もう1つの紅麹サプリ事件(後) 訴訟に頼らぬ救済と制度が生む沈黙の意味
紅麹サプリ事件の被害救済は、必ずしも訴訟を前提として進められてはいない。摂取事実や因果関係の蓋然性を重視し、小林製薬との交渉による調整が模索されている。一方で、医薬部外品だった茶のしずく石鹸事件とは異なり、食品であるがゆえの法的位置付けが、救済の設計思想そのものを規定している。本稿では、製品区分の違いがもたらす救済構造の差異と、弁護団の「沈黙」が持つ意味を検証し、「もう1つの事件」が孕む構造的課題を浮かび上がらせる。
小林製薬側との交渉による救済を模索
一連の説明から明らかになるのは、紅麹サプリ問題において、訴訟と被害救済が必ずしも同一線上で進んでいるわけではないという現実である。個別の訴訟は提起され、取り下げられる一方で、弁護団は訴訟を前面に出すことなく、交渉による救済を模索している。
被害の原因究明や制度的な検証を求める声が高まる中でも、弁護団はそれらを自らの役割とは位置付けていない。あくまで、依頼を受けた被害者の救済に焦点を当て、公開可能な範囲でのみ情報を発信するという姿勢を貫いている。
その結果として、外部からは小林製薬の対応がどの段階にあるのか、補償がどのように進んでいるのかが見えにくい状況が続いているが、少なくとも弁護団自身は、訴訟を主戦場としないかたちでの被害救済に取り組んでいることが、取材を通じて確認された。最終的に500人を超える原告、26弁護団を数えた旧・茶のしずく裁判とは大きく様相を異にする。
製品区分の違いが救済構造を規定する
ここで見落としてはならないのが、製品の法的な位置付けの違いである。
茶のしずく石鹸は医薬部外品であり、紅麹サプリメントは食品である。この違いは、単なる分類上の差異にとどまらず、健康被害が発生した後の評価、責任、そして救済の枠組みそのものを根底から規定している。2013年、人の肌に白斑症状を引き起こすとして大きな社会問題となった㈱カネボウ化粧品(東京都中央区)が販売する美白化粧品も医薬部外品だった。同製品による健康被害者は昨年11月現在で1万9,611人(和解合意 1万9,262人)、自主回収は70万個を超えており、同社は現在に至るも経過報告を続けている。
医薬部外品は、身体への作用を一定程度想定した製品として位置付けられており、成分や製造工程、表示について国の関与が前提となる。そのため、想定されていなかった健康被害が多数発生した場合には、製品設計や安全性評価そのものの妥当性が厳しく問われる構造にある。
旧・茶のしずく事件では、「化粧品による新規アレルギー疾患の大量発生」という事態が、製品の適格性を根本から揺るがす問題として受け止められ、因果関係の医学的・法的確定が救済の前提条件として前面に押し出された。
一方、紅麹サプリメントは、保健機能食品(機能性表示食品)であるとはいえ、法的には食品という位置付けにある。食品は本来、医薬的作用を想定しない存在であり、国による有効性や安全性の事前審査は行われない。このため、健康被害が生じた場合の責任論は、製品の「効き過ぎ」ではなく、製造工程の管理や事故対応、情報開示の適否といった点に収斂しやすい。
この違いは、補償の論理にも反映される。旧・茶のしずく事件では、医薬部外品であるがゆえに、疾患と製品との因果関係を明確に線引きする必要が生じ、その線引きが診断基準というかたちで可視化された。その結果、基準に合致しない被害者が制度の外に置かれる構造が生まれた。
これに対し、紅麹サプリ事件では、食品であるという前提から、因果関係が完全に確定していない段階でも、個別調整や交渉による救済が模索されているものと考えられる。補償は、裁判による白黒の確定ではなく、和解的・調整的な性格を帯びやすいのではないか。
このように、医薬部外品か、食品かという製品区分の違いは、被害の評価方法だけでなく、救済の設計思想そのものを分ける決定的な要因となっている。
救済をめぐる沈黙は、誰のための沈黙か
