農業と人に支えられた健康食品 大麦若葉の栽培に見る東洋新薬のアグリカルチャー
サプリメントなど受託開発・製造大手の㈱東洋新薬(本部:佐賀県鳥栖市、服部利光社長)は、主力製品の1つ、大麦若葉青汁の製造を通じて九州・熊本の農業に深く関わっている。同地で栽培、収穫される大麦若葉の加工だけでなく、その栽培も大規模に展開しているからだ。その意味で、同社の「業」には農業も含まれる。機能性表示食品などの研究開発や製造を強みとすることで知られる同社には、実はそうした側面がある。
同社の農業を担うのは、本連載の取材で訪れた、大麦若葉の一次加工(粗い粉末加工まで)を担う同社の熊本工場(熊本県菊池郡大津町)。その実体は、工場であると同時に「ファーム(Farm)」だ。
熊本工場は、2006年の第一工場竣工以来、農業が盛んな熊本の地で、地元の農家や生産団体、収穫会社らとの相互協力関係を築きながら、現在まで約20年にわたり大麦若葉の栽培管理を展開。栽培する圃場(ほじょう)の規模も大きく、現在、標高の高い高冷地から海寄りの無霜地まで広がっている。
そのように圃場を広げていった目的は、大麦若葉青汁に対する需要に応えるための原料確保。さらに、熊本工場を安定的に稼働させるためでもあった。
それを実行するために段階的に進めたのが、起伏に富む熊本の地形を利用した、すなわち標高差をはじめ気候の違いを活用する栽培サイクルの構築だ。これにより、熊本における大麦若葉栽培シーズンのほぼ全期間を通じて、一次加工を安定的に行える体制を整えた。
栽培シーズンに合わせて工場を稼働させるため、稼働時期以外は、次期栽培管理計画の策定や工場施設・設備のフルメンテナンスなど、次期栽培シーズンにおける栽培管理や工場稼働に備える期間に充てている。
栽培管理、サプリのように「標準化」
熊本工場の工場長らに聞いた、大麦若葉の栽培に関する話でとりわけ興味深かったのは、サプリの製造や品質について取材しているわけではないのに、「バラつきをなくす」というセリフが何度か出てきたことだ。一定の品質の大麦若葉を繰り返し得るために、「栽培の標準化」を行っている、と言うのである。
栽培指示書、施肥設計(肥料の種類と量に関する規格)、栽培マニュアル──などといった書類をシーズンごとに熊本工場で作成。それを契約している生産者らと共有し、それに従って栽培してもらうことで、一定の品質を保つ。また、生産者らには、生育記録などの営農データを定期的に記録・報告してもらう。熊本工場は、そのようにして大麦若葉の栽培を一元管理している。ちょっと無理やりだが、これをサプリの製造体制に当てはめれば、同工場は、総括管理責任者に相当すると言えそうだ。
栽培から収穫までの流れも聞いた。まず行うのは、「土づくり」。耕起作業を行い、雑草を抑制するなどして土壌の環境を整える。次に、「施肥管理」。それぞれの圃場に合わせて選定した肥料のリスク評価を行った上で、作成した施肥計画に基づき土壌に施肥する。続いて、「耕起・播種・覆土」。播種計画に基づき、天候と土壌の状態を確認しながら、種をまき土で覆う。
以上の流れで栽培が本格的に始まった後に行うのは、「生育調査」。熊本工場に所属するフィールドマンが各圃場を定期巡回しながら草丈・色・異常などを確認し、各圃場ごとの収穫計画を立案していく。そして、「収穫」。栽培記録と圃場リスク評価などの検査を行い、刈り取る。その後ただちに熊本工場へ輸送され、一次加工を終える。
こうした栽培から収穫までの流れを、熊本工場は毎シーズン、PDCAサイクルを回しながら行う。PDCAとはすなわち、事業計画・栽培計画(Plan)、栽培から収穫(Do)、生育調査・格付け(Check)、栽培指導・教育(Action)──そして、このサイクルの中心軸を担うのが「スマート農業」だ。

当日収穫・加工の背景にスマート農業
スマート農業とは、ICTやIoTといったテクノロジーを活用しながら、農作業の効率化をはじめ省力化、高品質化などを図る、IT時代の新たな農業スタイル。農業を巡る世界的な課題である異常気象への対応など、持続可能な農業への貢献が期待されている。日本では、以前から一部地域がコメの栽培に導入しているという。東洋新薬が大麦若葉の栽培にスマート農業を取り入れたのは、2019年だった。
同年、東洋新薬は熊本工場を含む4社で形成したコンソーシアムを通じて、スマート農業の実現に向けた農林水産省「スマート農業技術の開発・実証プロジェクト」事業を受託。大麦若葉の栽培から加工までにおけるジャストインタイム技術体系の構築を目指し、約2年間にわたり実証事業を行った。その成果が、同工場が現在推進している大麦若葉のスマート農業だ。
生産者が日々記録する「営農支援ソフト」、遠隔カメラをはじめ気象予測や土壌想定などの環境センシング技術、そして「V-JIT(Visual Just-In-Time)システム」と呼ばれる収穫期判断システムなどを連動させた栽培管理システムを構築。熊本工場は、同システムによって大麦若葉の当日収穫・当日加工(ジャストインタイム)と工場の安定稼働を成り立たせている。
このデジタルデバイスを様々活用した栽培管理システムは、パソコン等のディスプレイに表示される地図上に、同工場で栽培管理している全ての圃場の全貌を土壌状態なども含めて「見える化」するとともに、営農システムに蓄積された過去の生育データ、気象庁の天気予報、平均気温予測などを総合的に分析することで、生育予測や収穫適期を把握できるようにしている。
