山笠太郎の健康管理とほほ日記 ~不摂生な私が25年もスポーツクラブに通える理由~(30)
太郎ちゃん始め、昭和を振り返ってもいいですか?
新しい年が始まった。60年に1度の丙午だそうである。
話は唐突に変わるが(苦笑)かつて俳人で、国文学者でもあった中村草田男が「降る雪や明治は遠くなりにけり」と詠んだ有名な句がある。
昨年は長嶋茂雄さんやジャンボ尾崎さん、仲代達矢さん等々、昭和時代、多くの日本国民を熱狂させたレジェンド達の訃報を立続けに耳にする事となった。「もはや昭和も遠くになりにけり…」なのかなぁとしみじみ想う年の瀬であった。
さて、新年第一弾として?そんなスペシャルな昭和のレジェンド、長嶋茂雄さんとジャンボ尾崎さんについて、小生が健康食品課長時代に独自に入手した、「らしい」エピソードを何の脈略もないままではあるが(汗)せっかくなので披露したい。
20年強前、当時、健康食品課長としてプロマネ的に何でも首を突っ込まざるを得ない状況であった小生。CM制作に関しても、広告代理店各社のプレゼン等々、企画段階から中心的に関わっていた関係から成り行き上、テレビCM撮影もフルに立ち合う事となった。そんなテレビCM撮影現場で広告宣伝やプロモーション全般をお願いする事になった大手新聞社系列であるXX広告社の担当営業からポロっと聞いた話である。
撮影の合間、インターバル時間が長めになり自然と雑談になった。XX広告社担当の黒崎課長がアシスタント的に連れてきている入社2年目の若手営業マンの高山クンを指さし「山笠さん、こいつの同期で●×っていう女性営業がいるのですが、あのジャイアンツでV9時代に活躍した●×選手のお嬢さんでして、オッ〇イでっかいんですよ(今なら…アウト~!)」
「成る程、そりゃまたわかり易い縁故っちゃぁ縁故ですよね?」と小生が問うと
「それが最強の縁故でして(笑)丁度大学生の就職活動もほとんど終わっちゃった時期でうちも採用活動が終わっていたのですが、突然うちの本社事務所にですね、あの特徴的な甲高い声で、マルちゃんいるぅ?ってノーアポであのミスターが現れたんですよ。皆、何が起こったのか状況を理解できないまま、あれ…まさか…って感じで…。あっ、ちなみにマルちゃんてうちの社長の丸川で、ミスターが現役時代には系列スポーツ新聞社の長嶋番記者をやっていましてね、当然ながらミスターとは昵懇だったのですけど。そしてミスターが一直線に社長室にドヤドヤと押しかけましてね、唐突に、マルちゃん、●×の娘の○○ちゃん知っているだろ?広告代理店志望らしいので宜しく頼むねって、それだけ言う事だけ言って颯爽と立ち去っちゃったのですよ」
「ええぇ~、そのノリであの有名なプロ野球選手だった●×さんのお嬢さん御社に入社しちゃった訳なのぉ?」と小生が驚きをもって問うと
「そうなんですよ、まさに風の如く現れ風の如く去って行った…その所作全てが絵になるっていうか予測不可能なスパースター長嶋茂雄そのものなんですよ」と、事務所に居合わせていた社員が皆そのオーラに魅了されたそうだ。
小生「黒崎さん、そのオッ〇イのでっかい●×さんのお嬢さん今度連れてきて下さいよぉ」という言葉をグッと飲み込みつつ「やっぱりミスタープロ野球、長嶋茂雄は誰からも愛され、憎めないキャラなのですねぇ」と実に陳腐な返答をしたのであった(汗)。
「遠くになりにけり」の四方山話をお楽しみあれ
さらに黒崎課長から昭和時代のレジェンドプロゴルファー、ジャンボ尾崎さんの「らしい」逸話を聞くことができた。
まさに約半世紀近く前の昭和時代真っ只中の事だ。当時ジャンボ尾崎は極度のスランプに陥っていて勝利から遠のいていた。
そんな不遇な時代にCM契約ができたという、ジャンボ尾崎的には願ってもない状況であったはずだが、そこはあくまでもジャンボ尾崎だ。威風堂々とスポンサーに対しても振舞っていた。
そんな撮影の合間、スポンサー企業のベテラン社員が失礼にも(笑)ジャンボ尾崎に対して慣れ慣れしく「ジャンボさん最近ど~もアプローチがシャンクしたりチョロっちゃったりして絶不調でして…少し見てもらえません?」
するとジャンボはにやけながらも眼光鋭く「何?この俺にレッスンしろって言うのかい?そんなもん10年早いよ。先ずはダンプカー一杯分打ち込んできてからもう一度おいで」と、けんもほろろだったそうだ。
ゴルフの世界では圧倒的スケール感で他の追随を許さない程の強さと人気を誇ったジャンボ尾崎らしいっちゃあらしいエピソードだ。
まぁ今なら大谷翔平選手に週末早朝草野球専門の中年太りおじさんが「僕のスイングをチェックしてもらえますぅ?」ってぬけぬけとお願いする様なものだ(笑)
さてさて、今年もこんな調子で仕事中に拾い集めた四方山話を脳みその片隅の「note」に書込み&定着・熟成させ、路地裏ネタとして引続き披露していきたいと思っている。ちなみに小生、肝心な仕事は…?な、ぶっちゃけあまりよろしくないサラリーマンであったのかもしれない(苦笑)
(つづく)
<プロフィール>山笠太郎(やまがさ たろう)
三無主義全盛の中、怠惰な学生生活を5年間過ごした後、運良く大手食品メーカーに潜り込む。健康食品事業部に配属され、バブル期を挟み10年。その間に健康食品業界で培った山笠ワールドと言われる独自の世界観を確立。その後社内では様々な部門を渡り歩き47都道府県全ての地に足を踏み入れる事となる。











