皮膚科学研究による次世代化粧品開発 【化粧品製造・開発最前線】竹田竜嗣・関西福祉科学大学准教授に聞く
急激な消費者ニーズの多様化、そしてグローバルなサステナビリティ対応が求められる中、化粧品業界は今、かつてない技術革新の波にさらされている。ヒット商品の裏側には、常に緻密な基礎研究と、それを製品へと昇華させる「社会実装」の力がある。アカデミアと産業界の橋渡し役として活躍する関西福祉科学大学・竹田竜嗣准教授(=写真)に、皮膚科学の最前線から見える「老化」のメカニズム、そして未来の化粧品開発に向けた産学連携のあり方について話を聞いた。(聞き手・文:藤田勇一)
皮膚科学の新たな視点、老化細胞の連鎖を解明する
――先生が現在取り組まれている皮膚科学研究の概要と、近年注目されているテーマについて改めてお聞かせください。
竹田 私は少し珍しいタイプの研究者でして、食品と化粧品の両方を扱っています。現在、私が最も力を入れているのは「老化」のメカニズムです。皮膚におけるアンチエイジングは永遠のテーマですが、近年はシワやたるみといった表面的な変化だけでなく、その根本原因の1つとなる「老化細胞」に注目が集まっています。
具体的には、老化細胞が周囲の細胞にどのような影響を及ぼし、老化や機能低下を連鎖させていくのか、そのプロセスを解明することに注力しています。老化細胞は単に機能が低下するだけでなく、周囲に炎症性のサイトカインを放出し、周囲の健康な細胞まで老化を促す性質を持っています。これを食品成分や化粧品成分によっていかに抑制し、皮膚の健全な状態を維持するか。この研究が、これからのアンチエイジングの重要なアプローチの1つになると考えています。
――食品と化粧品、その両方のアプローチを同時並行で行うことに意義があるのでしょうか。
竹田 はい、それは非常にはっきりとした意義があります。両者は出口戦略こそ異なりますが、人の健康を維持するという大きな枠組みでは地続きです。食品であれば、消化吸収を経て全身に作用させる必要がありますが、化粧品は皮膚に直接アプローチできる。この特性の違いを理解し、検証プロセスに活かすことが、革新的な製品を生む鍵になります。化粧品開発においては、3次元モデルや細胞を用いて皮膚で起こる現象をより詳細に検証できるため、検証スピードという点では大きなアドバンテージがあると言えます。皮膚のバリア機能、さらには経皮吸収のメカニズムを分子レベルで解明することで、機能性成分をより効果的に皮膚へ届ける技術の開発につながるでしょう。これが、機能性化粧品の次なる進化の方向性です。
実装に向けた安全性の壁、イノベーションの必須要件
――研究成果を実際の製品イノベーションに結びつける際、どのようなプロセスが必要だとお考えでしょうか。
竹田 最大の鍵となるのは、「安全性」の担保と「工業化コスト」のバランスです。どれほど優れた成分であっても、原料として使用するためには必要な安全性基準をクリアしなければなりません。
化粧品原料の場合、重要視されているのが「光毒性」への対応です。紫外線にさらされた際に化合物が反応し、人体に悪影響を与えないか。こうした安全性を、OECDのガイドラインなどに準拠しながら高い精度で評価できる体制を整えることは、研究成果を製品化へつなげる上で重要です。多くの企業では、このような評価を外部機関に委託するケースがありますが、基礎研究と評価技術を自社で持つことが、独自の技術やノウハウを蓄積し、知的財産につなげていく上でも大きな強みになります。
――安全性へのアプローチにおいて、食品と化粧品の間に違いはありますか。
竹田 当然あります。食品の場合は、長い「食経験」が安全性を考える上で重要な情報となりますが、化粧品は新しい化合物や素材に挑むケースも少なくありません。皮膚に直接塗布する以上、個人差やアレルギーのリスクを十分に評価しなければならない。日本の化粧品業界は、動物実験に頼らず人細胞や3次元モデルを活用して製剤を評価する技術の蓄積があります。この技術力は、これからのグローバル市場において、日本ブランドの競争力を支える1つの要因になると考えています。
――昨今、世界的に動物実験排除の動きが強まっています。このあたりはどのように認識されていますか。
竹田 非常に大きな流れであると認識しています。欧州では規制が進んでおり、日本でも化粧品の安全性評価において、動物実験に代わる評価法の重要性が高まっています。海外市場では、化粧品のために実施された動物試験に関して厳しい規制を設けている地域もあります。選択肢が限られる中で、いかに精度の高い「代替法」を確立するか。業界全体が問われている課題です。今後は、オルガノイド技術(ミニ臓器)を用いた評価系の構築など、より複雑な生体反応を模倣できる次世代の試験法の開発が、競争力の源泉になるでしょう。
老化研究と次世代の展望、AIと科学が拓く未来
――皮膚科学の進展において、今まさにインパクトが大きい技術トレンドは何でしょうか。
