腸内細菌叢データで「0次予防」を実現 【時代を読み、事業で応える】20万件のDBを武器に、個別最適化を加速
㈱サイキンソー 代表取締役社長 原 洋介 氏
腸内フローラ検査のパイオニアである同社は、20万件超という国内最大級のデータベースを武器に、個人の状態を可視化するだけでなく、企業の製品開発をも支援する独自の循環モデルを構築した。「0(ゼロ)次予防の実現」を掲げ、生活者が無理なく健康を享受できる社会を目指す。同社の戦略とヘルスケア産業の未来像について聞いた。
氾濫する情報の中でエビデンスという灯台に
――ヘルスケア産業を取り巻く環境は、超高齢社会の進展や健康意識の高まりなどを受け大きく変化しています。現在最も注視している「時代の変化」は何でしょうか。
原 私が最も危機感とともに注視しているのは、消費者の「情報の受け取り方」そのものが劇的に変化したことです。インターネットやSNSの普及により、誰もが手軽に健康情報にアクセスできるようになりました。しかしその一方で、科学的根拠の乏しい情報や、個人の主観に基づいた断片的な知識が、あたかも普遍的な真実であるかのように拡散されています。
消費者が「何が自分にとって本当に正しいのか」を判断できなくなっている現状は、産業全体の健全な発展を阻害しかねない大きな課題です。私たちは、こうした情報の荒波の中で、生活者が迷わずに済むための「灯台」のような役割を果たさなければならないと考えています。
数年前まで、弊社の腸内フローラ検査「Mykinso」(マイキンソー)を利用される方の多くは、便秘や下痢といった具体的な「お腹の悩み」の解決を目的としていました。いわば、不調というマイナスの状態をゼロに戻すためのツールだったのです。しかし現在は、ダイエット、美容、睡眠の質の向上、さらには免疫力強化やメンタルヘルスといった、より多面的でポジティブなヘルスケアへの関心にシフトしています。この変化は、消費者が「病気ではないが、より良い状態を目指したい」という未病・予防領域の価値を強く認識し始めた結果だと言えます。だからこそ、企業側には「なんとなく体に良さそう」という曖昧な訴求ではなく、データに基づいた「なぜあなたにこれが必要なのか」という個別最適化への回答が強く求められていると考えます。
――その要望に対し、貴社はどのような姿勢で向き合っていますか。
原 私たちは「エビデンス」を単なるセールスポイントではなく、事業の根幹、いわば生命線であると考えています。その意志の表れとして、研究開発部門を私の直轄組織とし、社内のリソースをエビデンス創出に最優先で投入する体制を敷いています。不確かな情報が広まりやすい領域だからこそ、私たちは「日本最大級の腸内フローラデータベース」という客観的な事実から出発します。また、自社のみならず業界全体の信頼性を底上げするために、競合他社とも連携して「腸内環境ヘルスケア協会(GHA)」を設立しました。検査の精度管理やガイドラインの策定を通じ、業界の標準化を推進することも、リーディングカンパニーとしての責務だと考えています。
20万件のデータが回すtoCとtoBの循環モデル
――現在、最優先している事業戦略をお聞かせください。
原 核となるのは、20万件を超えるデータベースを活用した「toCとtoBの循環モデル」の深化です。まずtoCの側面では、検査を通じて個人の「菌の状態」を可視化し、それに応じたパーソナライズされたアドバイスを提供します。ここで蓄積された膨大な腸内細菌叢 データと、ライフスタイルの相関データが、私たちの最大の資産となります。次にtoBの側面では、この貴重なデータを食品・素材メーカーの商品開発やマーケティングに活用していただきます。そして、開発された確かな製品が市場に流通し、消費者がそれを摂取することで、再び検査結果が改善される。この循環こそが、社会全体の健康レベルを底上げするエンジンになると確信しています。
――その循環を加速させるための新ツールについて教えてください。
原 「Mykinso Explorer」(マイキンソー エクスプローラー)です。多くのメーカーが「差別化できるエビデンスが弱い」、「どの菌をターゲットにすれば機能性を訴求できるか分からない」という悩みを抱えています。従来の研究開発は特定の素材ありきで進むことが多く、効果の証明に多大なコストを要していました。このアプリは、当社のデータに基づき、特定の素材や菌がどのような健康状態と統計的に有意な相関があるのかを瞬時に探索できるツールです。
