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エビデンスの質、その判断基準(前) 【機能性表示食品特集】唐木英明氏の視線と視点から考える

 本稿のテーマは、機能性表示食品に求められるエビデンス(科学的な根拠)の「質」に関する「基準」である。それを考えるために、ウェルネスニュースグループの学術顧問でもある唐木英明・東京大学名誉教授に話を聞いた。「機能性表示食品『届出論文』評価委員会」の委員長として機能性表示食品のエビデンス(論文)の質評価に取り組むことになる唐木氏はその基準をどう考え、どこに置いているのか。前後編の2回に分けて掲載する。

 表示する機能性の背景には必ず科学的な根拠(エビデンス)がある。それが健康食品を機能性表示食品として消費者庁に届け出るに当たっての前提だ。それが「ある」と言える根拠は、表示する機能性があることを支持する、査読付き学術誌に掲載された論文の存在である。

 だが、そうした論文があるのに、エビデンスに対する疑義の生じることがままある。それは往々にして、その論文の「質」に疑問符が付いたときに起きる。質が「低い」と見なされた時に疑義が生じる。

 一方で、その質の高低を評価する「基準」はどうなっているのだろうか。基準がなければ高いも低いも言えないはずだが、確固たる基準が見当たらない。消費者庁が策定した届出ガイドラインや質疑応答集などに示されているのは、機能性表示食品に求められるエビデンスの「考え方」であり、その質を評価するためのものさしではないだろう。そのように基準の無い中で、エビデンスの質の高低を適切に評価することが果たして可能なのだろうか。

 以前から記者が抱いていたそのような疑問を唐木氏に投げかけてみた。以下、「」で括った行は全て唐木氏のコメントである。

質の前に「目的」が大事 医薬品と同じでいいか

 「良い質問です。しかし、その前にもっと大事な質問がある。それは試験の目的です。そもそも何を目的に、何を測定するために臨床試験を行うのですか、ということ。そこに対する疑問の方がより大事です。目的をはっきりさせないと、質の議論はできません」。

 言われるまでもない。臨床試験を行う目的は、ヒトに対する機能性(有効性)を明らかにするためだ。医薬品も、そのようにして効能・効果が最終的に確かめられている。

 その意味で、臨床試験を行う目的は医薬品も健康食品も同じと言える。機能性表示食品のエビデンスの質が議論になるとき、医薬品のそれと対比されることが多いのもそのためだ。ただ、医薬品と健康食品では使用目的も効能も異なる。にもかかわらず機能性表示食品のエビデンス、ひいては論文の質が医薬品と同じレベルである必要があるのか。この問題が議論になると、業界からはそのように反発する声が必ず上がる。

 薬理学を専門とする唐木氏もそのことへの同意を示す。「医薬品と健康食品はそもそも違うものです」。だが、同意できないこともある。それは、異なるものであるにもかかわらず、医薬品と同じ目的、かつ、同じ手法の臨床試験が健康食品で行われていることだという。

 「医薬品の効能とは、その医薬品が持っている物質としての作用と、それを飲めば効くだろうという心因作用(プラセボ作用)の2つから成り立っています。そして医薬品の効能は、この2つが足し算として成り立つ相加性があることが基本的な考え方です。信頼していない医者から処方された薬に効き目を感じられないことは、医薬品の心因作用の大きさを示していますよね。

 一方で、医薬品の許認可は医薬品という物質に対して行うものであり、だから物質作用だけを許認可の対象にします。心因作用は物質的な裏付けがないので許認可の根拠にならない。そのため、医薬品の効能試験(臨床試験)は、それが効くか、効かないかを見ているわけではないのです。非常にいびつなことをやっているとも言えますが、試験物質が持つ物質作用と心因作用を分離して物質作用だけを見ている。そのために心因作用しかないプラセボを対照にして、試験物質の効果からプラセボの効果を差し引く。こうして物質作用のみを検出できるプラセボ対照試験が、医薬品試験のゴールデンスタンダードとして60年以上にわたり使われ続けているのです。プラセボとは、有効成分が入っていない偽薬です。

 ですが、プラセボ対照試験には不都合な真実もある。試験物質の効果からプラセボの効果を引くと残りがなくなってしまう、すなわち物質作用が検出されないことがあるのです。その典型例が、ひざの痛みに対する鎮痛剤(セレコキシブ)の効能を調べたプラセボ対照試験です。この試験では、鎮痛剤とプラセボとの間に統計的な有意差はなかった。ということは、その鎮痛剤には物質作用がない、ということになる。しかしそんなはずがありません。セレコキシブは、炎症を抑制して鎮痛効果を発揮することが他の多くの研究で証明されているし、心因作用が出現しない実験動物に対して鎮痛効果を示すこともよく知られているからです。同様の例は数多く報告されています。

 このように、物質作用があるにもかかわらず、プラセボとの間で有意な差がなかったのはなぜでしょうか。答えは、物質作用は確かにある一方で作用が小さい場合、あるいは心因作用が大きい場合です。この場合、物質作用と心因作用を加算した相加性が成り立たず、その合計から心因作用を差し引くと残りはゼロになる。だからプラセボとの差が出なくなり、物質作用が過少に評価されてしまう。医薬品の効能を確かめるためのゴールデンスタンダードであるプラセボ対照試験にも限界があるということです。

 物質作用が小さい理由は、健康食品の効果が小さいだけでなく、被験者が健常な成人であることも大きな理由です。頭痛がある人に鎮痛剤を投与すればその効果は明確に分かるけれど、健常人に投与しても効果は出てきません。健康食品の試験は最初からハンディキャップを負わされています。

 そうした現実を前にして、最初の疑問(健康食品の臨床試験は何を測定することを目的に行うのか)に立ち戻ります。医薬品と比べて物質作用が小さく、心因作用が大きいという点は、全てとは言いませんが、多くの健康食品が当てはまります。すると、医薬品と同じように物質作用だけを測定することが原理的にむずかしい。それにもかかわらずプラセボ対照試験を義務化することが正しいのかどうか。

 医薬品は病気の予防、診断、治療のためであり、健康食品は健康の維持のためであり、両者の目的は違います。医薬品は医師の指示で摂取し、保険適用になるけれど、健康食品は自己判断で摂取し、費用は自己負担です。医薬品は許認可のためにプラセボ対照試験で物質作用のみを測定する必要があるけれども、健康食品はプラセボ対照試験で有意差を出すことがむずかしい。考え方を変えて、健康食品については物質作用と心因作用をトータルで測定することで、有効かどうかを判断する。それが臨床試験を行う目的であっても良いのではありませんか」。

(つづく)

【聞き手・文:石川太郎】

唐木英明氏プロフィール

農学博士、獣医師。1964年東京大学農学部獣医学科卒業。テキサス大学ダラス医学研究所研究員を経て、87年に東京大学教授、同大学アイソトープ総合センター長を併任、2003年に名誉教授。日本薬理学会理事、日本学術会議副会長、(公財)食の安全・安心財団理事長などを歴任。現在は食の信頼向上をめざす会代表。専門は薬理学、毒性学、食品安全、リスクコミュニケーション。

関連記事:エビデンスの質、その判断基準(後)

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