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永井克也大阪大名誉教授に聞く(4) 健康食品研究の現状と動物実験が抱える問題

自律神経とNK細胞の活性化、交感神経とNK細胞の関係

――先生が取り組んでこられた健康食品の動物実験に基づく研究について、最近の状況を教えてください。

永井 かつては健康食品の研究に動物実験が活発に行われていましたが、最近は動物愛護の面からの規制が厳しくなり、動物実験の継続が難しくなりました。以前は、大手食品メーカーなどが健康食品市場に参入し、積極的に資金提供を行いましたが、動物実験が制限されるようになり、これらの企業も動物実験から撤退していきました。

――動物実験への研究資金が減ると、どのような影響がありましたか?

永井 ご存じのとおり、研究には多大な費用がかかります。メーカーからの受託試験が十分にあった頃は、十分な売上があったため、研究も継続できました。しかし、資金が減少したことで、糖尿病や高血圧などの疾患に対する歩行などの運動や精油の効果を詳しく研究することができなくなりました。

――先生の研究では、自律神経と免疫機能の関係が重要なテーマですね。

永井 そうです。特に、脾臓を支配する交感神経の活動が抑制されると自然免疫であるnatural killer (NK)リンパ球(NK細胞とも言う)の活性が上昇することが分かっています。この効果はマウスの場合、脾臓交感神経が抑制された後90分程度という短い時間で現れる。
 NK細胞には、腫瘍細胞やウイルス感染細胞を殺傷する機能があります。ストレスにより脾臓を支配する交感神経が促進されると、NK細胞の活性(NK活性)が低下し、がん細胞が増殖しやすくなる。逆に、笑いやリラクゼーションが脾臓を支配する交感神経の興奮を抑え、NK細胞の活性を高めることができます。

――NK細胞とは何ですか?

永井 NKリンパ球です。単球リンパ球からできるのです。それが脾臓の中で活性化されるのです。脾臓を支配する交感神経が興奮するとNK活性が落ちるんですね。だから例えば何かストレスを抱えたていたらガンが大きくなりやすいとか、そういうのがあるのですが、逆に笑える環境にあれば、脾臓を支配する交感神経の活動は落ちるので、そうすると、NK活性が増えるということです。そういう論文を、実は、元新潟大学名誉教授の新島旭先生(写真左)とニューヨーク州立大学のMeguid教授が1998年に論文にされています。ネズミの脾臓の交感神経を抑制すれば、脾臓のNK活性が上がるという研究です。

老化細胞と慢性炎症の関係、老化細胞の影響と排除の方法

――最近、老化細胞と慢性炎症の関係が注目されています。先生の研究ではどのように捉えていますか?

永井 老化細胞は臓器に蓄積し、炎症性サイトカインなどの老化を促進する因子を分泌することで慢性炎症などを引き起こします。そしてこのことが、がん、動脈硬化、糖尿病、白内障、アルツハイマー病、パーキンソン病といった老化に伴う疾患を引き起こす要因となります。

――老化細胞を排除する方法はありますか?

永井 現在、以下の3つの方法が研究されています。東京大学・中西教授らによる「グルタミナーゼ阻害剤の使用」では、老化細胞では酸性の環境で細胞内の不要物処理を行うリソソームが存在しますが、老化細胞ではリソソームの膜が不安定になり破れ易くなります。膜が破れるとプロトン(H+)が細胞質に出て細胞質が酸性になり、通常はアポトーシス(プログラムされた細胞死)が起こります。しかし、老化細胞はグルタミナーゼの活性を上昇させて、グルタミンをグルタミン酸に変換する時にアンモニア(NH3)を放出して細胞質を中和して生き残ります。そこで、グルタミナーゼ阻害剤を使用すると、老化細胞を死滅させて、老化を防ぐことができます。
 
 順天堂大学・南野教授らの研究による「ワクチンによる老化細胞の破壊」では、老化細胞を標的とするワクチンを用い、体内から排除します。その他に最近、NK細胞が老化細胞を排除する(死滅させる)活性があることも分かってきました。即ち、上記の研究で述べた、脾臓の交感神経を抑制してNK活性を高めることでも老化細胞の蓄積を防ぎ、アンチエイジング効果を期待できるということです。

動物実験の制限が研究に与える影響

――繰り返しになりますが、動物実験の制限が厳しくなることで研究への影響は?

永井 動物実験の過剰な制限は、健康食品や医薬品の研究にとって大きな障害になっています。もちろん動物を無闇に大量使用する実験は控える必要があると考えます。しかし、自律神経による生体機能の調節に関する研究では、ラットやマウスの臓器・組織のそれぞれを支配する自律神経の活動変化を測定する実験が重要なのです。今の所、人間では心臓と眼を支配する自律神経活動は非侵襲的に測定可能ですが、それ以外は実施できません。

――製薬業界ではどうですか?

永井 製薬業界では、動物実験を経た上での臨床試験が義務付けられています。しかし、健康食品の場合、動物実験なしで市場に出るケースが増えているようです。これは、安全性の担保という点で大きな問題となるでしょう。
 さまざまな実験結果から、NK細胞を活性化させることで悪性腫瘍やウイルス感染に対する免疫を高める以外に、老化細胞を排除し、老化に伴うがんやアルツハイマー病などの疾病を防ぐ可能性が示されていますが、動物実験の制限により、健康食品の科学的検証と普及が妨げられる課題も浮き彫りになっています。今後、科学的根拠に基づいた健康食品の開発と、消費者が正しい情報を得られる環境整備が求められるでしょう。

(つづく)
【聞き手・文:田代 宏】

(文中の写真:新島旭氏(左)と永井克也氏)

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<筆者プロフィール>
1943年2月10日生
1967年3月 大阪大学医学部卒業(1968年医師免許)
1972年3月 大阪大学大学院医学研究科博士課程修了(医学博士)
1967年4月〜1968年3月 大阪大学医学部附属病院研修医
1972年4月 大阪大学蛋白質研究所助手(代謝部門)
1974年8月〜1976年10月 米国シカゴ大学関連病院客員博士研究員(内科、主任L.A.Frohman教授)
1977年4月 愛媛大学医学部助教授(生化学第二)
1980年4月 大阪大学蛋白質研究所助教授(代謝部門)
1995年12月 大阪大学蛋白質研究所教授(代謝部門)
2000年4月〜2004年3月 大阪大学蛋白質研究所所長
2006年3月  定年退職(大阪大学名誉教授)
2007年4月  ㈱ANBAS を設立。現在に至る。

<所属学会•協会>
日本肥満学会(名誉会員)、国際時間生物学会(理事)、
NPO法人 国際医科学研究会(理事)、
(一社)サイエンティフィックアロマセラピー協会(代表理事)

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