機能性表示食品、法令化必要だった理由 消費者庁検討会、座長インタビュー記事を全文公開
健康被害情報の収集と行政機関への報告等を届出者に義務付けるなどとした改正・機能性表示食品制度が一部施行されてから2カ月余りが経過した。来年4月1日には、届出遵守事項の自己点検・評価、その結果の消費者庁への報告義務化(要件化)など、未施行部分の施行を控える。
機能性表示食品制度施行から10年。この間、運用面を中心に制度の見直しは繰り返されてきた。しかし今回の見直しは、従来のそれとは様相が大きく異なる。あらゆることが法令化されたからだ。そのことが、あるいはその理由や意味が、どこまで業界に浸透しているだろうか。
今回の制度改正の方向性を決定付けたのは、消費者庁が今年4月から5月まで開催した「機能性表示食品を巡る検討会」の提言だと言える。ウェルネスニュースグループが発行する会員向け専門誌『Wellness Monthly Report』の今年7月号では、検討会座長を務めた中川丈久・神戸大学大学院法学研究科教授(=写真)のインタビュー記事を掲載。中川氏はインタビューで、この制度は「まだ始まってさえいない」と指摘しつつ、行政法を専門とする法学者(法律家)だからこそ見えた制度の課題や、検討会の提言の意図、目的などを語った。改正・機能性表示食品制度に対する理解の広がり、深まりに資するよう、記事の全文を公開する。
最初に受けた印象、「入り口」しかない
──中川さんは検討会の第2回(4月24日)の終盤、「これでよく制度が回るなと不思議に思う」と発言しました。「これで」とはどういうことですか?
中川 法律の専門家として率直な感想を述べたまでです。機能性表示食品は食品表示法の規定に基づく内閣府令で定義付けられています。この内閣府令とは「食品表示基準」のことです。法律の細部を、内閣府令などで規定すること自体に何も問題はありません。ですが、食品表示基準を初めて読んだときにとても驚きました。「届出しか定めてないじゃないか」と。
普通、届出だけで制度を動かすことはできません。機能性表示食品は届出者が自ら有効性などを確認して消費者庁に届け出るものですが、届け出た後にいろいろ判明したときにどうするかに関する規定が府令に何も書かれていないのです。届け出た内容が虚偽であった場合、事故が起きてしまった場合などに関する定めがない。言うなれば、制度の入り口を作っただけという印象を受けました。このような制度は見たことがない。入り口しか定めていないのにこれまでよく制度を回せてきたな、というのがこの制度に対する最初の率直な感想でした。
──ですが、ガイドラインはとても分厚いものになっています。
中川 法令に届出しかないからそうなったのだと思います。おそらく、制度の運用を始めた消費者庁はすぐに危機感を抱いたのではないでしょうか。そうした危機感が、ガイドラインの分厚さに表れているように感じます。行政は、制度を運用していくために何が必要なのかを理解しています。実際、ガイドラインには、実務的なルールがしっかり書き込まれています。
ただ、ガイドラインは通知であって、法律でも府令でもありません。私たち法律の業界では「委任立法」と呼ぶのですが、法律は大枠だけ定めて、細部については法律に書かず、国会が行政に委任して立法させることが一般的にあります。「府令」や「省令」などと呼ばれるものが委任立法です。府令や省令などがさらに再委任することもあります。法律と府令その他の委任立法をあわせて「法令」と呼びます。すべて法的拘束力があります。一方で、通知は法令ではありません。法令が規定しないことを通知に書いたところで、それは事業者に対する行政からのお願いに過ぎません。「お願いベース」であって、法的義務ではありません。
通知を主体に運用されてきたのがこれまでの機能性表示食品制度です。届出をした事業者が行政法を知っている弁護士を連れてきて、「ガイドラインは通知なのだから別に守らなくても法的には問題ないですよね」と言うことがあると聞きました。これは事業者が悪いわけでは決してありません。法令で事業者の遵守事項を定めないから、そのように言うことができてしまうのです。
私のような法律家から見れば、機能性表示食品制度が抱える課題と、改善策はすぐに分かりました。何を届け出るかだけでなく、届出後に事業者が遵守すべきこと、つまり届出者の行為規制を、通知ではなく法令に定めればいいのです。ガイドラインの中身を法令に引き上げ、事業者に求める新たな遵守事項も法令で定めることで、この制度はかなり改善されます。検討会の構成員の中で法律の専門家は私だけでしたから、議論を進めていく最初の段階でそのように発言させてもらいました。
分厚くなったガイドライン、危機感あった証拠
──法律と違い、府令は、行政が比較的自由に作れるものであるにもかかわらず、これまでそれが作られなかった理由について、中川さんは朝日新聞のインタビュー(6月6日付朝日新聞デジタル)で規制緩和が影響したとの見方を語っています。どういうことですか?
