マクロファージ研究が生んだ糖脂質 【機能性素材フロントライン】新規関与成分、小麦パントエア菌LPSとは何か
要するに、「菌」が持つ「糖脂質」である。
パントエア・アグロメランス由来LPS(リポポリサッカライド)。今年9月、機能性表示食品の機能性関与成分として初めて情報公開された、それまで届出実績のなかった新規成分だ(届出番号:L345)。機能性表示の内容は、俗にいう「目鼻むずむず感」の軽減。今後、いわゆる「免疫ケア」機能も訴求できるようにすることが検討されている。
東大名誉教授の問いから始まった探索
パントエア・アグロメランス。これが菌の名称だ。食酢の製造に使われる酢酸菌と同じグラム陰性菌に分類される菌で、パントエアが属名、アグロメランスが種小名。土壌や植物に広く存在するとされており、この機能性関与成分の場合、小麦から単離されたそれを指す。そしてそれに由来するLPS(リポポリサッカライド)とは、パントエア・アグロメランスの細胞壁の外膜を構成する分子の一つである糖脂質。リポ多糖とも呼ばれる。以下、小麦パントエア菌LPSと表記する。
届出者は誰か。「花粉、ホコリ、ハウスダストなどによる目や鼻の不快感を軽減する機能があることが報告されています」の機能性表示とともに、香川県高松市に本社を置く自然免疫応用技研㈱が届け出た。小麦パントエア菌をはじめとするグラム陰性菌由来のLPS一本でヘルスケア事業を展開している原材料事業者だ。
名は体を表す。自然免疫応用技研は2006年、自然免疫の中心的な細胞であるマクロファージを活性化させる技術開発・研究の成果を、健康の維持・増進に応用する目的で設立された。そこから遡ること18年前の1988年、帝京大学附属の生物工学研究センター(現在は閉所)で始まった〝免疫制御機構〟を巡る研究を祖とするベンチャー企業である。研究を率いたのは、薬学者の水野傳一・東京大学名誉教授(2017年逝去)だった。
「水野先生が『我々が食べているものの中には、免疫を高めるものが必ずあるに違いない。それを探そう』とおっしゃった。それが研究の始まりでした」
そう話すのは、自然免疫応用技研の河内千恵社長(工学博士)。河内氏は、同センターで当時、活性化したマクロファージが産生するTNF-αに関する研究を行っていたという。ちなみに、同社会長の杣源一郎氏(薬学博士)、同副社長の稲川裕之氏(同左)もそれぞれ水野名誉教授とともに研究を行っていた。河内氏が話を続ける。
「植物系の食べ物を中心に、いろいろと探索しました。その中で見つけたのが、小麦です。小麦粉をグルテンとデンプンに分離させるときに水で洗うのですが、その時に生じる副産物の中から、マクロファージを活性化させる物質が見つかったんです。動物試験で明らかになりました。当然、その物質は小麦由来のものだと思いますよね?しかし、構造を調べていくとそうではなかった。小麦に共生している菌が持つ物質でした。それがLPSです」
エンドトキシンをヘルスケアに役立てる
一方で、LPSは、歴史的に炎症誘導物質として研究されてきたことで知られる。抗炎症作用の検証に用いる炎症モデルの作製に使われる物質だ。「エンドトキシン」(内毒素)の別名もある。
そのように、ネガティブなイメージもある物質を経口摂取したり、塗布したりしたときの〝機能性〟を研究し、ヘルスケア(健康の維持・増進)に役立てようとしているのが自然免疫応用技研だ。その取り組みに関連し、同社設立後の2010年には、法制度に基づく技術研究組合として経済産業大臣に認可された「自然免疫制御技術研究組合」(杣源一郎代表理事)が発足。同社も組合員として参加している。
「1890年代から知られていたLPSをヘルスケアに活用することを提唱したのは、おそらく私たちが初めてだと思います。それを摂取したり、塗布したりすることで、免疫系を活性化させて健康を増進しようと。確かに、LPSは強い炎症を起こします。ただし、それは血液中に注射したり、腹腔内に投与したりする場合に限られます。口から微量に摂取した場合、強い炎症は起こりません。ラットでは、体重1kgあたり45mgのLPSを90日間経口投与しても、特に影響は見られませんでした。そのように、静脈投与と経口投与とでは機構が全く異なるのです」
