山笠太郎の健康管理とほほ日記 ~不摂生な私が25年もスポーツクラブに通える理由~(38)
太郎ちゃん、初心を取り戻す
さて、小生が長年通っているスポーツクラブも健康食品と同様、大きなくくりでは健康産業の一翼を担っている。
そんなスポーツクラブではあるが、果たして「安心安全」が担保されているか? ホスピタリティはど~なのか?の観点から見ると、定量的と言うよりも定性的な要素が高い感じがして、小生からすると「実態はかなり微妙」と言わざるを得ないのが正直な所である。むしろコロナ後においては人手不足?やマネージメント層の怠慢による運営面での劣化が急速に進み始めていると感じている。
そんな訳で、今回から数回にわたり、「スポーツクラブあるある光景」、「オモシロ会員さん列伝」、「今どきの店長・スタッフ群像…何だかなぁ~」、「パーソナルトレーナーうっちーの今日もモテモテ日記」等々──スポーツクラブ界隈を必殺!太郎ちゃん節で切り込んでみたい(笑)。
その前に、ここ数年における小生のスポーツクラブ利用の背景を紹介したいと思う。
クラブ(スポーツのほうです)通いの背景に何が
丁度コロナ禍の前年、単身赴任中だった小生に大きな人生の転機が訪れた。80代半ばの母親が脳出血で突然倒れたのと時を同じくして小生の持病である不整脈が再発したのだ。そんなこんなのダブルパンチもあり(汗)コロナ禍真っ只中の61歳の時、小生はフルリタイアしたのだった。長男として、母親の介護と自らの治療を優先する事としたのだ。
幸い母親は、足腰の衰えは顕著になったものの、数か月の療養を経て大きな後遺症もなく毎日元気にデイサービスへと通う日々がルーティンとなっていた。
一方、小生はというと、頻脈の発作に怯えつつ(苦笑)コロナ禍の最中、3度目のカテーテルアブレーションを実施し、経過観察を続けていた。ご参考までに…実は小生、延べ3度のカテーテルアブレーション、さらに緊急措置として電気ショックによる頻脈治療も3度程受けたことがある(汗)。
さて、会社を辞めると決めたコロナ禍の中での1年は、持病の不整脈以外にも長年の勤続疲労の影響か、顔面の帯状疱疹、左肩の胸郭出口症候群(注:プロ野球のピッチャーが血行障害と称し引退を余儀なくされる原因の症状だそうです)、右足大腿部と左足ハムストリングスのダブルパンチ的な肉離れに見舞われ、歩く事もままならぬ状態となってしまった(汗)。
そんな中で、小生の痛々しい惨状を見かねたパーソナルトレーナーの沖山クンが、多くのトップアスリートを顧客に持つコンディショニングトレーナー「ほっしゃん」こと星山クンを紹介してくれた。その日から今日まで毎週、星山クンから受けているボディメンテナンス2回、沖山クンのパーソナルトレーニング1回の週1回のボディケアは、小生にとって欠かせないルーティン&モーメントとなっている。
当時の星山クンいわく、「山笠さん、外見からして、とても還暦を過ぎたとは思えない若々しい雰囲気ですし、お話しも面白くってめちゃくちゃ元気そうにみえますけど、こうしてカラダ触ってみますと本当に満身創痍ですよね…」
そんなふうに呆れられたものだった(苦笑)。
不整脈、それは突然始まった……
実は本格的な不整脈との付き合いは50代に入って間もない頃まで遡る。突然心臓がバクバクし始め、主治医の先生の紹介状を片手に軽い気持ちで自ら車を運転し某大学病院に向かった。先ずは心電図を、となり、検査をし始めると突然、看護師さん達がバタバタと慌ただしく動き始めた。
「山笠さん、集中治療室でもう一度検査しますので…」
「そんじゃぁ…」と小生ベッドから起き上がり集中治療室へ歩いて向かおうとすると
「山笠さんダメですよ…。〇〇さん(別の看護師さんの名前)、早く山笠さんの車椅子用意して…」と突然大ごとになった。
その看護師さんに言わせると、そのときの小生の状態は、呑気に自ら車を運転して病院へ来るという事自体があり得ないらしく、一般的には気絶してもおかしくない程の頻脈の症状だったそうだ。
そうしてその日から不整脈との長いお付き合いが始まったのだが、お陰様で66歳の現在は何とか克服できている。
当時、発作が(頻脈)始まると、脈拍計が計測不能状態まで脈拍が早まる程の状態であり、まぁ自分で言うのもなんだが良く乗り切ったものだ(笑)。
特にビビったのは、就寝時の心拍数が160~180になった時だ(汗)
「オレ明日の朝生きてっかな?……天国?……それとも地獄行き一直線?」などと絶望の境地に陥るのだが、不思議とそのまま爆睡(苦笑)してしまう太郎ちゃん(笑)そんな夜を幾度も経験したのである。
結局、一番面白いのは「人」なのです
お~っと、この辺のお話しは、大学病院のチャラいドクター&研修医の実態や、一見勇ましそうだがいざという時はビビりな女医さん等々、大学病院のビックリな裏側も併せていずれタップリ記したいと思う。お楽しみに……。
さて次回は、いよいよ本題に移る! 小生とは10年以上の長きに渡る付き合いであり、「おいっ、お前のカノジョ遍歴はほぼほぼ把握してんぞ(笑)」なパーソナルトレーナー沖山クンのボヤキ節を通して、昨今の総合スポーツクラブの現状を記してみたい。
(つづく)
<プロフィール>山笠太郎(やまがさ・たろう)
三無主義全盛の中、怠惰な学生生活を5年間過ごした後、運良く大手食品メーカーに潜り込む。健康食品事業部に配属され、バブル期を挟み10年。その間に健康食品業界で培った山笠ワールドと言われる独自の世界観を確立。その後社内では様々な部門を渡り歩き47都道府県全ての地に足を踏み入れる事となる。
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