中川 府令に届出と表示内容しか定めなかったこと、制度が始まってから今回の問題が起こるまで9年間もそれが改善されなかったことの理由は私にも分かりません。ただ、機能性表示食品制度もその一例ですが、規制改革という大波が長年にわたって続き、その矢面に立たされてきた霞が関全体に、産業に負担をかけてはならないという考えが、なにかねじれた形で根付いてしまったのではないかと懸念しています。
機能性表示食品のガイドラインがあれほど分厚くなったということは、府令に規定されたことだけでは不十分であることを行政としても分かっていたことの証拠です。検討会が届出者に義務付けるよう提言したサプリメント形状のGMPに基づく製造工程管理にしても、ガイドラインでは「強く望まれる」として推奨しています。行政が「推奨」と言う時の本音は、「絶対にやって欲しい」なのです。そうであれば、はじめからGMPを府令やそこから再委任する形で、法令として定めておけばよかった。ですが、それをしなかった。もう一歩、踏み込むことができませんでした。それが行政の怠慢だとは思いません。彼らとして必要な規制なのだと分かっていても、なかなか法的な義務にまで昇華させられなかった。行き過ぎた忖度があったかもしれず、これは良くない傾向だと思います。朝日新聞の取材では、そのことを「重し」と表現しました。
規制改革は必要です。ただ、緩和してはならない事柄もあります。例えば、安全性がそうです。安全性に対する規制の圧力を下げてしまうと、今回の問題のように、業界全体が損害を被ることもあります。消費者のためにも、業界のためにも、安全性の確保に関しては最初から法令で規制しておくべきでした。規制改革とは本来、バランスを取ることです。規制するべき事柄と、規制をなくすべき事柄をしっかり分けて、メリハリをつけた規制の姿にしていくことが規制改革です。
──「紅麹サプリ」事件後、機能性表示食品制度の廃止を求める声が国会でも上げられました。一方で検討会の議論は当初から、制度存続、制度改善の方向で進められました。強く疑問視された事業者責任に基づく機能性表示の仕組みであったり、届出制であったりの是非も議論されていません。なぜでしょうか。
中川 もし今ある届出制を維持しないのであれば、届出制の機能性表示食品よりも「上」、許可承認制のトクホ(特定保健食品)よりは「下」、そのような新しい食品表示制度を一から考える必要があります。ですが、消費者庁は内閣官房長官から、5月末までに制度の今後のあり方を取りまとめるよう指示されていました。その条件の下では誰に尋ねても答えは同じだと思いますが、制度を一から考えていたのでは到底、間に合わせることはできません。そうすると、届出制の機能性表示食品を維持し、現行の制度を改善していく以外の選択肢は考えられない。私は、素直にそう考えました。消費者庁も同じ考えであったと思います。
行政法を専門にする私に言わせれば、法令上の規定が届出と表示内容だけの機能性表示食品は、まだ始まってさえいない制度です。「建設中」と言ってもいい。それなのに走らせてしまった。ですから、まずは法令をしっかり立て直し、制度としていったん完成させる。それでもダメなら切り捨てればいい。誰に言われた訳でもありませんが、私はそのように考えました。そういった私の考えに、異論が出てくることも予想していたのですが、他の構成員の先生方から反対の声は上がりませんでした。届出制維持、制度改善の方向で議論が進んでいったのはそうした理由です。
規制しすぎではない 当然のことを求めた
──しかし、検討会の提言を全面的に取り入れた制度見直し策を政府が示した後も、制度廃止論はなくなっていません。
