【九州のヘルスケア産業2024】 進む業態転換と新陳代謝、単品リピート通販生んだエリアの現在地
東のエリアに医療機器メーカーが多く集積する九州。サプリメント・健康食品、スキンケア化粧品のビジネスも盛んなヘルスケア産業地帯だ。その名が全国に知れわたる企業も少なくない。OEM(相手先ブランドでの製造)を手がけるBtoB(対事業者)企業でも、全国レベルで業界に認知されている場合がある。九州のヘルスケア産業の中で最も活発な、健康食品の通販産業にスポットを当てる。
大資本持つ大手と伍する地元企業
日本のEコマース(EC)を含む通販市場規模は10兆円を大きく上回る。通信販売の業界団体(公社)日本通信販売協会が昨年8月に発表した2022年度(22年4月~23年3月)通販市場売上高調査結果によれば、同年度の市場規模は12兆7,100億円(速報値)。新型コロナ需要が落ち着きを見せる中でも前年比10.9%の成長を記録した。
通販健康食品の市場規模はどうか。22年(1~12月)で6,077億円(前年比2.0%増)と推計するのは市場調査会社のTPCマーケティングリサーチ㈱(昨年5月発表)。アフィリエイトに代表される広告規制、その影響による新規顧客の獲得に苦しむ企業が増えていると市場動向をネガティブに分析するも、引き続き23年も増加すると予測。前年比1.3%増の6,158億円を見込んだ。
「いわゆる健康食品」全体の市場規模には諸説あるが、サプリメントの市場規模は約1兆円超(㈱富士経済調べ。23年10月発表)と推計されている。そのうち約6,000億円超が通販健康食品のシェアなのだとすれば、以前からのことではあるが、健康食品市場全体における通販の占める割合はかなり大きい。
現在の通販健康食品市場には、食品、飲料、医薬品など、各産業の大手企業がひしめいている。医療用医薬品大手も新規参入するのだから、国内の産業の中でも数少ない今後の成長が見込まれる有望産業だ。最大手は、飲料大手サントリー傘下のサントリーウエルネス㈱(東京都港区)。健康食品のみで1,000億円に迫る売上規模があるとみられる。
そのように大きな資本を持つ大手企業らと市場で伍する健康食品通販企業が集積しているのが九州だ。健康食品や化粧品を主要商材にした「単品リピート通販」を生み出した土地であり、かつて、「通販王国」と呼ばれた。
㈱やずや(福岡市南区)、㈱エバーライフ(福岡市中央区)、キューサイ㈱(同)、㈱えがお(熊本県熊本市)──今でも健康食品のみで100億円を超える売上高があり、通販健康食品売上高ランキングで常連の通販企業が九州に集積している。
また、今のところ100億円未満ながら、SNSなどを活用したデジタルマーケティングを強みに存在感を増している通販企業も少なくない。さくらフォレスト㈱(福岡市中央区)がその筆頭に挙げられるだろう。さらに、売上高では及ばないものの、グリーンハウス㈱(福岡市中央区)など、20年の時を超えて健康食品通販事業を継続している企業も目立つ。
そうした通販健康食品企業のメッカが、160万人超の人口を抱える福岡市を中心にした九州エリア。特に製品企画・開発の面で、通販会社等を裏方として支えるBtoB(対事業者)企業が多く活動しているのも特徴だ。
福岡中心に元気良く 売上伸ばす老舗企業
今、福岡市内を歩くと、エリアによっては東京以上の活気を感じる。距離の近い韓国をはじめとする東アジアを中心にした訪日客も目立ち、地元の誰に聞いても「福岡は元気」。それは通販企業も同様のようで、「人(従業員)を増やしているところが多い」と地元企業の関係者は話す。
実際、売り上げを伸ばしている。例えば、福岡市中央区に拠点を置く新日本製薬㈱。九州の通販企業で唯一上場している同社は今期(24年9月期)、連結売上高400億円(前期比6.2%増)を見込む。上半期の決算概況を見ると、売上高は前年同期比7.7%増の196億5,600万円。主力の化粧品で同3.2%増の169億3,200万円を計上した。
一方、化粧品を大幅に上回る伸びを示したのは、売上高100億円を目標に掲げるヘルスケア(健康食品など)だ。同48%増の27億2,300万円を計上し、計画を上回った。『Wの健康青汁』(機能性表示食品)が好調に推移。強化しているECを中心に、新規顧客の獲得と定期顧客が増加した。通期では56億3,200万円(前期比32.1%増)を見込む。
