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「信頼」こそが持続可能な成長の唯一の解 通販業界がAI時代に立ち返るべきこととは

 法規制の強化、物流費や原材料費の高騰。通販・EC業界は今、まさに「多重苦」の転換期にある。この不透明な時代に、事業者はどう舵を切るべきか。40余年の歴史が教える「商いの本質」と、AIが拓く未来、そして今こそ求められる「信頼」という生存戦略について、消費者庁の検討会委員を務め、業界を牽引する(公社)日本通信販売協会(JADMA)専務理事・万場徹氏に話を聞いた。

石油価格高騰が業界を直撃、全産業的な「コスト増」の連鎖

――現在、検討会での議論が進む一方で、現場の経営者は深刻なコスト高騰に頭を抱えています。この状況をどう見ていますか。
万場 検討会での法的な議論ももちろん重要ですが、現場の経営という視点に立てば、今最も注視すべきは「地政学的リスク」です。特にホルムズ海峡の封鎖リスクを含めた中東情勢の動向は、通販業界にとって死活問題になり得ます。これは単に「配送車のガソリン代が上がる」といった次元の話ではありません。
 例えば、化粧品や健康食品のサプライチェーンを想像してみてください。中身の原材料はもちろんですが、それを入れる容器、キャップ、バージンシール、さらに商品を保護するフィルム、配送時に使用する緩衝材や段ボール。これらはそのほとんどが石油由来の資材です。アパレル業界にしても、合成繊維の原材料から、梱包用のPP袋に至るまで、石油価格の影響を受けない工程は1つもありません。

 ユニクロの柳井氏も以前から指摘されていますが、原材料費の高騰は全産業に共通する脅威です。特に通販は、商品を個別にパッケージし、配送するというプロセスが不可欠な業態です。梱包資材の1つひとつが値上がりし、さらに物流費が乗ってくる。この「コストの積み上げ」に対して、一企業が個別の努力で対抗するのは限界に来ています。我々としては、こうした構造的なリスクを正しく認識し、価格転嫁や資材の代替化を含めた中長期的な戦略を立てる必要があると考えています。

「条文」は増える一方、減らない消費者トラブル

――特商法や景表法の改正が繰り返され、規制は強化の一途を辿っています。しかし、消費者トラブルの相談件数は高止まりしています。この現状をどう捉えていますか。
万場 非常に重要な問いです。特商法はこれまで何度も改正され、その度に禁止事項や義務事項が増え、条文は肥大化してきました。しかし、私は「規制を強化すればトラブルが減る」という考え方には懐疑的です。なぜなら、悪質な事業者は最初から法を守るつもりがなく、規制ができればその網の目を潜り抜ける新しい手法を即座に編み出すからです。いわば「いたちごっこ」に陥っているのが現状です。
 真の問題は、法令が複雑になればなるほど、真面目な事業者がコンプライアンス対応のために膨大なコストを強いられる一方で、悪質業者は野放しに近い状態が続くという歪んだ構造にあります。行政の執行能力には限界がありますから全ての違反を摘発することは不可能です。
 だからこそ、私は検討会の場でも「一律の規制強化」よりも「実効性のある執行」と「業界の自律」を訴えてきました。例えば、協会が持つ相談データを、媒体関連団体と共有し、悪質事業者の広告掲載を根元から断つ。法という「後追い」の手段だけでなく、テクノロジーを用いた「遮断」の仕組みこそが、今のスピード感には必要です。

――国の資源配分についても厳しい意見を述べられていました。
万場 はい、今の政府の動きを見ていると、長期的なビジョンが欠如していると感じざるを得ません。例えば、消費者の声を聞くことは大切ですが、規制強化だけでは困ります。産業振興をしっかりやっていただきたい。また、日本という国が直面している最大の課題は「超高齢社会」であり、そこに従事する人々が疲弊していることではないでしょうか。
 介護現場では、多くのスタッフが腰痛に苦しみながら、重い身体を抱えています。であれば、行政規制ばかりでなく、そのリソースを「パワースーツ」の量産化や、介護を楽にするテクノロジーへの資本投下に振り向けるべきです。働く人が楽になり、給料が上がる仕組みにアセットを投下する。
 通販も同様です。高齢者が買い物難民にならずに済むインフラとして、通販がどれほど貢献しているか。一律に「高齢者を狙う悪徳商法」という文脈で語るのではなく、社会インフラとしての通販をどう育てるかという視点が、今の政治には欠けています。限られた予算と人材を、どこに投下すれば国民が最も幸福になれるのか。そのグランドデザインが描けないまま、場当たり的な規制だけが増えていく現状には、強い危機感を持っています。

