山笠太郎の健康管理とほほ日記 ~不摂生な私が25年もスポーツクラブに通える理由~(36)
ゴルフ大好き山田豪太郎クン、その背景に「鍋島部長」
いつものようにノリノリでゴルフを楽しんでいる山田豪太郎クンの姿をポカーンと眺めていた小生…「ハテ、何故山田豪太郎クンがことほど左様に三度のメシよりゴルフが好きになったのだろうか?」と思わず記憶を巡らした…。
それは小生が山田豪太郎クンと出会って数年後の、昭和から平成へと時代が移り変わろうかと言う頃であった。
さて、その当時の健康食品業界は、というと、ビタミンEやらCやらのサプリメント、さらには百貨店を中心とした贈答ギフト需要も取込み爆発的に売れたべに花油や芸能人が華々しく広告塔として登場したダイエットブーム等々──それまではどちらかというと日陰者扱いだった「いわゆる健康食品」の類が表舞台に登場するようになり、市民権を得はじめてきた頃でもあった。
しかし一方で、残念ながら当時の大手食品メーカーでの健康食品部門は、相変わらず日陰者の集まりのセクションであった…(汗)
その当時から健康食品業界に参入していた大手食品メーカーの健康食品事業部門は、その後も平成から令和の長きに渡り赤字に苦しむ事となった。「行くも地獄、戻るも地獄」な惨憺たる状況の大手食品メーカー健康食品事業部も散見されたのだった…(涙)
他方で、当時の健康食品専門メーカーや卸のツワモノ達は、ガッツリ儲け始めていた時期でもあった。新社屋を建てたり愛人作ったり車がベンツになったりと…何かと勢いが良かった(笑)
思えば、何となく確立されていたその当時の「信頼?」の原動力となったのは、今振り返ってみると、中高年に信頼度の高い百貨店やテレビの情報番組であったのかもしれない。
実は、百貨店内部における部門間の力関係において食品部門は、やや日陰者扱いであり(苦笑)特に、老舗と言われる百貨店でその傾向は顕著であった。そんな中、百貨店側から見て当時の健康食品は、食品カテゴリとしてみれば高額でキッチリ売上が見込め、「今が稼ぎ時」であった。とりわけ、「健康食品フェア」は、催事売場でのドル箱企画のひとつであったのだ。
当然のことながら、社員が数人程度の零細健康食品メーカーは手が回らなくなり、新卒や、今で言う第二新卒的に、大学卒や専門学校卒の新入社員を慌てて採用し始めていた。
結果、健康食品業界の営業の面々は毎週のように有名百貨店の陳列と撤収に追われ、皆顔なじみとなっていた。特に若手独身営業マン達は自然と同期的雰囲気が醸成された。
そんな若手営業マンの兄貴分的存在だったのが、健康食品専門卸フクヤマ商事鍋島部長であった。小生より10歳程度年上だったと記憶しているが、小生的には、当時世間を騒がせていた「グリコ森永事件」のキツネ目の男の似顔絵とそっくりに感じ、初対面でのインパクトが強烈だった。
フクヤマ商事の怪人、諸事情あって終わったコンペの思い出
この鍋島部長、常にせわしなく動き回り、絵に描いたような「飲む・打つ・買う」の三拍子が揃った典型的な遊び人でもあった。
「今度韓国遊びに行こうよ、そんでさピストル撃ちに行かね?」とか訳の分からない事言っては業界の若手営業マン達を困らせていた(苦笑)さらに高校野球だの大相撲だの何でも賭けの対象にして我々を巻き込み楽しんでいた。
そんなある日、鍋島部長から「オフィシャルなゴルフコンペじゃねえけどさ、業界関係者が多く参加するから人脈つくりも兼ねて参加しない?」と業界若手営業マンや仲の良いゴルフ好きな健康食品メーカーのお偉いさん達にこそっと(笑)声を掛けまくっていた。
よくよく聞くと、つい半年ほど前までフクヤマ商事に在籍し、鍋島部長の下で営業係長として頑張っていた安田さんから持ち込まれたゴルフコンペらしかった。
どうやら安田さんの学生時代の友人である玉田さんが火災保険の代理店をやっており、玉田さんがゴルフ好きな顧客と細々と開催していたゴルフコンペに、安田さんを通じて鍋島部長が参加した事から、口八丁手八丁な鍋島部長が「健康食品業界は零細企業や創業間もない会社が多いから保険の新規法人契約ができるかもしれねぇぞ…」とかなんとか調子イイ事言って仕掛けた結果、このような展開に発展していったようであった。
結局20組程度のそこそこの規模のゴルフコンペとなり、気が付けば玉田さんの火災保険代理店のゴルフコンペなのか、鍋島部長を囲むゴルフコンペなのか、よくわからない感じになっちゃったのであった(笑)
この「なんちゃって鍋島部長プロデュースのゴルフコンペ」は、数年後鍋島部長が女性問題でずっこけてフクヤマ商事を去るまで続く事となったのである。
ちなみに鍋島部長から誘われて参加した健康食品業界の若手営業マン連中は、小生や山田豪太郎クンも含めほぼほぼ全員初心者に毛の生えたレベルであったので、その影響からか参加者の5割以上が100オーバーという大荒れの(汗)ゴルフコンペでもあった(苦笑)
さて、ゴルフコンペには山田豪太郎クンからのお願いで、小生の家に山田豪太郎クンが前泊し、小生の車で一緒にゴルフコンペへ参加する事となった。
(つづく)
長期連載「山笠太郎」シリーズの過去回はこちら
<プロフィール>山笠太郎(やまがさ・たろう)
三無主義全盛の中、怠惰な学生生活を5年間過ごした後、運良く大手食品メーカーに潜り込む。健康食品事業部に配属され、バブル期を挟み10年。その間に健康食品業界で培った山笠ワールドと言われる独自の世界観を確立。その後社内では様々な部門を渡り歩き47都道府県全ての地に足を踏み入れる事となる。