農水省に採択された実証事業の結果では、システムを導入した圃場で収穫断念率が8割削減できたほか、圃場から熊本工場への受け入れ拒否率がゼロ%になった。また、生育調査のために各圃場を定期巡回するフィールドマンの作業負担が29%軽減されるなどの成果を挙げたという。
このように、熊本工場は、農業に先端技術を取り入れることでも、「栽培の標準化」を図っている。サプリで言えば、GMP管理による製品の均質化だろう。その上で、「私たちは農業を生業にしている」と熊本工場の工場長は語る。そして強調するのは、農産物の付加価値向上につながる「有機栽培にこだわっている」ことだ。
有機JAS+グローバルGAPのダブル認証
有機JAS認証とGLOBAL G.A.P.(GGAP)認証のダブル認証を取得──東洋新薬が熊本で栽培している大麦若葉のいくつもの圃場の中には、そうした有機圃場がいくつかある。同社単独ではなく、同社を母体としつつ、地元の生産者や生産団体などと一体になってダブル認証を維持管理している。
GGAPとは、国際的に実践されている「適正農業規範」(Good Agricultural Practices)のこと。第三者機関からGGAP認証を受けることで、農作物の生産段階における安全管理、環境管理のほか、持続可能な生産活動を続けるための国際的な規範に従っていることが証明される。欧米を中心とする海外へ農産物等を売り出す際に求められる認証で、同社と熊本工場は、2012年に最初の認証を取得した。
同社は、栽培管理している大麦若葉の有機JAS圃場の面積を開示していない。ただ、ここ熊本は、北海道に次いで有機栽培が盛んな地域と言われ、全国の有機JAS圃場の約5~7%を占めるとされる。同社の有機JAS圃場は、そのような地域においても決して小さくない面積があり、その大半がGGAP認証をセットで取得しているという。
一方で、有機認証登録を行っていない圃場も当然、ある。そこでは農作物の一般的な栽培方法である慣行栽培を行っている。「有機栽培は非常に手間暇がかかる」(熊本工場・工場長)こともあって、栽培面積としては慣行栽培の方が圧倒的に大きい。だが、そこにおいても栽培期間中は、農薬を使わない栽培を貫いているという。
こういった手間暇のかかる栽培は、熊本を拠点にしているからこそできることなのかもしれない。「熊本は有機栽培に重要な畜産や酪農が盛んな地域です。これらがあることで有機圃場の拡大につながっています」(同)。

半導体や異常気象…それでも目指す持続可能な農業と加工
ただ、そのような熊本も変わりつつある。
世界的な半導体メーカーが進出してきたからだ。「超」が付く巨大工場が竣工されたことで、失われた畑がかなりあるとされる。
畑だけではない。地域経済にも影響を及ぼした。工場稼働で雇用環境が大きく改善された反面、高賃金の求人がざらにある半導体関連産業を除くと人材不足と人件費の高騰に直面している。
農業と半導体産業をどのように共存させるか──熊本が抱えた新たな課題は、大麦若葉の栽培を持続できる環境をどのように構築していくのかという課題と地続きだ。「我々にとって最大の競合相手は今、半導体です」。熊本工場の工場長は真面目にそう話す。
その上で、燃料コストをはじめとする様々なコストの上昇に対応しなければならない。さらに、近年の異常気象も、重大な「競合」になっている。
農産物を相手にしている以上、気象との闘いは避けられない。だが、最近のゲリラ豪雨や急激な気温の変化などといった極端な気象は、生育や収穫適期の予測をこれまで以上に難しいものにさせているという。
そのことは、工場の安定稼働にマイナスの影響を及ぼす。IT技術を活用して生育などを予測するスマート農業を導入しているとはいえ、「完璧に予測できるとは言えない」(同)のが実情だ。
それでも、「あまりにおかしな天候」(同)に見舞われた今期栽培シーズンにせよ、一次加工量は目標に十分届くという。なぜか。
その答えは、本連載の中編で取り上げた、一次加工の製造ラインを複数保有する熊本工場の生産能力の高さにある。
「(シーズンの)前半は不調でしたが、3月に入ってから挽回できました。もともと動かす予定のなかったラインを1本、稼働させたからです」(同)。
逆にいえば、状況に応じて稼働させられる製造ラインを備えていなければ、供給がひっ迫したおそれがあったことになる。
生産能力だけではない。人にも支えられている。生産量を目標に届かせることができるのは、予定外の稼働に協力する工場の従業員やパートタイマーなどが存在するからだろう。それは生産者らも同様だ。工場長はこう話す。
「私たちが契約している生産者の中には、もう20年近くお付き合いいただいている方もいらっしゃいます。多くの生産者が自力をつけてくれていますし、皆、栽培に自信をもっている。それはやっぱり、(熊本工場の)20年の歴史の中で培ってきたものだと思っています。私たちは、そうした生産者の力をお借りしながら、大麦若葉を栽培しているのです」
(了)
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