AIが拓く通販の未来、技術がもたらすパラダイムシフト

――デジタル取引の進化において、AI(人工知能)の活用が注目されています。通販実務において、どのような変革が期待できるでしょうか。
万場 AIは、現在の「多重苦」を打破する最大のパラダイムシフトになると確信しています。まず、カスタマーサポートの領域。深刻な人手不足の中、AIオペレーターが24時間365日、多言語で対応する未来はすぐそこに来ています。単なるFAQの自動応答ではありません。顧客の購買履歴や過去の対話の文脈を瞬時に理解し、1人ひとりの感情に寄り添った「パーソナライズされた接客」が可能になります。
 また、クリエイティブ制作のコスト構造も劇的に変わります。これまで多額の費用をかけていたモデル撮影、スタジオ手配、カタログ編集といったプロセスが、AIによる画像・動画生成に置き換わっていくでしょう。これにより、制作スピードは飛躍的に向上し、コストは劇的に下がります。
 
 しかし、私が最も期待し、かつ警鐘を鳴らしたいのは「守りのAI」です。AIが悪用され、巧妙なフェイク広告や詐欺サイトが生み出される可能性が高まるなか、それを検知し、排除する上でもAIが重要な役割を担う可能性があります。「AI消費者保護観察官」のような仕組みを官民連携で構築し、不適切な表示をリアルタイムで監視・修正する。技術の進歩を、売上を上げるためだけでなく、市場の透明性を高めるために活用すべきなのです。

1983年の設立趣意書に刻まれた「商人としての正道」の意味

――JADMAが設立された1983年当時と、現在を比較して感じることはありますか。
万場 協会の設立資料を読み返すと、当時の熱量が伝わってきます。初代会長の見嶋正憲氏(当時:フジサンケイリビングサービス、現:DINOS)が掲げたスローガンは「商人としての正道を歩む」でした。当時は、キャプテンシステムやCATVといった「ニューメディア」への期待が最高潮に達していた時期です。今のAIやメタバースに対する熱狂と、驚くほど似ています。
 しかし、40年経っても変わらない真理があります。それは、通信販売が「非対面」の「信頼取引」であるということです。消費者は、手元にない商品に対してお金を払い、自分の氏名や住所という大切な個人情報を預けます。これは、極めて高い信頼がなければ成立しない商売です。
 テクノロジーがどれほど進化し、チャネルがSNSやメタバースなどに移り変わったとしても、この「信頼の授受」という本質は1ミリも変わりません。今の事業者は、CPA(顧客獲得単価)やROAS(広告費対効果)といった数字に追い回されるあまり、この原点を忘れてはいないでしょうか。

――この「多重苦」の時代を生き抜く通販事業者に向けて、メッセージをお願いします。
万場 短期的な利益を追うためのテクニックは、すぐに陳腐化します。特に今の時代、不誠実な行為はSNSを通じて一瞬で拡散し、企業の息の根を止めます。逆に言えば、「あの会社なら安心だ」という無形の資産こそが、どんな法規制やコスト高騰にも負けない最強の防壁になります。
 JADMAが運用する「信頼の目安」であるJADMAマークは、形式的な表示ではありません。顧客1人ひとりと誠実に向き合い、万が一トラブルが起きた際に逃げずに対応する。その積み重ねが、LTV(顧客生涯価値)を最大化し、結果として最も収益性の高い経営をもたらします。
 「正道」を歩むことは、決して古臭いことでも、非効率なことでもありません。むしろ、これほど情報の透明性が高まった現代において、最も合理的で、最も効率的な生存戦略と言えまると思います。40年以上前に私たちの先達が掲げたビジョンは、AI時代の今こそ、その輝きを増している。私はそう信じています。

――ありがとうございました。



【聞き手・文:藤田勇一】

プロフィール
1984年、社団法人日本通信販売協会(2012年4月より、公益社団法人となる)事務局に入局。主に行政対応、広報など、業務全般を担当。業務課長、業務部長を経て、00年に理事就任。01年からは事務局長も兼任し、11年、常務理事に就任。16年、専務理事に就任し現在に至る。「アフィリエイト広告等に関する検討会」委員。

(月刊誌「Wellness Weekly Report95号(2026年5月10日刊)より転載」

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