開発担当者が「起床後の疲労感にアプローチしたい」と入力すれば、AIが20万件のデータから関連性の高い菌群と、根拠となる統計データを抽出します。さらに、どのような機能性表示が可能か、論文等の背景情報を含めたレポートを即座に生成します。これにより、従来は数カ月かかっていた市場調査や仮説構築のプロセスが劇的に短縮されます。データという裏付けがあることで、研究開発とマーケティングの乖離もなくなり、より消費者に刺さる「本物の商品」を世に送り出すことが可能になります。
「回避する腸活」で提案する強制しない行動変容の形
――消費者の「行動変容」についてはどのようにお考えでしょうか。
原 私たちが大切にしているのは「強制しない行動変容」です。「健康のためにこれを食べなさい」という管理・制限型のアプローチは、短期的には効果があっても継続が難しく、QOLを下げてしまいます。健康の追求がストレスになっては本末転倒です。そうではなく、自分の状態をデータで「知る」ことが、自発的な選択を生むきっかけになると考えています。例えば、管理栄養士による伴走支援や、食事を撮影するだけで腸内の状態を推測するアプリ「フロレコ」を提供していますが、これらは全て、楽しみながら自分の体と対話するためのツールです。私たちは「教える」のではなく、ユーザーが自ら「気づく」環境を整えることに注力しています。
――「回避する腸活」というコンセプトについても詳しくお聞かせください。
原 一般的に「体に良い」とされる食品でも、実は特定の個人にとっては不調の原因になっている場合があります。テレビで「これが良い」と紹介されたものを試しても効果がない、あるいは逆に調子が悪くなる。その原因は、その人の腸内環境との相性にあります。「良かれと思ってやっていることが、実は逆効果だった」という事実は、データなしには気付けません。何でも「足す」のではなく、自分に合わないものを特定して「避ける」。これだけで体調が劇的に改善する方が多くいらっしゃいます。この「回避」という選択肢を提示できるのも、パーソナライズされたデータの力です。
私たちは「潜在的ニーズの掘り下げ」を重視しています。ユーザー自身も気付いていない「なぜか調子が悪い」という違和感に対し、データという客観的な鏡を差し出し、無理のない範囲での微調整を提案する。メーカー側がデータの力を使って、ユーザーにとっての「新たな当たり前」を先回りして作っていくことが、現代のヘルスケア企業には求められています。
――貴社が目指す「次世代のヘルスケア像」とはどのようなものですか。
原 究極的に目指しているのは、「ラーメンを食べても罪のない世界」の実現です。健康のために食を制限しすぎるのは不幸なことです。自分の状態を正確に把握できていれば、「昨日は脂っこいものを食べたから、今日はこの菌を育てる食材でリカバリーしよう」といったセルフコントロールが可能になります。データに基づいた適切な「調整」ができれば、好きなものを楽しみながら健康を維持できる。そんな、誰もが無理なく、しなやかに生きられる社会を支えたいのです。
――地域社会全体への展開についてお聞かせください。
原 現在、自治体や異業種企業と連携した「0次予防」のエコシステム構築に注力しています。「その地域に住んでいるだけで、あるいはそのサービスを使っているだけで、自然と健康的な環境が整っている」という状態を目指しています。地域の特産品と腸内環境の関連をデータ化し、地産地消を促進しながら住民の健康を増進するモデルや、企業の健保組合と連携した健康経営の支援などです。ヘルスケアの可視化という「入り口」から、確かなエビデンスに基づくソリューションという「出口」までを一気通貫で提供することで、ヘルスケアの地域格差を解消し、日本全体のウェルビーイングを向上させていきたいと考えています。
――ありがとうございました。
【聞き手・文:藤田勇一】
(月刊誌「Wellness Weekly Report93号」(2026年3月10日刊)より転載、取材日:2月20日)
【プロフィール】原洋介(はら・ようすけ):筑波大学大学院修了、博士(工学)。高校、大学時代はアメフトに没頭。QSTで粒子線がん治療の研究・治療に従事。医療機器ベンチャーを共同創業し資金調達やIPO準備を経験。2022年12月にCFOとしてサイキンソーに参画。2026年2月より代表取締役就任。

