水産白書に見る消費拡大の工夫 栄養成分を活かした機能性表示食品による拡大策も
政府は6日、令和6年度の『水産白書』を閣議決定し公表した。同書では、6年度の水産動向および7年度の水産施策をまとめた。特集テーマとして「海洋環境の変化による水産業への影響と対応」が掲げられ、近年顕著となっている海洋熱波、海面水温の上昇、黒潮の大蛇行、さらには海洋酸性化といった環境変動が、水産資源および水産業に及ぼす影響と、それに対する各地の対応事例が取り上げられている。
一方、水産物を取り巻く国内の需要面においても、深刻な構造的課題が浮かび上がっている。
日本の食用魚介類自給率(重量ベース)は1964年度の113%をピークに低下を続け、2000〜2002年度には53%と最低水準にまで落ち込んだ。さらに、1人当たりの年間消費量(純食料ベース)も、01年度の40.2kgから減少傾向が続き、23年度には21.4kgと過去最低水準を記録した。白書では、魚離れの原因とその対策を講じている。
家庭で進む魚離れ~価格と簡便志向のはざまで
家庭における魚介類の購入動向を見ても、減少傾向は顕著である。24年の1世帯あたり年間購入量は18.1kgと、前年比2%減となり、支出金額も4万600円で1%の減少となった。20年に新型コロナウイルス感染症の影響で家庭内調理が増えたことで、一時的に魚の購入量は上昇したが、その後は再び減少に転じている。
この背景には、22年以降の生鮮魚介類の価格高騰がある。世界経済の回復、円安による輸入価格の上昇、そして国内生産量の減少が重なり、消費者物価指数は急上昇した。24年の物価指数は横ばいにとどまったものの、消費量は引き続き低下している。
日本生活協同組合連合会の調査によれば、「より安い魚に切り替えた」と答えた人が6%にとどまる一方で、「購入頻度や量を減らした」との回答は18%に達した。これは、肉(13%)や野菜(8%)よりも高く、価格上昇が魚の購入控えに直結している実態を示している。
さらに価格要因に加え、「調理が面倒」「骨を取るのが手間」、「ゴミ処理が煩わしい」といった簡便化志向が消費を下押ししている。25年1月の日本政策金融公庫の「食の志向調査」によれば、健康志向、経済性志向、簡便化志向が上位を占める中、簡便化志向は2008年以降一貫して上昇傾向を示している。
消費拡大に向けた政府の取り組み
こうした構造的課題を背景に、水産庁は水産物の消費拡大に向けた取り組みを強化している。22年10月からは、毎月3〜7日を「さかなの日」と定め、特に11月3〜7日を「いいさかなの日」として、広報・販促活動を集中的に実施している。加えて、消費者への情報提供、商品価値の訴求、知的財産の保護を通じ、消費の底上げを図っている。

学校給食を通じた次世代への魚食教育
若年層に魚食文化を定着させるには、家庭だけでなく学校給食の場を活用した食育が欠かせない。第4次食育推進基本計画(21年策定)では、地場産物の活用を通じた地産地消の推進が明記されており、今年度までに地場産物の使用割合を維持・向上させた都道府県の割合を90%以上にすることが目標とされている。
特に水産物の導入にあたっては、価格の安定、供給体制、調理設備・技術といった課題があるが、地域の水産関係者と学校側の連携により、低・未利用魚の活用や地元漁業への理解促進など、教育と消費を両立させる取り組みが進んでいる。
科学が示す水産物の健康効果
水産物には、健康維持に資するさまざまな栄養素が含まれている。DHA・EPAといったオメガ3系脂肪酸は脳の健康維持や血圧降下、抗炎症作用などが科学的に証明されており、医薬品としても活用されている。また、魚肉たんぱく質は必須アミノ酸をバランス良く含み、消化吸収性に優れる。
加えて、タウリン、カルシウム、ビタミンD、鉄分、そして海藻類に含まれる水溶性食物繊維(アルギン酸・フコイダン)なども、腸内環境の改善や生活習慣病の予防に有効とされている。
これらの栄養成分を背景に、ブリ1件、カンパチ1件、イワシ2件、サーモン1件、マダイ1件、クジラ2件の生鮮魚介類が機能性表示食品として届け出されており、科学的根拠に基づいた健康価値の訴求が期待されている。

情報提供と信頼性向上への対応
水産物を選ぶ際の基準として、表示制度の整備も重要である。食品表示法に基づき、加工食品では重量割合1位の原材料の原産地表示が義務付けられており、水産物では水域名や養殖場所在地が明記される。
さらに、24年9月からは機能性表示食品制度において、健康被害が疑われる事案の報告義務や、新規成分に対する専門家の意見聴取制度が導入され、消費者の信頼確保に向けた対応が進められている。
持続可能性と地域資源保護の両立
持続可能な水産物の利用に向けては、水産エコラベルの活用も進んでいる。MEL(日本)、MSC(国際)、ASC(養殖)などが、国連FAOのガイドラインに沿ったGSSI認証を取得しており、信頼性の高いラベルとして国際的にも通用する存在となっている。
加えて、地理的表示(GI)制度により、「枕崎鰹節」「指宿鰹節」など計19産品が登録されており、EU・英国との経済連携協定によって海外でも保護されている。こうした地域ブランドの保護と国際展開は、国内外の販路拡大と産地の自立に貢献する。
水産消費復興に向けた3本柱
『水産白書』では、水産物の消費減少を一過性ではなく構造的課題として位置付けている。その上で、「健康価値の訴求」「わかりやすい表示」「次世代教育」という三本柱を軸に、水産消費の再構築を図る方針を明確に示している。消費者にとって魅力ある商品情報の提供と、日常の中で無理なく取り入れられる魚食の提案こそが、持続可能な需要創出の鍵を握る。
【田代 宏】
『水産白書』はこちら(水産省HPより)