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宇和島の「麦みそ」は「みそ」か?(後) 行政も混乱、麦みその名称問題を検証する

元食品表示Gメン 中村 啓一 氏

大豆を使用しないと優良誤認になるか


 県は、当初は大豆を使用しない「麦みそ」を優良誤認として景品表示法に違反するとして事業者を指導したが、撤回している。報道によると、県は撤回した理由を事業者が所在する宇和島市では大豆を使わない麦みそが広く消費者に認知されており、実態より著しく優れた商品と誤認する可能性が低いと説明している。

 景品表示法は、事業者又は事業者団体が、表示に関する事項について、内閣総理大臣及び公正取引委員会の認定を受けて、不当な顧客の誘引を防止し、一般消費者による自主的かつ合理的な選択及び事業者間の公正な競争を確保するための規約を設定することができる(同法第31条)としており、みそも「みその表示に関する公正競争規約」が設けられている。
 みその表示について、食品表示法で定める食品表示基準が容器・包装への表示を対象としているのに対し、景品表示法の公正競争規約は包装等への表示のほか、ポスター、チラシ、新聞やテレビの広告、さらには販売者の口頭による宣伝等、消費者に情報を提供するほぼ全ての伝達手段が表示と定義している。
 この公正競争規約で定められているみその定義は、食品表示基準で定めるみその定義と同じであり、麦みそも大豆を原料としたものとしている。さらに、定義に合致しない内容の商品について、定義に合致するものであるかのように誤認される恐れがある表示を不当表示として禁止している(同規約第7条)。規約に従えば、大豆を使用しない麦みそは、消費への表示のみならず広告宣伝等、全てに「麦みそ」の名称を使用できないことになる。
 公正競争規約は、業界の自主的なものであり規約への参加も事業者の任意となっているが、規約は国の認定を受けたものであり、これまでも優良誤認など規約の内容が行政の判断基準とされてきたことからすれば、愛媛県が優良誤認に当たると指摘したことは理解できる。

 しかし、撤回した理由には疑問が残る。報道によると、県は事業者の地元である宇和島市では大豆を使用しない「麦みそ」が消費者に認知されているとしているが、この理由では、宇和島の事業者が当該商品を東京で販売したら優良誤認に当たることになりはしまいか? 撤回せざるを得なかったのは、行政の厳密な法の解釈が、優良誤認に対する消費者の認識とずれがあったからだといわざるを得ない。

JAS規格でも「麦みそ」はNO!
 
 本年3月、農林水産省は「みその日本農林規格(JAS規格)」を制定した。醤油などには制定されていたJAS規格が、同じ伝統食品である「みそ」についてはこれまで存在しなかった。
 なぜ「みそ」には規格が設けられなかったのか。JAS規格は、生産の方法や製品の成分について規格が設けられるが、みそは全国各地で地域に伝承される「みそ」があることから、標準的な成分規格を定めるのは困難としており、地域の多様性を認めてきたことによるとされている。
 では、なぜ今になって「みそ」のJAS規格を制定したのか。背景として、和食ブームなどから海外における「みそ」の需要の高まりがあり、日本からの輸出とともに海外でみそを模倣した商品やみそと混同する商品が「みそ」として販売される実態があり、業界団体からJAS規格制定の要望があったとしている。新たに設けられた規格は、用語と定義のみで成分規格は定めていない。規格の定義は、食品表示基準で定める「みそ」の定義と同じであり、JAS規格も大豆を使用しない「麦みそ」は認めていない。

消費者に分かりやすい制度構築を

 2015年4月に食品表示法が施行されて以降、栄養成分表示の義務化、原料原産地表示の義務化、遺伝子組み換え表示の厳格化等、加工食品の表示ルールは五月雨式に見直しが行われており、その都度、表示の内容は詳細かつ複雑なものになっている。
 食品表示法は、「自主的かつ合理的な食品の選択機会の確保」という食品表示の役割と、「消費者利益の増進」とともに「食品の生産流通の円滑化」「消費者の需要に即した食品の生産の振興」に寄与することを目的としている。
 食品の表示は、消費者にとって重要な情報であるとともに、事業者にとっても重要な情報伝達手段だ。食を取り巻く環境が変化する中、その時々の県や自治体による運用や解釈ではなく、時代に対応した柔軟な食品表示制度の見直しが求められる。みその名称問題は、食品表示制度の在り方に様々な課題を提供したといえる。

<中村啓一氏プロフィール>
1968年農林水産省 入省(主に、食品産業・食品流通関係行政を担当)
2001年   近畿農政局 企画調整部 消費生活課長
2003年4月 総合食料局 消費生活課 企画官
2005年4月 消費・安全局 表示・規格課 食品表示・規格監視室長
2009年1月 総合食料局 食糧部 消費流通課長
2011年 8月 農林水産省 退官
近畿農政局時代にBSE、牛肉偽装問題を担当、以来10年にわたり食品表示の監視業務に携わり、さまざまな食品偽装を摘発。2008年の事故米不正流通ではチーム長として、事故米の流通ルートの解明を担当した。公務員として、東日本大震災被災者への食料支援が最後の業務となった。
退官後は、「元食品表示Gメン」として食品表示に関わるさまざまな情報を発信、メディアにも出演している。
<著 書>
『食品偽装・起こさないためのケーススタディ』共著(ぎょうせい)2008年
『食品偽装との闘い』(文芸社)2012年

関連記事:宇和島の「麦みそ」は「みそ」か?(前)
    :宇和島の「麦みそ」は「みそ」か?(中)

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