自律と自浄が拓く産業の未来 【寄稿】米国サプリメント業界の歩みにみる「業界団体」の役割
㈱グローバルニュートリショングループ 代表取締役 武田 猛
健康食品・サプリメントを巡る制度議論が活発化する中、業界は今、規制の是非や強弱以前に「どのような姿勢で制度と向き合うのか」を問われている。本稿では、世界最大のサプリメント市場を持つ米国における業界団体の歩みを手掛かりに、自由度の高い制度を獲得した「その後」、業界がいかに自律と自浄を積み重ねてきたのかを検証する。 行政との関係性、科学的根拠への向き合い方、業界内部に対する規律などについて、㈱グローバルニュートリショングループ(東京都豊島区)の武田猛氏が、米国の30年の経験から、日本の健康食品産業が直面する本質的な課題と、業界団体のあるべき姿を問い直す。 (編集部)
現在、日本の健康食品産業は大きな転換期にある。新たな規制の枠組みが模索される中で、我々業界側が最も注視すべきは「規制の内容」そのものではなく、その規制に対して業界が「どのような資質を持って向き合うか」ではないだろうか。そのヒントは、世界最大のサプリメント市場を誇る米国の、30年にわたる歴史の中にある。
米国において業界団体は、これまでどのような役割を果たしてきたのか。そして、不確実性が高まるこれからの日本で、どのような存在であるべきなのか。米国の経験は、最初から理想的な形が備わっていたわけではない。試行錯誤と失敗を重ねる中で、業界団体の役割そのものが問い直され、変化してきたのである。
多様な役割の共存
米国のサプリメント業界には、役割の異なる複数の業界団体が並立している。
•NPA(Natural Products Association):立法・政策対応を重視し、政治プロセスを通じて業界の立場を主張する。
•CRN(Council for Responsible Nutrition):科学的エビデンスと政策対話を軸に、行政・議会に対して論理的な説明責任を果たす。
•UNPA(United Natural Products Alliance):品質・安全・倫理を重視し、行政と実務的な対話を重ねながら業界水準を引き上げる。
•AHPA(American Herbal Products Association):ハーブ・ボタニカル分野に特化し、専門的な実務ガイダンスを整備する。
重要なのは、これらの団体が同じ立場を競うのではなく、異なる機能を担うことで業界全体の成熟を支えてきた点である。それぞれが異なる役割を引き受けることで、業界全体として多角的に行政や社会と向き合う構造が形成されている。
特権を勝ち取った「後」の姿勢
米国のサプリメント業界は、1970〜90年代にかけて決して平坦な道を歩んできたわけではない。ビタミン・ミネラルの最大量規制構想や、効能表示を巡る厳格な運用など、産業の存続を揺るがす局面が続いた。
こうした状況下で、各業界団体は結束し、消費者をも巻き込んだ大規模な国民運動を展開した。その結果、超党派の議員立法として1994年に成立したのが「DSHEA(ダイエタリーサプリメント健康教育法)」である。これによりサプリメントは食品とも医薬品とも異なる独立したカテゴリーとして法的に定義され、FDA(連邦食品医薬品局)による事前承認を不要とする極めて自由度の高い枠組みが確立された。
この時代の行動が市場の基盤形成に大きく貢献したことは疑いようがない。しかし、米国の有力な業界団体が真に卓越していたのは、この特権を勝ち取った「後」の姿勢にある。
「制度を守る」から「信頼を創る」へ
制度が整い市場が拡大するにつれ、粗悪な原料や品質管理の不備、有害事象の発生といった課題が顕在化した。ここで問われたのは、「制度(自由)をいかに維持するか」ではなく、「その制度の信頼性を誰が支えるのか」という点であった。
かつての米国でも、不祥事のたびに「医薬品ではないから、この程度の科学的根拠や品質管理で許容されるべきだ」といった、制度の隙間を模索するような自己防衛的な主張が見られた。しかし、こうした消極的な姿勢は結果として行政や消費者の不信感を招き、かえって厳しい規制強化の圧力を生む結果となった。
