科学の光で紐解く「腸活」の真実 研究者インタビュー:青江氏、ブームから「生活習慣の科学」へ、研究者から見た腸活市場の未来
次世代シークエンサーの登場で腸内細菌叢の解析が容易になった現代、かつては専門家のみが扱った腸内細菌の知見が消費者1人ひとりの手に渡る時代となった。食物繊維研究の第一人者である大妻女子大学の青江誠一郎教授(=写真)に、腸活市場の現在地から今後参入企業が注力すべき「メカニズム解明」の重要性、私たちの生活習慣における食のあり方などについて話を聞いた。
「腸活ブーム」、研究と実社会のリンク
――現在、「腸活」という言葉がすっかり浸透しました。研究者である先生の視点から、この消費者の意識変化や現在の腸内細菌研究の潮流をどのようにご覧になっていますか。
青江 腸内細菌叢(そう)の研究において、2000年代以降の技術進歩は革命的でした。特に、次世代シークエンサーの登場により、以前のように手間のかかる培養を行わなくても腸内細菌の構成を簡便に測定できるようになったことが、最大のブレイクスルーです。これにより、医師や研究者が病気と腸内細菌の関係を短期間で可視化できるようになりました。
「特定の腸内細菌を持っているとこういう病気になりやすい」、「長生きする人はこれだけ多様な菌叢を持っている」といった研究データが次々と蓄積され、それが1つの大きなブームを巻き起こしたわけです。企業側もこのトレンドを捉え、プロバイオティクス(生菌)やプレバイオティクス(食物繊維など)という概念を積極的に取り入れました。かつては専門用語だった「短鎖脂肪酸」という言葉も、今では多くのメーカーが製品パッケージで活用しています。2000年代に積み上げられた研究成果が、2020年を過ぎてようやく一般の方々の生活レベルに降りてきたというのが、今の「腸活ブーム」の正体と言えるでしょう。
――技術の進歩が消費者の「測る」という行動を後押ししたわけですね。
青江 その通りです。郵送で簡単に検査ができる時代ですから、誰でも気軽に自分の腸内を知ることができます。しかし、良いことばかりではありません。知識の無い人が検査結果を見て「腸内細菌が変わった、これが成功だ」と安易に判断してしまうのは少し危ういです。あくまで腸内細菌は、私たちの健康を構成するメカニズムの一部に過ぎません。単純に「ビフィズス菌が増えた」、「善玉菌がこれだけ増えた」という数値の変化だけで一喜一憂するのではなく、それを介して「便秘が解消した」、「肌の調子が良くなった」、「睡眠の質が上がった」といった、具体的な症状にどう繋がっているかという部分に視点を置かなければ、それは本当の「腸活」とは言えません。
――企業はマーケティングを主軸にするため、どうしても「この乳酸菌が一番」といった特定の素材を推す売り方になりがちです。これについてはどう思われますか。
青江 確かにビジネスの現場ではそうなりがちですが、これからは「では、その菌は具体的にどう良いのか?」という問いにまで踏み込まないと、市場で生き残ることは難しくなるでしょう。今や誰でも真似ができる時代です。例えば、腸の働きと言えば以前は便秘改善のイメージが中心でしたが、現在は肌の水分量やストレス軽減、睡眠の質の改善に関する研究も非常に進んでいます。これからは「この乳酸菌を取っていれば良い」という断片的な情報ではなく、症状別に腸内細菌との因果関係をしっかり示していくことが、専門家からも、そして賢明な消費者からも求められるはずです。
【プロフィール】
青江 誠一郎(あおえ せいいちろう)
大妻女子大学 家政学部 食物学科 教授。農学博士。
長年、大麦などの穀物に含まれる食物繊維(β-グルカン)や、腸内細菌叢と健康機能の関連について研究を続ける。日本食物繊維学会理事長などを歴任。専門的な研究を一般生活者に分かりやすく伝える啓発活動にも注力しており、健康食品や機能性食品の科学的根拠に基づいた適正な利用を提唱している。
【聞き手・文:藤田 勇一】
(『Wellness Monthly Report』2026年7月号より転載。)
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