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神代から令和まで健康食品のルーツを探る~歴史から見えてくる課題は何か?(14)

(公財)食の安全・安心財団理事長 東京大学名誉教授 唐木英明

<朝鮮戦争勃発から高度経済成長期へ>

 敗戦により、極貧の生活を強いられていた日本人を救ったのは、皮肉なことに次の戦争だった。
 1950年に始まった朝鮮戦争の影響で、日本は51年にサンフランシスコ平和条約を締結して独立し、また自衛隊の前身である警察予備隊が創設された。そして日本は、朝鮮戦争を支える物資の補給基地になり、米軍は日本から大量の物資を買い付け、日本は一転して朝鮮戦争ブームなどと呼ばれる好景気に見舞われた。

 その後、55年ごろから1973年頃まで、日本は急速な経済成長を遂げた。これえを「高度経済成長期」と呼び、60年代には筆者の大学の給与は毎年1割も上昇した。今から見ると、夢のような時代である。そして、医療と公衆衛生の近代化も進んだ。

 抗生物質やワクチンが普及して、多くの感染症の予防と病気の治療ができるようになり、麻酔薬の発達で安全で苦痛がない手術が可能になった。その結果、明治時代には40歳代だった平均余命が戦後は50歳、そして平成に入ると70歳を超えたのである。

<QOL向上のための秘薬登場>

 長寿社会になると、それ以前には少なかった病気が増えた。高血圧、糖尿病、脂質異常などの生活習慣病である。その結果、心臓疾患と脳梗塞、そしてがんと認知症が急増した。しかし、これらの疾患の有効な治療薬はほとんどない。また、生活が豊かになると、人々が求めるのは若さや健康の維持、ダイエットという生活の質(QOL)の向上だが、そのための医薬品は、96年に発売された養毛剤ミノキシジル(リアップ)と、99年に発売されたバイアグラ、そして健康維持のためのビタミン剤などだ。

<科学不振が生んだ健康食品>

 長寿社会を作った高度経済成長の暗い面として、水俣病、四日市ぜんそく、光化学スモッグなどの大規模な化学物質公害が発生した。その結果、人々の科学に対する信頼は揺らぎ、化学物質に対する反発や医療に対する不信が生まれ、自然や天然へのあこがれを広げた。

 そのような科学に不信を持つ人を取り込み、がん治療などの近代医療の恩恵が届かない影の部分を埋める形で、古くからの伝統医療に用いられてきた「食品」が「健康食品」という衣装をまとって再登場した。

 84年の「経済企画庁国民生活局編『健康食品』の販売等に関する総合実態調査」によれば、当時、販売されていた健康食品は乳酸菌飲料、朝鮮ニンジン、にんにく、スッポン、ローヤルゼリーなどの昔からある食品で、化学物質はビタミンCくらいだった。こうして医療の発達は人々に健康と長寿をもたらしたのだが、人々に十分な安心と満足をもたらすことにはならなかった。そして、不満の受け皿になったのが民間医療と健康食品だった。

(つづく)

<プロフィール>
1964年東京大学農学部獣医学科卒。農学博士、獣医師。東京大学農学部助手、同助教授、テキサス大学ダラス医学研究所研究員などを経て東京大学農学部教授、東京大学アイソトープ総合センターセンター長などを歴任。2008〜11年日本学術会議副会長。11〜13年倉敷芸術科学大学学長。専門は薬理学、毒性学、食品安全、リスクコミュニケーション。

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