フレイル対策に機能性食品を活用する 早稲田大・矢澤氏に聞く「足元に多くの対応素材」
フレイル対策の切り札は機能性食品の有効活用である──早稲田大学ナノ・ライフ創新研究機構の矢澤一良氏(規範科学総合研究所ヘルスフード科学部門長)はそう説く。健康寿命延伸のために、高齢者にとどまらない「オール世代」でのフレイル対策を進める必要を主張してもいる。そのように説き、主張する根拠は何か。フレイル対策は、「食と栄養による予防医学」を実践する場になるとも語る矢澤氏に話を聞いた。
──機能性食品の有効活用がフレイル対策の切り札になると考えている理由は。
矢澤 その前に、ロコモティブシンドロームについて考えてみましょうか。今のところ行政が具体的な対応策を定めていないこともあって、メタボリックシンドロームに比べて国民の認知度が低いという違いがありますが、どちらも「状態」を表わす概念です。その中で、メタボという状態の進行を抑制する機能性食品は、ご承知のとおり、トクホ(特定保健用食品)から機能性表示食品まで沢山ある。
では、ロコモの場合はどうでしょうか。機能性表示を行える、行えないは別にして、やはり沢山ある。医療的に説明すれば、メタボは内科の領域であるのに対し、ロコモは外科や整形外科です。つまり骨・関節・筋肉。そうした部位や器官をターゲットにして研究開発された機能性食品素材はすでに沢山あって、市場にも出ている。
高齢者のフレイルは、ロコモから発展していく場合が非常に多いのです。ですから、ロコモを対策する、つまり骨・関節・筋肉の機能や量などの低下を対策する機能性食品素材のほとんど全てが、身体的なフレイルの対策の活用できる。フレイル対策素材を新たに探し出す必要は特にありません。視点を変えれば、フレイル対策素材は現時点でしっかり存在するのです。この一覧をご覧ください(=図1参照)。骨・関節・筋肉に対応する素材の一部を示しているに過ぎませんが、それでもこれだけ存在します。機能性表示食品の関与成分として届け出されているものも少なくありません。
──確かにそうです。ただ、フレイルの概念は幅広くて、どこか捉えどころがありません。ロコモ対応素材は、フレイル予防に必要とされる運動や活動をサポートすることができそうですが、それだけで十分でしょうか。
矢澤 これを(=図2参照)をご覧ください。フレイルは日本語で「虚弱」と訳されるとおり、起点となるのは低栄養です。それによって筋肉が減少し、筋力が低下していく。サルコペニアです。フレイルやロコモに共通するのがサルコペニアで、低栄養だけでなく、加齢によって自然と生じる老化現象ですが、いずれにせよ、筋肉の減少によって基礎代謝が低下します。そのため、エネルギー消費量も下がる。それによって食欲などの意欲も低下する。このように、慢性的な低栄養状態へと至る連鎖によって生じるのがフレイルです。
この連鎖の中には、脳機能の低下も含まれます。「筋肉─脳相関」という新たな概念が最近になって出てきたことはご存知ですか。筋肉が減少するサルコペニアを予防することは、認知症などの予防にもなる可能性のあることが分かってきたのです。筋肉細胞から分泌される「マイオカイン」と呼ばれるサイトカインが数種類あるのですが、その一部が脳機能や神経系に対しても影響を及ぼしていることが明らかになってきたからです。
筋肉が減少すると、マイオカインの分泌が減り、脳機能やメンタルなどが低下していく。それによって疲労感やストレスなどが高まり、社会的な活動の頻度が減少する社会的なフレイルに至る。すると身体的な活動量やエネルギー消費、そして食欲などが低下して、栄養状態も低下していく、という負のスパイラルがやはり繰り返される。最近注目されているオーラルフレイル(口腔フレイル)も、低栄養状態に拍車をかけるものです。フレイルを予防するためには、こうした負の連鎖を、どこかで断ち切る必要があります。
──低栄養とは、カロリー摂取量少なすぎる状態のみを指しているわけではない。
矢澤 そうです。低カロリーだけでなく高カロリーも低栄養。つまり適切な栄養状態を確保できていない状態が低栄養です。フレイルと言えば、高齢者に限定される状態と考えている人が多いと思いますが、フレイルをより広く理解するのであれば、子供の栄養バランス不良や偏食、過剰な痩せ志向の女性が抱える健康リスク、中高年のメタボリックシンドロームなどもフレイルを引き起こす大きな原因になる。ですから私は、以前から、「オール世代でのフレイル対策」が必要だと叫んでいるのです。
──高齢者になる前に負の連鎖を断ち切っておく必要があると。
矢澤 そういうことです。フレイルの負のスパイラルを断ち切るには、栄養バランスの取れた食習慣、日常的な運動や社会活動などの運動習慣、疲労を軽減したり、質の高い睡眠をとったりといった休養習慣を、早い段階から日々の生活習慣に取り入れることが重要です。その上で機能性食品の有効活用がフレイル対策の切り札になると私は考えています。
──どうしてですか。
矢澤 フレイルの部位別・メカニズム別にアプローチ出来るからです。ロコモなどの身体的なフレイルについては、先ほどお話したとおり、骨・関節・筋肉に対応する機能性食品を活用できる。タンパク質を効率的に補給できるプロテインもある。オーラルフレイルに対しても、すでに素材がいくつか開発されていて、機能性表示食品にもなっている。社会的なフレイルも同様で、脳機能をはじめ身体的・精神的な疲労感のほか、睡眠やストレスなどのメンタルに対応する素材が揃っている。機能性表示食品も多く販売されている。特に、疲労感の軽減につながる抗酸化作用を持つ素材は、ポリフェノールやカロテノイドなどのファイトケミカルを中心に多い。エネルギー産生を高める素材も開発されています。
──そうすると、やや極論かもしれませんが、あらゆる機能性食品がフレイル対策に役立つ、ということにもなりますね。
矢澤 そう、私が訴えたいのはまさにそこです。これまでに企業が取り組んできたことを網羅的に生かせるということ。ただ、そのように豊富に存在するフレイル対策に役立つ機能性食品を国民に有効活用してもらうためには、その有効性や科学的根拠などに関する情報に対する信頼を得る必要があります。管理栄養士など専門知識を持つ人材による情報提供も必要でしょう。現状の機能性食品は、そこが全然足りていない。
それに、1人ひとりの体質や状態に合ったものを選択してもらう必要もあります。個別化医療という概念がありますが、それを食と栄養による予防医学に取り込むべきです。それこそがセルフケア・セルフメディケーションの概念ですよ。理想はパーソナライドサプリメント。コストが高すぎて今は難しいですが、誰もが手軽に、自身の遺伝子多型を網羅的に解析できるような時代が来れば、必ず実現すると思っています。
──ありがとうございました。
【聞き手・文:石川太郎】
矢澤一良氏プロフィール:1972年京都大学卒業、73年(株)ヤクルト本社・中央研究所入社、86年(財)相模中央化学研究所入所(主席研究員)、89年東京大学より農学博士号を授与、2002年東京水産大学大学院(客員教授)、14年早稲田大学(研究院教授)、19年より同大ナノ・ライフ創新研究機構 規範科学総合研究所ヘルスフード科学部門長。「食と栄養による予防医学」の実践をライフワークとする。
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