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PRISMA声明、「準拠」の基準 医療統計専門家、五十嵐中さんと考える

 機能性表示食品の科学的根拠の1つとなるシステマティックレビュー(SR)。累計7,000件を超える届出全体の95%超がそれを届け出ている。そのなかで、「準拠」することとされているのがPRISMA声明だ。エビデンスを得るためにSRなどの統計を駆使する医薬政策学や医療経済学を専門とする横浜市立大学医学部の五十嵐中准教授(=写真)は準拠の基準について「実際に運用しながら決めていくしかない」と語る。

「合否」を決めるものではない

 私自身、機能性表示食品のSRを行ったことが何度かあります。対象が医薬品から健康食品に置き換わっただけで、SRそのもののルールに大きな違いはありません。ただ、医薬品と同じ基準を健康食品に当てたら、おそらく何も残らない。だからといって、全員が合格してしまうような「ザル基準」に基づく機能性表示では意味がない。健康食品とは異なるものとして機能性表示食品を差別化していく以上、SRの質を一定のところに保たなければならない。そのためにPRISMA声明への準拠を求めることになったのだと思います。

 では、何をもって準拠していると見なすのか。PRISMA声明とは、SRやメタアナリシスのプロセスや記述に関する指針です。何かダメ出しを行うための基準のようなものというイメージがあるかもしれませんが、そういうものではありません。レビューのプロセスや記述がバラバラだと読み手の共通理解と適切な評価が困難になってしまうから、最低限これらの項目についてこのように記述してくださいね、というものです。その最低限がどんどん肥大化している面もあるのですが、チェックリストを満たしていない項目が1つでもあれば門前払い、ということにはなりません。医薬品のメタアナリシス論文にしても、完全に満たしていると言えるものがどれだけあるか。要は、採点基準や合格基準のようなものがあらかじめ定められているものではないのです。

 誰もが合格できてしまうようなザル基準に意味はないと言いました。逆に、誰も合格できないような基準にも意味がない。だから、PRISMA声明の全てを満たすことを機能性表示食品に求めることにも意味がないと思います。

 その上で、PRISMA声明に準拠しているといえる機能性表示食品のSRの基準を考えてみると、それは事業者が努力して現実的に目指せるレベル、ということになりそうです。便宜上、数字を持ち出しますが、準拠の基準が60点なのか80点なのかをあらかじめ決めたり、示したりすることは消費者庁にも出来ないはずです。この項目に関しては満たしていなくても構わないだとか、曖昧な記述になっていても仕方ないとか、言えるはずがないからです。だから、事業者にとっては歯がゆいですが、エピリカル(経験主義的)に実際に運用しながら落としどころを見つけていくしかないのだと思います。

2020への更新で何が変わるか

 PRISMA声明の2009が2020に更新されて何が変わったのかというと、利益相反など新設された項目もありますが、一言で言えば、記述の深度化と具体化です。2009では「最低1つ記述しなさい」などといかようにも解釈できたところが、2020では「全て記述しなさい」というふうに変わった。要は、読み手がより正しく理解したり、評価できたりするように、これまで以上にレビューのプロセスを詳しく記述してくださいね、というのが2020のポイントです。ですから何かが大転換された訳ではないし、2009では良かったものが2020になると突然ダメになるということも原則、ないのです。

 ただ、また便宜的に数字を使いますが、2009では60%を満たしていたものが2020になると40%に下がる。そのように満たし度合いが下がることは必ず起こります。だからといって白が黒になるわけではありませんが、潜在的な合格基準が例えば60点に設定されているのだとすれば、今後は差し戻されることがあってもおかしくない。今まであいまいな記述でも特に問題のなかったところがダメになるのだから当然です。

 その意味で2020は2009に比べてしんどいものです。一方、機能性表示食品のSRの質を多少なりとも高めていくきっかけになりそうです。それによって本当の意味での差別化を図れるようになるでしょうし、そもそも今は2009ではなく2020がスタンダードになっているのですから、どこからどこまでを準拠と見なすのかは一考の余地があるにせよ、2020準拠は必要な過程なのだと思います。

結果から飛躍した結論はダメ

 いずれにせよ、大切なのは、得られた研究結果から逸脱した結論を示してはならない、ということです。それはSRに限らず、RCTだろうが観察研究だろうがそうで、そのことに異を唱えられる人はいないはずです。

 SRに関してはいえば、いいとこ取りでは意味がない。それが本質です。集まった論文の中から自分にとって有利なもの、有効だと言っているものをピックアップしました、というのではSRを行ったことにならない。あらかじめ決めた取捨選択基準に基づき選んでいく必要があります。だから、同じ1報レビューでも、しっかり取捨選択した「1報レビュー」と、結論ありきでいいとこ取りをした「1報レビュー」では、全く質が違います。

 SRで大切なのは、最終的に残った論文の数ではなく、どのような基準とプロセスで論文を取捨選択したのか。それによって残った論文から得られたとする結論に逸脱や飛躍がないか。比較的よくやっていると思いますが、そこにもっと目を向けて欲しいです。

 また、機能性表示食品におけるSRの正しさと本来のSRの正しさは違う、ということも知って欲しいと思います。査読付き論文でないと採用してはならないなどといったルールは本来のSRにはありません。それこそ未発表論文を拾うことも当たり前のようにある。査読付き論文でないとダメというのは、あくまでも機能性表示食品制度のルールです。

【聞き手・文:石川太郎】

プロフィール:五十嵐 中(いがらし あたる):2002年東京大学薬学部薬学科卒業。08年東京大学大学院薬学系研究科博士後期課程修了。同大学院特任准教授などを経て19年より現職(横浜市立大学医学群データサイエンス研究科准教授、東京大学大学院薬学系研究科医薬政策学客員准教授)。10年より(一社)医療経済評価総合研究所代表。『新医療経済学 医療の費用と効果を考える』、『統計学わかりません!!』など著著も多い。

『ウェルネスマンスリーレポート』2023年10月号(第64号)より転載

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