DTC検査市場が急拡大 2030年に221億円規模へ、富士経済が予測
医療機関を介さずに、自宅にいながら自らの体質や健康状態を可視化できる「DTC(Direct to Consumer)検査」。健康意識の高まりやSNSを通じた認知拡大を背景に、同市場が今、劇的な変化の時を迎えている。㈱富士経済(東京都中央区、菊地弘幸社長)がこのほど発表した最新データによると、2025年の国内DTC検査市場は前年比11.2%増の149億円に達した。さらに2030年には、25年比で48.3%増となる221億円規模にまで急拡大する見通しとなっている。
DTC検査を理解する上で重要なのは、これが「病気の診断や治療」を目的とした医療行為ではないという点。DTC検査の本質は、生活者自身に「健康への気付き」を与え、自発的な行動変容(食生活の改善や運動習慣の定着など)を促すためのツールという位置付けにある。病院で行う検査が「マイナス(病気)をゼロに戻すためのもの」だとすると、DTC検査は「ゼロをプラス(より豊かな健康状態)にするためのもの」と言える。現在、この市場は生活者向けだけでなくペット向けにも広がっており、生活者向けは大きく以下の4つに分類されている。
● 総合型遺伝子検査:体質や疾病リスク、祖先のルーツなどを網羅的に調べる。
● 特化型遺伝子検査:ダイエットや肌タイプなど、特定の目的に絞って調べる。
● 腸内フローラ(細菌叢)検査:腸内環境のバランスや構成を可視化する。
● その他DTC検査:尿や線虫を用いたがんリスク検査、生活習慣病、フェムテック関連など。
それぞれの分野が独自の進化を遂げながら、市場全体の底上げを牽引している。

安価化と「腸活」が市場拡大の要因の1つ
かつて数万円を要した「総合型遺伝子検査」は、2023年後半に登場した安価なキットの登場で、利用者の裾野が一気に広がった。㈱ジーンクエスト(東京都港区、岩田修社長)などの先駆者が市場を耕してきたこの分野だが、現在は大手企業の参入や撤退を経て、より日常的なサービスへとなりつつある。
一方で、遺伝子情報は生涯変わらないため、「一生に一度受ければ十分」としてリピート需要を期待しにくい。そのため、今後は検査結果を基にした個別のコンテンツ拡充や、新規顧客の絶え間ない開拓が持続的成長の鍵となる。
これに対し、肥満遺伝子や肌タイプに絞った「特化型遺伝子検査」は、SNSのインフルエンサーによる紹介なども影響し、美容・ダイエット目的の若い層を中心に需要が伸びている。しかし、総合型遺伝子検査の低価格化が進んだことで、顧客が総合型へ流出するリスクもはらんでいる。
同市場において、今、熱い視線を集めているのが、腸内環境を調べる「腸内フローラ検査」。腸内環境の乱れは、便秘や下痢といった分かりやすいトラブルだけでなく、アレルギーや肥満、さらにはメンタルの不調(うつなど)や認知症にまで影響を及ぼすことが科学的に明らかになってきている。
この分野を牽引するのが、㈱サイキンソー(東京都渋谷区、原洋介社長)や㈱メタジェン(山形県鶴岡市、福田真嗣社長)といったバイオベンチャー。サイキンソーは、病気になる前の段階で健康を維持する「0次予防」を掲げ、生活者が自身の腸内細菌データを知る文化を定着させようと挑んでいる。現在は検査キットが2万円前後と高価格帯のため、健康意識の高い層の利用が中心だが、大手食品メーカーが検査結果と自社の製品をセットで提案する「パーソナライズフード」の動きも活発化している。遺伝子検査とは異なり、食事や生活習慣によって数値が「変化する」ため、定期的に検査を受けるリピート需要を掴みやすいのが最大の強みと言える。
尿や線虫(高い嗅覚を持つ微小な生物)を利用した手軽ながんリスク検査も伸びている。従来の人間ドックよりも圧倒的にハードルが低く、定期的な健康チェックとして組み込みやすいことが理由。さらに、病院に行く心理的ハードルが高い層に支持される「性感染症検査」や、女性の健康課題に応える「フェムテック関連検査」も着実に市場を広げている。
郵送検査のインフラ化
このDTC検査市場において、生活者の生活動線に深く入り込むことで急成長を遂げているのが、㈱ヘルスケアシステムズ(愛知県名古屋市、瀧本陽介社長)などの実力派企業。ヘルスケアシステムズの郵送検査サービスは累計100万件を突破しており、生活者が自らの身体の数値を手軽に「可視化」するインフラとして機能し始めている。
同社の強みは、単に検査結果を返すだけでなく、それを「商品選択のヒント」として活用させている点にある。例えば、自分の体がどの程度特定の栄養素を吸収できているか、生活習慣の乱れがどう数値に現れているかをグラフで示すことで、生活者は「だからこのサプリメントを選ぼう」「食事のバランスを変えよう」という具体的なアクションに移ることができる。
さらに同社は、自社での囲い込みではなく、調剤薬局、食品メーカー、自治体など、さまざまな外部パートナーと柔軟に連携する戦略を取っている。生活者の身近な場所に検査キットを配置し、健康ニーズへ対応するこのモデルは、DTC検査が「特別なもの」から「日常のインフラ」となるためのきっかけと言える。
業界が直面する課題はデータの「信頼性」と「持続性」
市場が急成長する一方で、健全な発展のために解決すべき深刻な課題も浮き彫りになってきている。DTC検査がブームになるにつれ、科学的根拠が乏しい検査を販売する事業者や、過大な効果をうたって消費者の不安を煽るような広告表示が一部で見られるようになった。
この事態を重く見た主要企業は、自主規制へと動き出している。ヘルスケア検査を手がける主要6社が新団体を設立し、精度管理や広告表示に関する統一基準の策定に着手した。また、腸内細菌叢検査の分野でも、サービスの品質向上を目指した「自主規制ガイドライン」が策定され、将来的には日本発の信頼できる基準として国際展開も視野に入れている。
医療行為ではないからこそ、業界自らが厳しく襟を正し、生活者や医療従事者からの信頼を勝ち取らなければ、ブームは一過性で終わってしまう。
また、DTC検査のもう1つの価値は、検査を通じて集まる膨大な「ゲノムデータやバイタルデータ」の二次利用にある。これらのデータを製薬企業や食品・化粧品メーカーに提供することで、創薬研究やパーソナライズ商品の開発に役立てるというビジネスモデル。
今後は、治験や臨床試験の条件に合う候補者を探す「リクルーティング」や、食品・化粧品のターゲットマーケティングへの活用、さらには㈱KEANS Health(東京都港区、山路恵多社長)のように、高度なデータ解析技術を持つ新たなプレイヤーの参入により、市場は再び拡大基調へ転じると予測されている。
健康は「管理」から「デザイン」へ
今後は、ペット向け検査市場に見られるような「家族の一員としてのペットの健康管理(腸内フローラ検査など)」といった周辺市場の成熟も、市場全体の厚みを増していく要因となることが予測される。
2030年の221億円という市場規模は単なる通過点に過ぎず、DTC検査がもたらすデータは、食品産業、化粧品産業を変える可能性もある。
【藤田勇一】
(文中の写真:DTC検査の国内市場・富士経済リリースより)
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