細胞培養食品のGL骨子案提示 実務的運用へ向け責務・情報提供などの論点浮上
日本の食品安全行政において、細胞培養技術を用いて製造される「細胞培養食品(仮称)」を巡る制度整備が、具体的な検討段階に入った。消費者庁は、安全性確保に向けたガイドライン(GL)の骨子案を提示し、従来の食品規制の枠組みでは想定されてこなかった製造手法やリスク特性を踏まえ、どのような規律を設けるべきか、制度設計のあり方にすいて具体的な検討段階に入った。
骨子案提示で具体論点の検討段階へ
今月5日、消費者庁が開催した第5回「食品衛生基準審議会・新開発食品調査部会」では、細胞培養食品を巡るガイドラインの骨子案が示され、具体的な論点を中心に議論が行われた。
部会はこれまで、論点整理や安全性確認の考え方について検討を重ねてきたが、今回の会合では、事業者に求められる責務、既存の食品規制における位置付け、さらには消費者への情報提供のあり方などが重要な検討課題として浮かび上がった。
細胞培養食品は、製造工程やリスク評価の考え方において従来の食品とは異なる特性を持つ。このため部会は、科学的知見に基づく安全性評価と、実務的に運用可能な制度設計の両立を図る必要があるとの認識を共有した。今後は、提示された骨子案を基に、ガイドラインの具体化に向けた検討が進められ、日本の食品安全行政における新たな枠組みが形成されていくことになる。
従来食品と異なる特性への認識共有
細胞培養食品は、動物から採取した細胞を体外で培養し、食用に供する革新的な食品製造技術である。この技術は世界的に急速な発展を遂げており、国際競争も激化している分野だ。従来の畜産業とは根本的に異なるプロセスで食品を生産するため、部会は、既存の食品衛生法や関連法規のみでは安全性を十分に担保できない可能性があるとの認識を共有した。
審議会では、昨年度から論点整理を進め、各論点におけるハザードや懸念点を体系的に整理してきた。前回の会合では、細胞培養により製造される食品を巡る安全性評価の枠組みについて、これまでの検討成果を集約し、安全性確認上のポイントをまとめた。今回は、それらを統合したガイドラインの骨子案を部会として提示した。この骨子案は、部会長代理を務める北島委員をはじめ、複数の参考人や専門家が協力して作成したものであり、部会は、細胞を用いた医療製品のガイドラインなども参照しながら構成した。
部会は、ガイドラインの基本的な性格として、製造事業者が製品設計の段階から最終製品の安全性を担保するために留意すべき事項を整理することを目指している。行政側の判断基準としてのみならず、事業者が自主的に安全性を確保するための指針として活用されることも重視している点が特徴だ。これは、食品衛生法第3条に規定される食品等事業者の責務という理念とも合致すると部会は整理した。
5章構成で安全性確保の考え方を体系化
部会が提示した骨子案は、5つの主要な章から構成されている。第1章では総則として、ガイドラインの性質や位置付け、適用範囲、運用方法などを明確に示す。ここでは用語の定義も盛り込む予定とし、細胞培養食品に関する共通理解の基盤を形成する重要な部分として位置付けた。また部会は、このガイドラインが最新の科学的知見に基づいて作成されたもので、今後の科学的エビデンスの蓄積に応じて適宜見直す必要があることを明記する方向性を確認した。
第2章では、細胞や細胞を使った製品の基本情報を扱う。これは前回の議論で参考人から提案された項目だ。部会は、懸念点やハザードとは別に、製品の基礎的な特性を理解するための情報を整理する必要性を認識した。細胞の由来や特性、培養方法の概要など、安全性評価の前提となる基本的な情報をこの章に含めることとした。
生物学的ハザードと工程管理の論点
第3章は、細胞の性質や特性等に関する章だ。部会はガイドラインの中核をなす部分の1つとして位置付けた。