韓国・LG生活健康のグループ会社であるエバーライフも好調だ。健康食品では『皇潤』シリーズが知られる同社の22年12月期売上高はグループ全体で約180億円。高麗人参の健康食品やアイケアの機能性表示食品が寄与し、7期連続の増収を記録した。翌23年12月期も引き続きの増収であったとみられる。
また、22年2月、㈱Q-Partners(㈱アドバンテッジパートナーズ、㈱ユーグレナらが出資する特別目的会社)のグループ会社となり、「ウェルエイジングNo.1企業」の新ビジョンを掲げるようになったキューサイ㈱も、26年度売上高目標300億円の達成(23年12月期254億8,900万円、キューサイグループ連結)に向けて、さまざまな施策を繰り出している。
ひざ関節ケアの機能性表示食品(機能性関与成分:コラーゲンペプチド)を健康食品の主力製品とする同社。フィギュアスケーターの浅田真央さんを起用し、テレビCMなどを通じて打ち出した「大人のひざに、ちゃんとコラーゲンを。」のメッセージが話題だ。40~50代の新規顧客が増えているという。
市場競争激化の中で進む過去からの脱却
一方で、過去を振り返ると、今から20年近く前の2000年代初頭、九州の健康食品通販企業は今よりも大規模な売上を計上していた。
例えば、『熟成やずやの香醋』で知られるやずやは、ピーク時で400億円の売上があった。現在は210億円(22年度)とされる。キューサイも、当時はケール青汁単体で130億円超、全体では約360億円を売り上げていた。
この約20年で、通販健康食品市場の環境がいかに様変わりしたのが分かる。健康志向の高まりも追い風に、九州勢に追いつけ、追い越せと市場競争が激化していった。資本を持つ大手企業の参入も相次いだ。しかしそれにしっかり比例するかたちで健康食品市場全体のパイが膨らんでいったわけではない。シェアの低下は必然であったと言える。
他方で、前述のように、売上高をしっかり伸ばしている企業も存在する。なぜなのか。
インフォマーシャルだけに通販媒体、情報伝達を頼らないデジタルシフトや、販売チャネルを通販に限定しないマルチチャネル化など、スマートフォンやSNSの普及とともに大きく変化した消費者の購買行動に合わせたマーケティングを展開。それによって、通販健康食品市場の創出と、健康食品市場全体の拡大にも大きな役割を果たした過去のビジネスモデルからの脱却を進める。
そのようにして比較的若い世代から新規顧客の掘り起こしを図る。通販王国・九州をけん引してきた地元の通販企業の成長を支えた顧客も年を重ねてきた。だから、シニア層の既存顧客を手厚くもてなしつつ、より若い層から新規顧客の掘り起こしを図っていく必要がある。そうでなければ今後の成長可能性は見込めない──九州の健康食品通販業界では今、そうした業態転換に一定の成功のところ成功している企業が業績を伸ばしているように見える。
地元の業界関係者が話す。「確かにそうかもしれない。一概には言えないけれど、昔ながらの通販会社はどこも厳しくなっている。逆に、インターネットの利用に長けている新興企業が元気」。九州勢がけん引した単体リピート通販健康食品市場の創出、勃興から約20年の時が経ち、新陳代謝がどんどん進んでいるということだろう。
老舗と新興で相乗効果 期待できるさらなる発展
九州のヘルスケア産業の今後を展望してみる。
老舗企業は業態変更などを推し進めながら勝ち残りをかけて成長を図る。一方、老舗企業の成長を見て育った、起業家精神に溢れる若手経営者率いる新興企業も、デジタルを活用しながら100億円プレーヤーの仲間入りを目指して成長を図る。老舗企業も、代替わりなどが進んでいくことで、時代に即した新たな企業に生まれ変わっていく。
その上で、競合他社同士の横のつながりが強い独特の産業風土も強みに、老舗と若手、それぞれの動きが相まって、九州の健康食品通販産業を相乗的に盛り上げていく。今でも見られるそうした動きが、今後ますます強まっていくのではないか。健康食品業界全体を襲った小林製薬「紅麹サプリ」問題にも正攻法で対応し、乗り越えていくに違いない。
【石川太郎】