河内氏は、LPSを経口摂取した際の安全性についてそう言い切る。
機能性表示食品として届け出られた小麦パントエア菌LPSの1日摂取目安量は488μg。河内氏が言及したラットでの90日試験の投与量を体重60kgの大人に当てはめると、その約5,500倍に相当する。そして同氏は、同社で開発した小麦パントエア菌LPSの機能性をこう説明する。
「マクロファージを活性化させることが細胞試験とマウスの経口投与試験で分かっています。マクロファージの細胞表面には多くの受容体(レセプター)が存在するのですが、そのうちTLR4(Toll様受容体4)というレセプターはLPSを認識します。そのため、LPSを少量でも摂取すると消化管のマクロファージが活性化されるのです。TLR4が変異して機能しないマウスに投与しても活性化されません。また、消化管のマクロファージと血中のそれはLPSに対する応答性が異なり、前者には炎症誘導性がありません。そのため、炎症も起こらないのです」
こうしたLPSとヘルスケアの関係に係る知見の背景について河内氏は、「安全性も含め、あらゆる動物モデル試験を行ってきました。ほとんどすべてやったと言ってもよいほどです」と主張する。
安全性に関しては、同社が機能性関与成分として届け出た小麦パントエア菌LPSが含まれる原材料で行った実証試験として、復帰突然変異、染色体異常、単回投与毒性、反復投与毒性(28日および90日)を挙げ、米国のダイエタリーサプリメント制度におけるNDI(New Dietary Ingredient)として公式にFDA(米国食品医薬品局)に届け出ているとする。
また、LPSの食経験について河内氏はこう話す。
「グラム陰性菌は食用植物に共生しています。したがって、その成分であるLPSは、穀類や野菜などに付着して日常的に食事と共に体に持ち込まれているのです。体に良いとされる玄米や海藻にも多く、漢方薬中の含量は高いことが分かっています。食品に含まれているLPSが、その食品の機能の一部を担っているのだろうと思います」。その上で、同社で供給している小麦パントエア菌LPSの食経験について言えば、会社設立当初から製造販売を始めているため、国内で約20年の長さがある。
ヒトを対象にした過剰摂取試験も行ったという。「ダブルブラインド試験は、これまでに5例を行っていて、それぞれで安全性と効果を検証しています」(同)。
鍵はマクロファージの活性化、次は「免疫ケア」
その上で、河内氏がLPSの機能性について首尾一貫して強調するのは、マクロファージの活性化だ。同社のウェブサイト(https://www.macrophi.co.jp/)にはLPSの機能性を巡る基礎から臨床までの研究情報が大量に掲載されていて、いわゆる「多機能」な機能性食品素材であることが啓発されているのだが、「どれもマクロファージの活性化が関わっていると私たちは考えています」(同)と言い、他の機能性食品素材・成分と組み合わせることで、それら素材・成分の機能を向上させる可能性もあるとする。
免疫の〝司令塔〟とは、マクロファージである──薬学者をはじめとする現役研究者3人が経営する自然免疫応用技研の主張はこうだ。「まずは目・鼻アレルギーの関係で届出を行いましたが、免疫(ケアに関する機能性表示の届出)を必ずやらないといけないと思っています」と河内氏は言う。
炎症誘導物質として研究されてきたLPSだが実は、健康の維持・増進の基盤ともいえる免疫の維持に役立つことが人々に知られ、小麦パントエア菌LPSが食の三次機能(生体調節機能)を持つ成分として人口に膾炙していく。今後、そんな物語が生まれるのだろうか。
【石川太郎】
シリーズ「機能性素材フロントライン」
【第1回】GLP-1&筋肉、韓国素材の新知見 DNF-10&CoreBlast5
【第2回】ミルク由来×睡眠の質 機能性表示の舞台に上がった「ラクティウム」を深掘り

