麹原料の安全性評価を試みた。公開情報だけでは、対象原料のIdentity、食経験との比較、既存の安全性試験との対応関係、摂取量と安全域などについて、十分な評価を完結することはできなかった。一方、FDAの考え方を適用することによって、安全性を説明するために必要な情報や、科学的な判断を進めるうえで残された課題を整理することができた。
食品原料の安全性を考えるうえでは、評価結果の解釈にも注意が必要である。
Natural Medicines Comprehensive Database(NMCD)では、安全性をLikely Safe、Possibly Safe、Possibly Unsafe、Likely Unsafe、Unsafeの5段階で評価しており、「Safe」と断定する区分は設けられていない。この考え方は、安全性の判断が、利用可能な科学的Evidenceと使用条件に基づくものであり、絶対的な安全を保証するものではないことを示唆している。
安全性を立証するEvidenceが不足していることと、有害性を示すEvidenceが存在することは区別して考える必要がある。今回のシミュレーションでは、公開情報だけでは「この紅麹」の安全性を十分に説明できない部分が残った。その事実から直ちに当該原料が危険であったと判断することはできず、有害性を示すEvidenceが確認できないことだけをもって安全性が立証されたと考えることもできない。
FDAのNDI新ガイダンスが示しているのは、評価対象となる原料のIdentityを明確にし、利用可能なEvidenceとの関係を検討し、実際の使用条件において安全性が合理的に期待できることを科学的に説明する方法である。
企業が科学的な根拠に基づいて安全性を説明するためには、行政が評価方法を具体的に示すことも有用と考えられる。企業の安全性立証責任と、行政が科学的な判断を支える役割は、相互に関係するものである。紅麹事件を振り返るとき、製造工程の問題や健康被害への対応だけでなく、その前段階にあった食品原料の安全性評価についても考える必要がある。
「この原料は、なぜ安全だと言えるのか」
この問いに科学的な根拠をもって答えることが、食品が人々の健康に貢献するための出発点である。
(了)
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