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山笠太郎の健康管理とほほ日記 ~不摂生な私が25年もスポーツクラブに通える理由~(34)

前回からの続き 未読の方はまずそちらから

 さて、山田豪太郎クンから何ともありがたい昇進お祝いを兼ねた送別ゴルフコンペを企画して頂いた訳であるが

 「ハテ…?いくら会社経営が軌道に乗り始めて来たとは言え、まだまだ銀行からの借入れも多く自転車操業なはず…高級リゾートゴルフ場の会員になれるほど会社に余力があるのかなぁ…?」

 と、少しと言うか、ぶっちゃけ小生的にはかなり(苦笑)心配になった。そんな小生の心の内を読み切ったかの如く山田豪太郎クン

 「なぁ~に、ほら、以前山笠さんにお試しサンプルで渡した新商品でコエンザイムQ10を配合した化粧品があったでしょ? 実はあれのOEMも含め日頃から何かとお世話になっている化粧品会社(受託製造専門)の社長で、俺っちのゴルフの宿敵でもある原田社長が会員になっているリゾートコースなんですよ、そんな訳で今回原田社長ご夫妻もご一緒するんですけれど、初対面でも山笠さんなら大丈夫っすよね? あっそれといい機会なので、うちの社員の福利厚生も兼ねて永谷と経理の田村(女性)も、ついでっちゃぁなんですけど連れて行きますのでヨロシク」

 と、亜細亜健康科学研究所創業以来の社員でもある営業の永谷くんと経理兼総務の田村さんの2名もご一緒する事となった。

 この当時の亜細亜健康科学研究所は社長である山田豪太郎クン以下総勢3名で運営していたのだ。まぁ創業以来のコアメンバーっちゃぁコアメンバーであった。

 この2人の社員は山田豪太郎クンから常日頃より「おめぇさぁ…」とお叱り&教育的指導(苦笑)を受け続けており、世間一般ではパワハラ…? 小生はサンドバッグ軍団と密かに命名していた(笑)見方を変えれば結局この二人しか会社に残らなかった…とも言える(苦笑)

 ところが小生、山田豪太郎クンのパワハラトーク満載な日常を客観的に見続けているうち、錯覚なのか…(笑) 何故か「高度な(笑)ボケと突っ込み」を見ているかの様に感じてきてしまうのだから不思議なものだった。

 そんな3名の関係性は、一概にパワハラの一言で言い尽くせない独特の空間であり不思議な絆をも感じさせていた。

 そんな辛口トーク満載な山田豪太郎クン、実は自らの部下達だけに留まらず、仕事上、社内外問わず少しでもぬるい対応をすると容赦なく厳しいお言葉・教育的指導が…(汗)

 ちなみに小生には不思議と優しく接してくれて(笑)よくつるんで楽しく飲み歩いた点も付記させて頂く(笑)

ゴルフはお好きですか? 山田豪太郎クンは大好きでした

 さて、いつの間にか3度の飯よりゴルフ好きになっていた山田豪太郎クン(笑)後に奥様やお嬢さんから聞いた話であるが、週末、特に予定が何もない時は1日中部屋にこもり、ゴルフクラブのシャフトやグリップを「あ~だこ~だ」と子供がプラモデルを組み立てる様に楽し気に取っ替えひっかえ…。そして自らカスタマイズした?ゴルフクラブをゴルフ練習場や行きつけのゴルフショップに持ち込み、試し打ちして確認。その後、ぶつぶつ言いながら自宅に戻り、また部屋にこもる…家族からは「よく飽きないわねぇ」と言われる始末。

 最盛期の亜細亜健康科学研究所主催のゴルフコンペは、まるでゴルフ倶楽部の月例会並みに年10回程度は開催していたのだから驚きだ。

 ゴルフ好きでない小生も(汗)2~3度お付き合いで参加した記憶がある。

 そんなゴルフオタクな?山田豪太郎クンであったが、ゴルフのラウンド中は今なら「アウト!!あかんやろ」な「昭和時代あるある」的なハチャメチャさだった。

 ちなみに山田豪太郎クンのゴルフコンペ時の光景はこんな感じだった…先ず朝ゴルフ場に到着するなりいきなりビールだ。もちろんラウンド中もビールが水代わりだった。

 がに股気味の独特のアドレスからクラブを無造作に振り上げスパッと振り抜くショットは時折ご愛敬で「テンプラ」や「チーピン」のミスショットはあれど、意外にもほとんどのショットは曲がらずに気持ちよく真っすぐに飛んで行った。まさに「酔拳」ならぬ「酔スイング」であった(苦笑)

 ゴルフラウンド中の山田豪太郎クンは「日ごろの辛口トークは一体どこに行っちゃったの」的に程よくとろけて明るく賑やかなラウンドであった。

 その姿は実に楽しそうであった。ランチタイムも当然の事ながらビール、ウイスキー、焼酎と何でもござれのミニ宴会だ。

 不思議な事に上がってみると、山田豪太郎クンのスコアは90切りだった。

 コンペで一緒にラウンドした小生が半ば呆れ気味に「しらふでプレーすれば80前後でラウンドできるのにもったいない」と問うと「それがさぁ、この前しらふでラウンドしたら、あらまぁの100叩きなんだぁね」と小生におちゃらけてみせたのだった。

(つづく)

<プロフィール>山笠太郎(やまがさ たろう)
三無主義全盛の中、怠惰な学生生活を5年間過ごした後、運良く大手食品メーカーに潜り込む。健康食品事業部に配属され、バブル期を挟み10年。その間に健康食品業界で培った山笠ワールドと言われる独自の世界観を確立。その後社内では様々な部門を渡り歩き47都道府県全ての地に足を踏み入れる事となる。

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