「いわゆる健食の世界から脱却必要」 【機能性表示食品特集】消費者庁・田中室長に聞く(前)
機能性表示食品市場のさらなる発展や成長を目指すのであれば、避けるべき事項が幾つかある。その筆頭は、事後規制を受けることだろう。市場全体にマイナスの影響を及ぼす可能性があるからだ。それを避けるために事業者が行うべきこと(行うべきでないこと)は、2020年4月に運用が始まった通称「事後チェック指針」におおよそのところ示されている。
同指針を運用する消費者庁表示対策課の田中誠・ヘルスケア表示指導室長に、機能性表示食品の事後規制の実態や考え方などを聞いた。会員向け月刊誌『Wellness Monthly Report』第49号(2022年7月号)に掲載したインタビュー記事の全文を前後編の2回に分けて公開する。
認知機能めぐる一斉指導の背景 目立った届出範囲からの逸脱
──認知機能にかかわる機能性をうたう機能性表示食品を販売する115事業者(131商品)に対して改善指導(行政指導)を行った問題について伺います。事後チェック指針を明確に発動したかたちですが、一斉調査・監視のきっかけは。
田中 事後チェック指針に基づく監視は、今回が初めてというわけではありません。運用開始以来、継続的に監視しています。個別に公表しているわけではないので知られていないのかもしれませんが、広告などの表示に関し、これまでに行った事後チェック指針に基づく指導件数は決して少なくない。その意味で、今回の件は、我われとして何か新しいことを始めたというわけでは全くありません。
ではなぜ今回、認知機能に関して集中的な監視と一斉指導を行ったかといえば、認知症や物忘れの予防や治療の領域にまで踏み込んだ広告が散見されたからです。届け出された機能性の範囲を逸脱した広告もやたらと目立った。
そもそも認知機能に関する機能性表示食品は届出表示が複雑で、認知症や物忘れが改善できるものと、一般消費者に誤認されやすい。複雑というのは、一口に認知機能といっても範囲が非常に幅広いわけですが、届出表示においては記憶力に限定されていたり、その記憶力は空間などに限定されていたり、その上で対象者も限定されていたりなど「限定」が入り組んでいるという意味です。だから誤認が生じやすい。そうした観点から、我われとしてパッシブに、積極的に、認知機能に関連する機能性表示食品の広告の全てについて、事後チェック指針に基づき、景品表示法と健康増進法の観点からチェックする集中監視のステージに移行したということです。
──今回に限って公表した理由は?
田中 一般消費者に注意喚起するためです。認知症や物忘れの改善や予防を強調した誇大な広告によって、適切な診療などの機会を逸するようなことがあってはなりません。そもそも、そうした効果を表示できる根拠があるサプリメントや特定の食品は今のところ存在しない。そうしたことを一般消費者にしっかり伝えるために公表しました。
──今回の問題の背景には、医師団体からの問題提起があったという噂もありますね。
田中 景品表示法と健康増進法は消費者庁が所管する法律です。また、調査の端緒は我われが自ら発見する場合だったり、外部から通報される場合だったりとさまざま。調査の端緒については原則、明らかにしていません。
──行政指導を行った115事業者131商品の広告などの表示は何が問題だったのでしょうか。改めて聞かせて下さい。
田中 事後チェック指針は、エビデンス(科学的根拠)と広告などの表示の大きく2つのパートに分かれています。広告パートの運用にはいくつかポイントがあるのですが、端的に言えば、届出の範囲から逸脱した内容になっていないかどうか。その逸脱が、医薬的効能効果に限りなく近づく、あるいは暗示させたりするような表示になっていると完全にアウトと言えるわけですが、今回、そうした表示が3社3商品で行われていたため、主に景品表示法の観点から改善指導を行いました。この3商品の広告で行われていた逸脱は3月31日付の報道発表資料にも示してありますが、なぜ我われがこれを重く見たかは、業界関係者であればご理解いただけると思います。アミロイドβを減らすかのように誤認されるおそれがある表示もあって、医薬品の世界でも存在しない表示が行われていた。付け加えれば、物忘れは健忘症という疾病の一種で、医薬品も存在する。従って、認知改善はもとより、物忘れの改善は、機能性表示食品では認められない表示の範囲です。
事後チェック指針の運用 エビデンスも見ている
──もう1つのパートであるエビデンス関する事後チェック指針の運用状況についても聞かせて下さい。
田中 事後チェック指針の運用がスタートした20年4月以降、新規に届け出された機能性関与成分のエビデンスに関してチェックしています。エビデンスが不十分となれば、当然、撤回する必要も生じるわけですから、できるだけ販売開始前にチェックするようにしています。ここにきて急激に届件数が増えていますが、販売が開始される前にチェックする流れは崩さないよう努力しています。