以下は筆者の個人的な考えだが、紅麹サプリ被害救済弁護団と、かつての茶のしずく石鹸被害弁護団の動きには、明確な隔たりがある。その差異は、これまで述べてきたとおり、単に事件の性質の違いにとどまらず、被害の捉え方や救済の設計思想、さらには弁護団自身の役割認識の違いに起因している。
旧・茶のしずく石鹸事件において、被害弁護団は訴訟を中心に据え、原因物質と疾患との因果関係を医学的・法的に確定させることを重視した。結果として、日本アレルギー学会が示した診断基準が、補償や救済の事実上の要件として機能し、基準に合致しない被害者が制度の外に置かれる構造が生じた。
同学会は、2011年10月11日付で、「茶のしずく石鹸等に含まれた加水分解コムギ(グルパール19S)による即時型コムギアレルギーの診断基準」を示している。これを受けて、全国で起こされていた「茶のしずく訴訟」の一次提訴の原告たる要件に、同基準が採用されたのである。
診断基準は本来、医療のための指標であるにもかかわらず、裁判適格性の判断基準として用いられ、医療と法の論理がねじれたかたちで結び付いてしまった。
似たようなケースは紅麹サプリ事件でも起きた。2024年3月に同事件が発覚後、5月7日付で日本腎臓学会が発表した「紅麹コレステヘルプに関連した腎障害に関する調査研究」アンケート調査の中間報告では、189例の調査結果として、尿細管間質性腎炎(43.5%)、尿細管壊死(28.3%)、尿細管障害(8.7%)などが主な病変として紹介されており、その他19.5%の一部として「糸球体病変を認めた2例の存在」が報告されている。
さらに報告書では、報告書で示した病変以外の病態を「否定しない」との記載が明記されていたものの、報道などを通じて、尿細管間質性腎炎による健康被害が急速に世の中に広がってしまった。
「症状の把握」と距離を取る救済戦略
さて、紅麹サプリ事件における「紅麹サプリ被害救済弁護団」は、訴訟を前提としない救済を主軸としている。つまり、訴訟案件は1つもなく、約30人の被害者から委任を受けて補償の交渉を進めているというのは前回すでに述べた。
そこで、同弁護団が被害者の症状をどのように把握しているのか、「腎障害以外の症状(例:肝機能障害、消化器症状、全身倦怠感等)を含め、一定の傾向や特徴があるかどうか」聞いてみたところ、「医学的に見て全体的に一定の傾向や特徴があるか否かについて答えるのは困難。各種学会や加害企業に取材してほしい」という回答だった。
同弁護団は当然のことながら、交渉の材料として被害者の診断カルテなどを閲覧しているはずだ。実際、「当弁護団としては、依頼を受けた被害者の症状を個別に把握している」と述べているのだが、傾向や特徴については把握できていないとして沈黙している。
同弁護団は、因果関係の最終的な確定や制度論への踏み込みは避け、行政評価や企業説明を前提に、被害者個々の交渉や調整を担う姿勢を取っているようだ。ここでは、白黒を裁判で決するよりも、交渉余地を残すことが被害者にとって有利だという判断がうかがえる。
両事件の違いは、「沈黙」の意味にも表れている。旧・茶のしずく事件における沈黙は、診断基準に合わない被害者を切り捨てる結果を伴った沈黙だった。
他方、紅麹サプリ事件における沈黙は、訴訟化や早期の線引きを避けるための戦略的沈黙と位置付けられるのではないか。ただし、いずれの場合も、救済の枠組みが外部から見えにくいという点では共通しており、その不透明さが被害者の不安を増幅させかねない。
旧・茶のしずく事件では、診断基準という「線引き」が前面化し、取り残された被害者が可視化された。紅麹サプリ事件では、まだ明確な線引きは表に出ていないが、その分、将来的に見えないかたちで線が引かれる可能性を内包している。両者の隔たりは、救済のあり方を巡る時間差とも言える。この点にこそ、「もう1つの紅麹サプリ事件」として注視すべき論点があると言えるだろう。
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(了)
【田代 宏】
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