消費者契約法は変わるのか 「知ることができた事情」か「知るべき事情」かを巡り議論
「消費者を守るために、事業者はどこまで踏み込むべきなのか」
8日、消費者庁で開かれた第4回「現代社会における消費者取引の在り方を踏まえた消費者契約法検討会」では、消費者の多様な脆弱性への配慮を事業者に求める新たな規律について議論が行われた。
会合では、住宅ローン契約後に太陽光発電設備や蓄電池などを次々契約し生活が破綻した事例も紹介され、委員からは「形式的に適法でも深刻な被害は起きている」との指摘が相次いだ。事業者側の委員からは、「事業者は何をどこまで把握すればよいのか」、「扶養家族の事情まで確認するのか」といった懸念が示され、白熱する議論において制度設計の難しさが浮き彫りとなった。
「誰もが脆弱性を持つ消費者」という発想
今回の議論の前提となっているのは、消費者委員会「消費者法制度のパラダイムシフトに関する専門調査会報告書」の考え方である。
同報告書は、従来の消費者法が前提としてきた情報格差や交渉力格差だけではなく、「誰もが多様な脆弱性を持つ消費者である」という認識を制度の基礎に据えるべきだとしている。消費者契約法を抜本的に見直すという思想が根底にある。
高齢者や障害者に限らず、孤立、不安、生活環境、人間関係などによって、誰もが判断力を弱められる可能性があるという考え方だ。
論点整理では、こうした認識を踏まえ、消費者契約法に事業者の行動原則としての「配慮規定(プリンシプル)」を設ける方向性が示された。
配慮規定は、事業者に対して消費者が契約締結について適切な判断をすることを困難にしないことや、契約締結によって本人や配偶者、扶養親族の生活が著しく悪化しないよう配慮することなどを求める内容を想定している。
ただし、直ちに取消権や行政処分につながるものではなく、消費者契約一般を対象とする包括的な行動規範として位置付けられている。
脆弱性配慮規定巡り委員間で火花
会合では、こうした方向性について一定の理解が示された反面、具体的な制度設計を巡って委員間の見解の違いも明らかになった。
特に議論が集中したのは、「事業者はどこまで消費者の事情を把握すべきか」という点である。 論点整理では、事業者に対し、消費者本人だけでなく配偶者や扶養親族の生活状況にも配慮する考え方が示されている。しかし委員からは、「扶養親族まで考慮対象とした場合、事業者は何をどこまで確認すればよいのか」、「家族の生活状況まで把握することは現実的なのか」といった疑問が示された。
「知ることができた事情」をどこまで求めるか
また、消費者保護を理由に過度な個人情報収集が正当化されることへの懸念も表明された。そのような中、現場に近い委員からは、現行制度では救済が難しい事例が少なくないとの指摘もあった。
住宅ローン契約後に太陽光発電設備やエコキュート、蓄電池などを相次いで契約し、多額の負債を抱えた事例が紹介された。個々の契約だけを見れば違法とは言い切れない。しかし結果として生活基盤が大きく損なわれているケースが存在するとの報告があった。
委員からは、「形式的な適法性だけでは十分ではない」、「契約が消費者や家族の生活に与える影響も考慮すべきだ」といった意見が出た。
こうした議論の中で焦点となったのが、「知ることができた事情」という考え方である。
事務局が示した方向性では、事業者に対し、契約締結時に知ることができた事情を踏まえた配慮を求めることが想定されている。
しかし、この文言を巡っても委員の見解は割れた。
実際に把握していた事情だけを対象とするのか、それとも通常の業務の中で容易に把握できた事情まで含めるのか。形式的な確認だけで責任を免れることを防ぐべきだとの意見がある一方、事業者に過大な負担を課すべきではないとの声も上がった。
議論は、「知ることができた事情」と「知るべき事情」の境界線をどこに引くのかという、制度設計の核心部分へと踏み込んだ。
「確認画面を増やしても被害はなくならない」
こうした議論の中では、規制強化の在り方そのものを問い直す意見も出た。
事業者側委員の1人は、デジタル取引や特定商取引法を巡る別の検討会において、最終確認画面の設置や追加的な情報提供の義務化が議論されていることに触れ、「最終確認画面を入れても、継続購入などで悪質事業者に引っかかる人は後を絶たない」と指摘した。
その上で、「さらに情報提供を増やす議論になっているが、事業者側からすると非常にむなしい」と述べ、多くの事業者はすでに説明や確認措置を講じているが、そうした取り組みを行わない事業者による被害のために、真面目な事業者の負担だけが増しているとの認識を示した。
委員は、禁止行為を積み上げるだけでは問題は解決しないとして、事業者の自主的な創意工夫を促す仕組みの重要性を訴えた。
また、別の委員からは、今回の制度見直しが単なる悪質事業者対策ではなく、市場全体の健全化を目指すものであるとの指摘もあった。
論点整理では、消費者が安心して取引できる環境を実現するため、事業者だけでなく、取引基盤提供者(デジタルプラットフォーム事業者等)や地域の見守りネットワークなど、多様な主体が役割を果たす「共創協働」の考え方も示されている。
事業者による脆弱性への配慮を促す新たな規律について、優良事業者と悪質事業者をどのように位置付けるかという視点も示された。
ある委員は、消費者市場には優良事業者による好循環と、悪質事業者による悪循環の双方が存在すると指摘。消費者保護を実現するためには、優良事業者が適切に評価される市場環境を整備するとともに、悪質事業者を排除していく必要があると述べた。
また、事業者が「知ることができた事情」だけでなく、「知るべき事情」も考慮すべきかを巡る議論では、その趣旨について「優良事業者に新たな負担を課すためではなく、規範意識が十分でない中間層の事業者を健全な事業者へと引き上げることにある」と説明した。
業界団体による自主ルールやガイドラインなどを通じて事業者の規範意識を高める一方、悪質事業者については厳しく対処すべきとの考え方である。
官民協議会は機能するのか
配慮規定を具体化する手法として、事務局が想定する官民協議会やガイドラインの活用については、慎重な意見も出された。
委員からは、業種や取引形態によって求められる配慮の内容は大きく異なるとして、「官民協議会で具体化する」との方向性だけでは運用の姿が見えにくいとの指摘があった。また、法律に明記されない事項が協議会やガイドラインを通じて事実上の規律となることへの懸念も示され、制度の具体化を誰が担うのかについても課題とされた。
事務局は、配慮規定を具体化するため、事業者団体や消費者団体なども参加する官民協議会やガイドラインの活用を視野に入れている。契約自由の原則を維持しながら、脆弱性を抱えた消費者をどう守るのか。事業者にどこまで配慮を求めるのか、今回の検討会で結論は出なかった。
しかし、「誰もが脆弱性を持ち得る」という認識の下で、市場の在り方そのものを問い直そうとする議論が始まったことは確かだ。今後の制度設計の行方が注目される。
【田代 宏】
配布資料はこちら(消費者庁HPより)
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