一方、20年4月以前に届出されたものに関しては、我われのリソースの課題もあって、疑義が生じたものから優先的にチェックするようにしています。詳細は明かせませんが、実際、疑義が寄せられることはあります。
──認知機能に話題を戻します。率直に言って、3社3商品で行われていた表示は、措置命令や、健康増進法に基づく勧告などの行政処分に至らなかったのが不思議な気もします。
田中 それもあり得ただろうと思います。しかし、行政処分に至るかどうかは総合的に判断される。悪質性や社会的な影響度合いなど、さまざまなファクターから全体を総合的に見て判断するものです。今回の件でいえば、3社3商品は主に景品表示法に基づく調査の対象となり、その結果、優良誤認性があると判断され、行政処分ではなく指導が行われた。その他の112社128商品については健康増進法の観点から、どちらかといえば形式的な誇大表示違反が判断され、指導されたということです。
──では、112社128商品の表示については何が問題だったのでしょうか。
田中 一言で言えば、届出された機能性の範囲からの逸脱。その中でも圧倒的に多かったのは、機能性表示食品を摂取しても解消に至らない健康上の悩みや不安を列挙した表示。「こんなお悩みはありませんか?」として消費者を誘導し、「最近、人の名前が思い出せない」などと表示するものが目立った。人の名前を思いだせないという状態は、原則、長期記憶にかかわる問題ですが、認知機能に関する機能性表示食品のエビデンスは、だいたいにおいて短期記憶に関するものです。 それに、そもそも人の名前を思いだせなくて困るといった悩みが機能性表示食品の摂取によって解消されることはないはずです。
事業者からすれば、認知機能にかかわる悩みを単に例示しただけ、とおっしゃりたいのでしょうが、それはエクスキューズに決してなりません。広告全体のつくりを踏まえれば、その機能性表示食品を摂取することで、そうした悩みが解消されると消費者は受け取る。そうした広告がやたらとありました。
また、対象範囲外の人に訴求する表示も目立った。中高年を対象にしたエビデンスが取られ、摂取対象も中高年に限定されるにもかかわらず、「受験生の考える力を鍛えるため」とか「勉強をがんばる学生を応援」とか、論外な表示が多くみられた。ここまでくると届け出たエビデンスを全く理解しないまま広告していると言わざるを得ません。完全な逸脱です。
他にも、届出表示の一部を切り出して強調する表示。これは主に景品表示法の観点から指導した3社3商品も同様ですが、例えば、届出表示は「中高年の方の認知機能の一部である記憶力(言葉や図形などを覚え、思いだす能力)を維持することが報告されています」と認知機能の中でも範囲が非常に限定されているにもかかわらず、「記憶力を維持」とか「認知機能を維持する」などと言い切ってしまっている。そうした限定を度外視するような強調表示を行う広告も目立ちました。
そのような強調は、認知症や物忘れを改善できるものと消費者に誤認されやすい。それに加え、科学的根拠についてSR(研究レビュー)とRCT(最終製品の臨床試験)の別も示されていないのも問題です。SRとRCTの別をしっかり明示しましょうという考え方は、事後チェック指針にも、健食留意事項(健康食品に関する景品表示法及び健康増進法上の留意事項)にも、業界団体が取りまとめた機能性表示食品の適正広告自主基準にも明確に示されています。そこが多くの広告で出来ていなかった。当然、問題のある広告として指導対象にしました。
──他にも、「『機能性表示食品』に認定」や「認知機能の機能性表示取得食品」などといった表示にも行政指導を行いました。
田中 消費者庁の許可や承認を受けていると誤認されるおそれがあります。言うまでもありませんが、機能性表示食品は、消費者庁からエンドース(承認)を受けるものでは全くない。制度を理解している事業者からこうした表示は出てこないはずです。しかしそうした表示も散見されました。
(後編に続く)
【聞き手・文:石川太郎】 取材日:2022年6月15日
田中誠氏プロフィール:1990年10月厚生省(現厚生労働省)入省。2013年4月より中国四国厚生局食品衛生課長、2015年4月より消費者庁へ出向、18年より表示対策課長補佐、20年7月より現職。21年4月より消費者教育推進課食品ロス削減推進室長併任。
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〇消費者庁食品表示企画課 保健表示室長 蟹江誠 氏
〇健康食品産業協議会 会長 橋本正史 氏