竹田 迷わず「老化抑制」を挙げます。いつまでも若々しくありたいという人間の本能的なニーズは不変です。特に紫外線をはじめとするさまざまな環境ストレスへの対策は、その重要性を一層高めています。
今後は、「AI技術の活用」がゲームチェンジャーになります。膨大な研究データをAIで解析することで、成分探索のスピードと精度は飛躍的に向上するでしょう。過去数十年分の論文や膨大なスクリーニング結果をAIで解析し、新たな標的因子を探索する。我々研究者も、AIという強力なツールをどう使いこなすかが重要になっています。AIが提示する仮説を、人間がいかに実験で検証するか。この人間とAIの協働が、これからの化粧品研究における1つの標準スタイルになるはずです。
――研究の社会実装において、コストの問題は避けられませんね。
竹田 おっしゃる通りです。良い成分が見つかっても、コストに見合わなければ製品化の道は閉ざされます。物質の安定性、機能の維持、そして価格。この「三位一体」をクリアすることこそが、研究成果を社会実装するうえで直面する大きなハードルと言えます。工業的なスケールアップの過程で、ラボで確認された性能をいかに損なわずに量産するか。この工程の最適化には、製造技術者と研究者の密接なコミュニケーションが不可欠です。
産学連携が描く未来図、共創と知財の再定義
――産学連携を成功に導くための鍵はどこにあるとお考えでしょうか。
竹田 企業単体では難しい高度な設備投資や、アカデミアが保有する専門知見の共有こそが連携の醍醐味です。成功の鍵の1つは、事前の「知財整理」にあります。ここを曖昧にすると、後で摩擦が生じる可能性があります。また、評価手法の標準化についても議論を深めるべきです。現在のガイドラインを基本としながら現場の実用性を考慮した、より実践的なプロセスのアップデートが求められています。アカデミア側の研究成果を「製品のスペック」にまで変換できる、翻訳者的な役割を持つ研究員を企業側が育成・確保することが、成功の隠れた鍵かもしれません。
――日本の研究環境や次世代の人材育成について、課題を感じる点はありますか。
竹田 やはり、大学院に進学する学生が減っている現状には危機感を抱いています。就職状況が良好なのは喜ばしいことですが、優秀な層が十分な研究訓練を経験する機会が減ることは、長期的に見れば日本の技術力にも影響を与えかねません。さらに、研究開発の効率化やコストの観点から、研究の一部を外部委託する企業もあります。外部委託そのものにはメリットがありますが、自ら手を動かし、試行錯誤を重ねる文化を失えば、将来的に技術継承にも影響します。研究の本質の1つは「失敗」の中にあります。その過程で得られる知見やノウハウを自ら蓄積することが、次の研究や技術開発につながるのです。

――企業とアカデミアがWIN-WINでいられるために、企業は何ができるでしょうか。
竹田 企業主導で「学びの場」を提供してほしいと思います。例えば、給与を維持しながら大学院へ派遣する制度や、海外留学の支援です。すでにこうした取り組みを進めている企業もありますが、今後さらに広がっていくことが重要です。企業側は「教育」を投資と捉え、大学側は「実践の場」を教育に組み込む。この相互理解が深まれば、日本のR&Dの質をさらに高めることにつながると考えています。
――最後に、読者である業界関係者へメッセージをお願いします。
竹田 日本の製剤技術は非常に高い水準にあります。ぜひ自信を持ってほしいと思います。その技術を磨きつつ、安全を第一に考える姿勢はこれからも大事にしてほしい。消費者は、これまで以上に「安全性」と「科学的根拠」に敏感です。この「両立」こそが、今後の製品開発において重要であり、高いレベルで追求する価値のある課題だと考えています。我々アカデミアも、研究基盤を維持し、次世代の研究者を育てながら、産業界とともに新たな価値を生み出していきたいと考えています。共に未来の製品をつくっていきましょう。
――ありがとうございました。
内のラボ棟.jpg)
(実験室が入る「けいはんなプラザ」(京都府相楽郡精華町)内のラボ棟)
【プロフィール】
竹田竜嗣(たけだりゅうじ)
2000年、近畿大学農学部農芸化学科卒。05年、同大学大学院農学研究科応用生命化学専攻、博士後期課程満期退学。同年、博士(農学)取得。同大学農学部研究員、化粧品評価会社勤務、食品CRO勤務を経て、16年から関西福祉科学大学健康福祉学部福祉栄養学科。
専門は、農芸化学分野を中心に分析化学、食品科学、生物統計学と物質の研究から、細胞、動物試験、ヒト臨床試験まで多岐に渡る研究歴がある。特に食品・医薬品の臨床研究は、大学院在籍時より携わった。機能性表示食品制度発足時から、研究レビューの作成およびヒト臨床試験など多くの食品の機能性研究・開発に関わる。
23年1月、WNGが発信する会員向けメルマガ『ウェルネス・ウィークリー・レポート』やニュースサイト『ウェルネスデイリーニュース』で連載した「エビデンスの基礎知識」が100号に達したのを記念し、内容を改めて編集し直し、「開発担当者のための『機能性表示食品』届出ガイド」を執筆・刊行。現在改訂版を準備中。

