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宇和島の「麦みそ」は「みそ」か?(中) 行政も混乱、麦みその名称問題を検証する

元食品表示Gメン 中村 啓一 氏

複雑な加工食品の表示ルール

 法に従った対応をしたにもかかわらず、愛媛県は文書指導を撤回した。県の指導に困惑した事業者の様子が全国に報道されたとしても、行政が法に違反すると判断して事業者に発出した文書指導をどうして撤回することになったのか。背景としては、厳格な表示ルールが実態にそぐわなくなってきている現状がある。
 加工食品の表示は、旧JAS法(日本農林規格等に関する法律)が主にJAS規格が制定された品目を対象とした品質表示基準で定められており、みそも「みそ品質表示基準」で表示方法が定められていた。これら個別の品質表示基準は、加工食品の品質を一定の水準以上に維持するとともに、いわゆる偽物食品を排除する考えから、関係する業界の意見も反映されたものになっている。

 当時、食品の表示は、JAS法、食品衛生法、健康増進法、それぞれの法律の目的のため必要な規定が定められていたが、食品の表示は消費者が商品を選択するための極めて重要な情報であり、表示ルールが分散していることは消費者にも事業者にも分かりづらいとして、三法の表示ルールを一元化した「食品表示法」が2015年4月に施行され、新たに同法による食品表示基準が定められた。
 それまで個別の品目に設けられていた旧JAS法による品質表示基準のルールは新法の基準に引き継がれたが、これにより加工食品に共通するルールと個別品目ごとのルールが混在することになった。
 
表示ルールは時代に対応できているか


 我が国の食品産業は、消費者志向の多様化や加工技術の進展を背景に常に新しい商品を市場に供給しているが、これら新たに登場した加工食品が、表示ルールによって消費者が認識する名称を使えないという状況も発生している。
 2002年に、甘味料としてはちみつを加えたマヨネーズが当時のJAS法違反とされた。同法の品質表示基準はマヨネーズの甘味料として砂糖類しか認めていないことから、この定義に外れたはちみつを加えた商品はマヨネーズという名称を使えないとされた。しかし、形状も味もマヨネーズであることから、事業者の訴えと消費者の支持もあり、08年にはちみつも使用できるように品質表示基準が改正された。00年にはみその品質表示基準も改正されている。それまで、みその定義に含まれなかったみそに砂糖類やだしを加えた商品についても、「調合みそ」としてみその定義に含まれることとした。この基準が現行の食品表示基準に引き継がれている。
 みそは原料として大豆の使用が必須だ。大豆を使わないみそは半世紀以上の歴史があっても、現行の表示ルールでは「麦みそ」や「米みそ」の名称を使用できない。

 一方で、最近は大豆を使用しないで小豆、粟、芋などを原料としたみそも登場している。味とともに大豆アレルギーの消費者も安心して使用できるみそとして宣伝されているが、これらのみそは食品表示基準の規制対象外であり、「小豆みそ」や「粟みそ」などの名称で販売されている。
 パン類も品質表示基準は小麦粉を使用したパン生地を焼いたものと定義しているが、小麦粉を使用しない米粉を原料としたパンが普及し、「米粉パン」の名称で消費者に認知されている。品質の視点から食品に表示が義務付けられたのは、1960年のいわゆる「偽牛缶事件」を契機に、翌年缶詰の農林規格が制定され、表示すべき事項が規定されたのが最初だ。まがい物や偽物を排除し、一定の品質以上の食品を消費者に提供するために厳格な食品表示ルールが果たしてきた役割は大きい。
 他方、我が国の伝統ある食品の品質を守り伝えていくことは極めて大切であるが、同時に、消費者ニーズの多様化を背景に食は多様化しており、加工技術の向上などにより従来の定義に当てはまらない加工食品が次々と登場している。食品の表示ルールは、これらの現状を踏まえ、硬直的ではなく時代に沿った見直しが求められている。

(つづく)

<著者プロフィール>
1968年農林水産省 入省(主に、食品産業・食品流通関係行政を担当)
2001年   近畿農政局 企画調整部 消費生活課長
2003年4月 総合食料局 消費生活課 企画官
2005年4月 消費・安全局 表示・規格課 食品表示・規格監視室長
2009年1月 総合食料局 食糧部 消費流通課長
2011年 8月 農林水産省 退官
近畿農政局時代にBSE、牛肉偽装問題を担当、以来10年にわたり食品表示の監視業務に携わり、さまざまな食品偽装を摘発。2008年の事故米不正流通ではチーム長として、事故米の流通ルートの解明を担当した。公務員として、東日本大震災被災者への食料支援が最後の業務となった。
退官後は、「元食品表示Gメン」として食品表示に関わるさまざまな情報を発信、メディアにも出演している。
<著 書>
『食品偽装・起こさないためのケーススタディ』共著(ぎょうせい)2008年
『食品偽装との闘い』(文芸社)2012年

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    :宇和島の「麦みそ」は「みそ」か?(後)

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