これに対し、UNPAやCRNをはじめとする実務志向の団体は、この反省からいち早く行動を転換した。行政による事後規制を待つのではなく、自主的な品質基準や倫理規定を先行して整備してきたのである。「行政に縛られる前に、自らを律する」。この先制的な自律こそが、当局との建設的な対話を可能にし、過剰な規制に至らない環境を整える重要な前提条件となった。
専門性に裏打ちされた「自律」
ここで見落としてはならないのは、行政との協働が、決して「迎合」であってはならないという点である。専門性と覚悟を持たない協働は、単なる追認に過ぎない。
米国業界団体のなかでも、科学的エビデンスを重んじるCRNと、実務的な品質基準の向上を牽引するUNPAは、業界の『自浄作用』を象徴する二大勢力として、行政からも一目置かれる存在である。
例えば、科学的根拠の評価基準を議論する際、それが「いかに現行制度のチェック(受理)をパスしやすくするか」という技術的な許容条件の模索に終始すれば、社会からの信頼を得ることはできない。むしろ「表示(ヘルスクレーム)は消費者との約束である」という原点に立ち返り、国際的な水準に照らして恥じない科学的誠実さを自ら課すこと。それが「自律」の本質である。
UNPAやCRNは、科学的根拠と実務知見を武器に、行政と対等に議論する体制を整えてきた。その共通点は、次の三つの資質に集約される。
1.科学的誠実さ(Scientific Integrity):現行制度をクリアするための「最小限の根拠」ではなく、「消費者の期待を裏切らない一貫したエビデンス」を基準に判断する姿勢。
2.対話力(Diplomacy):行政を敵視するのでも迎合するのでもなく、専門的知見をもってルール形成に関与する力。
3.自浄の覚悟(Self-Regulation):業界全体の信頼を守るために、身内に対しても基準に満たなければ「NO」と言える勇気。
日本の未来に向けて
米国のあり方をそのまま日本に当てはめることはできない。しかし、問題事例の顕在化や消費者の信頼低下といった課題の構造は、日本でも共通している。
日本では「行政方針を無条件に受け入れる」か、あるいは「部分的な緩和を求める」ことに終始しがちである。しかし、今求められているのは迎合ではない。専門性に裏打ちされた自律である。自律なき協働は、社会からの信頼を得ることはできない。
ステイタスの高い産業とは、規制が緩い産業のことではない。自ら課した高い規律を、誇りをもって守る産業である。
「業界団体の質が、産業の天井を決める」米国が30年かけて示したこの現実は、我々への示唆でもある。日本の健康食品・サプリメント業界も、いまこそ「制度の枠内」に安住するのではなく、次世代の健康を支える産業としての誇りを、自律と自浄という旗印のもとに掲げる時期に来ているのではないだろうか。
<プロフィール>
麻布大学環境保健学部卒業、法政大学大学院経営学専攻修士課程修了。
アピ㈱、サニーヘルス㈱を経て2004年1月、㈱グローバルニュートリショングループ設立、現在に至る。国内企業の新規事業の立ち上げ、新商品開発、マーケティング戦略立案などのコンサルティングや海外市場進出の支援、海外企業の日本市場参入の支援を行う。現在まで、国内外合わせて800以上のプロジェクトを実施。
経 歴:1986年 麻布大学 環境保健学部卒業、1986年 アピ株式会社入社、1997年 法政大学大学院 社会科学研究科経営学専攻修士課程修了(MBA)、1998年 サニーヘルス株式会社入社、2004年 (株)グローバルニュートリショングループ設立後、現在に至る。
著 書:「健康食品ビジネス大全」(パブラボ社、2011年10月)、「健康食品ビジネス大事典」(パブラボ社、2015年8月)、共著「ヒットを育てる!食品の機能性マーケティング」(日経BP社、2017年4月10日)
活 動:2014年度、消費者庁委託事業として栄養表示義務化および機能性表示創設に伴う消費者教育に関するワーキンググループ委員。同16~18年度にかけ、農林水産省委補助事業「第6次産業化促進技術対策事業」および「食産業における機能性農産物活用促進事業」の検討委員会委員長を歴任。
2018年 機能性表示食品届出指導員養成講座 講師、2019年~21年 機能性表示食品普及推進協議会 会長、一般社団法人通販エキスパート協会 認定スペシャリスト、機能性表示食品届出アドバイザー養成講座 認定講師。