ここでは、由来動物や細胞の生物学的ハザードに関する確認ポイントを盛り込む。病原体の混入リスク、魚介類由来細胞が有する可能性のある自然毒や毒性物質、継代培養による影響など、生物学的安全性に関わる事項について、部会は詳細に検討した。この章は、細胞調達段階における安全性確保の要点を示すものとなる。
第4章では、製造管理と品質管理によるリスク回避の方策を扱う。部会は、均一で安定した製品を培養するための工程管理について論じ、安定性に関する論点や使用物質の安全性についても整理した。議論の中では、この章が単なる細胞増殖にとどまらず、分化誘導や組織化といった生産工程全体を含めるべきだとの指摘があり、部会は「培養工程上の安全管理」という表現がより適切ではないかとの提案を受け止めた。使用される培地成分や足場材料の安全性評価も、この章で扱うことを確認した。
第5章は製品に関する総合考察として位置付け、最終製品全体の安全性評価、栄養組成を含む栄養に関する情報、消費者への情報提供のあり方などを盛り込む。部会は、アレルギー性物質や栄養阻害物質の残留、保存条件下における成分変化や微生物汚染のリスクなど、最終製品として市場に出る際に考慮すべき事項を総合的に検討した。
審議会での議論では、いくつかの重要な論点が浮き彫りとなった。まず、食品等事業者の責務という観点から、部会は、製品の設計から販売までの各段階で、すべての営業者がそれぞれの責任を果たすことの重要性を強調した。これは、規制当局が基準を設けるだけでなく、事業者自身が主体的に安全性を確保する体制を構築する必要性を示している。
栄養阻害物質に関する議論も重要なポイントとなった。部会は、培地成分や足場材料から最終製品に移行する可能性のある栄養阻害物質について、その残留リスクを適切に評価し、管理する必要性を指摘した。これは、細胞自体が産生する物質に加え、製造工程で使用される各種材料からの移行も考慮すべきであるとの認識に基づくものである。部会は、アレルゲン物質と同様に、栄養阻害物質についても最終製品への残留を確認し、必要に応じて情報提供を行うことが重要であると整理した。
用語の選択についても、部会は慎重に検討した。例えば「出発物質となる細胞組織」という表現について、細胞が最終製品にもなり得ることを踏まえると適切ではないのではないかとの指摘があった。部会では、「出発物質」というケミカルな物質を想像させる表現よりも、「原材料となる細胞組織」という表現の方が、細胞培養食品の特性をより適切に表現できるのではないかとし、今後の検討課題とした。事務局からは、このような言葉の表現に関しては今後も部会の議論を踏まえて柔軟に対応すると付け加えた。
規制フレームワークと法的位置付けが焦点に
ガイドライン策定において最も複雑な課題の1つとして、部会は、規制フレームワーク全体の中でのガイドラインの位置付けを挙げた。参考人からは、食品衛生法第13条に基づく規格基準制定の前段階として、本ガイドラインを規格基準に準じたかたちで取りまとめるべきではないかとの問題提起があった。
この点について、部会は、ガイドラインの厳しさの程度や法的拘束力のあり方について議論を行った。食品と医薬品では規制体系が大きく異なることを踏まえ、細胞培養食品についても食品としての特性を考慮した適切な規制のあり方を検討する必要があるとの認識を共有した。
事務局は、ガイドラインの各要素を整理すると同時に、規制手法や実際の運用方法についても並行して検討を進める必要があるとの見解を示し、部会はこれを受け止めた。
培養工程をどこまで食品加工として扱うかという点についても、部会は重要な論点として取り上げた。遺伝子組換え技術を用いた成長因子などを培養工程で使用する場合、それを食品加工段階とみなすのか、培養生産工程として別扱いするのかによって、適用される規制が大きく変わる可能性がある。このため部会は、ガイドライン本文の中でその位置付けを明確に示す必要があると指摘した。
また、細胞培養食品の製造工程のどの段階から食品衛生法を適用するのかという根本的な問題についても、部会は議論した。従来の畜産業では家畜伝染病予防法などが適用されるが、細胞農業という新しい技術分野については明確な法的枠組みが存在しない。このため部会は、ガイドラインにおいて培養工程以前の段階も含めた安全性確保の考え方を示す必要があるとし、同時に規制の空白を生まない制度設計の重要性を確認した。
情報提供と継続的安全性確保の重要性
細胞培養食品という新しい食品カテゴリーについて、部会は、消費者への適切な情報提供とリスクコミュニケーションの重要性を強調した。単に細胞培養食品であることを表示するだけでなく、安全性に関わる情報や適切な取扱方法など、消費者が正しく理解し選択するために必要な情報を提供する必要があるとの認識を示した。
この点について部会は、規制フレームワークとの関係性にも言及した。情報を誰が受け取り、誰が審査・判断するのかによって、ガイドラインに記載すべき情報の詳細度や表現方法が変わり得るとし、消費者向けの情報提供に加え、行政機関や事業者間での情報共有のあり方についても今後検討していく必要があるとした。
製品の流通段階や販売段階における安全性確保についても議論した。基本的には製造事業者が設定した保存条件を遵守することで安全性が確保されるとしつつ、新開発食品として、製造から食卓までのトレーサビリティや安全性情報の収集についても考慮すべきだとの意見が出された。
ただし、小売段階での監視行政までガイドラインで扱うことは難しいため、部会は、加工・保存中における成分変化や微生物汚染のリスクについて、適切な保存条件を示すことで対応する方向性を示した。
科学的更新を前提に制度化へ
細胞培養食品分野における科学技術の進歩の速さを踏まえ、ガイドラインが策定時点の最新の科学的知見に基づくものであると同時に、今後のエビデンス蓄積に応じて適宜見直すべきものであることを確認した。この考え方は、遺伝子組換え食品やバイオテクノロジー応用食品の議論においても重視されてきたものである。
一方、科学的知見の反映については慎重な判断が必要であるとの認識も共有された。最先端の科学では研究者間で見解が分かれる場合があり、どの時点でどの程度のエビデンスをもってガイドラインに反映するかという判断は容易ではない。果たして未然防止を重視するのか、確実なエビデンスが得られるまで待つのか、そのバランスをどう取るかが規制全体に関わる重要な課題だとした。
安全性情報の収集と共有についても、事業者の責務として位置付ける方向性を示した。新技術を用いた食品である以上、市場に出た後も継続的に安全性情報を収集し、必要に応じて対応を取ることが重要。このような事後的な安全性確保の仕組みについてもガイドラインの中で明確にしていく必要がある。
細胞培養食品の安全性ガイドライン策定は、日本の食品安全行政における新たな挑戦だ。部会は、今回提示した骨子案をもとに、今後具体的な記載内容の検討を進めていく。部会長代理や複数の参考人、事務局が連携し、科学的根拠に基づきながらも実務的に運用可能なガイドラインの作成を目指していく。
国際的な動向も参照する。シンガポールなど、すでに細胞培養食品の規制を整備している国の事例や国際的な協調の動きを視野に入れ、日本独自の食品安全規制の考え方を反映したガイドラインを構築していく。特に、物質の残留量に関する判断基準など、定量的評価手法についても国際的整合性を考慮する必要がある。
細胞培養食品は、食料供給の持続可能性や環境負荷低減の観点からも注目される技術だ。部会は、安全性を適切に確保しつつ、この革新的技術の発展を支えることをガイドライン策定の重要な目的として位置付けた。科学的厳密性と実務的実行可能性のバランスを取りながら、消費者の信頼を得られる制度設計を実現することが求められる。
今後、さらにガイドラインの具体的内容を肉付けし、パブリックコメントなどの手続きを経て最終的なかたちを整えていく。この過程で、事業者、消費者、研究者など多様なステークホルダーの意見を反映させることになる。
【田代 宏】
配布資料はこちら(消費者庁HPより)