中川 この制度を廃止すべきだという主張は、機能性表示食品の安全性を問題にしているのか、そうではなく、表示する機能性の科学的根拠を問題にしているのか。どちらなのでしょうか。それぞれ問題の本質は違うのですから、まずはそこをはっきりさせるべきだと思います。小林製薬の製品で起きた事故の原因は現在も究明中ですが、ポイントは、機能性表示食品に限らず、口に入れるもの全てについて起きた可能性があるということです。それは安全性の問題であって、機能性に関する問題ではありません。
制度見直しの方向性を検討するよう求められた我々は、時間がとても限られていたこともあるのですが、最初に、安全性の問題と機能性の問題を明確に切り分けました。その上で、少なくとも機能性表示食品であれば、同じような事故や問題の再発をできるだけ防げるように、製造工程管理や健康被害情報の取り扱いなどといった安全性に関わる部分での制度の見直しに論点を絞りました。
機能性関与成分(米紅麹ポリケチド、実質的にモナコリンK)の食薬区分に関しても議論になりましたが、少なくとも現在の行政実務においては、医薬品としてしか使えないものではないということが検討会の第2回で明確にされました。また、この食薬区分を見直し、個別の成分について医薬品として規制すべきかどうかという議論は、科学的な検証が必要になりますから、制度の見直しの方向性を短期間で示さなければならない今回の検討会の範ちゅうを超えると整理され、今後の検討ということになりました。ただ、新規の機能性関与成分などの安全性の確認については、届出時に専門家の意見を聴く仕組みの導入を提言しています。
──規制を厳しくしすぎると、無規制の「その他のいわゆる『健康食品』」に流れる結果に陥ると、検討会の第1回(4月19日)で三浦公嗣構成員が指摘しています。
中川 私も同じ考えです。検討会が取りまとめた提言は、機能性を表示しながら販売できる食品の制度として当然のことを求めているだけだと認識しています。安全な商品を消費者に提供したり、健康被害の拡大を防止したりするために必要な仕組みを府令等で義務付けるよう提言しましたが、そうした義務は、機能性表示食品を製造したり、販売したりする事業者が最低限、自発的に取り組んでおくべきことです。そのように最初から府令で定めておくべきであったこと、事業者が取り組んでいて当然であろうことを実行するよう求めた我々の提言は、三浦先生がおっしゃった「規制しすぎてはダメだ」という意見と、私の中ではしっかり呼応しています。
結局、トクホが厳しすぎるから、それより緩い機能性表示食品にどんどんと流れていったのだと思います。それなのに機能性表示食品をなくしてしまったり、規制を厳しくしすぎてしまったりすると、今度は規制のないところに流れていってしまい、状況がもっと悪くなる本末転倒が起きてしまう恐れがあります。
機能性表示食品の良いところは、安全性や機能に関する科学的根拠が消費者庁のホームページに掲載されていることです。実は、根拠を公開するような制度はなかなか珍しいのです。トクホも科学的根拠に関する情報は非開示ですから、法律家の私から見ても、機能性表示食品は公明正大なところがあります。外部の専門家などが根拠にクレームを入れることで是正することもできます。科学的根拠に対して問題提起するような専門家はごく一部であるとのことですが、おかしいことはおかしいと、専門家からもっと発信して欲しいと思います。そのような行動を人々が起こすことを予定して初めて成り立つのが、機能性表示食品という規制緩和施策であると思います。「事業者の責任において」とは、そういう意味です。
──検討会は、サプリメント形状の最終製品の製造・品質管理にGMPを義務化すべきだと提言しました。原材料に関しても同様にする必要はありませんか?
中川 私自身は原材料も含めてGMPの義務を掛ければよいと考えていました。ただ、日本の食品全般が抱える課題だとも言えますが、輸入品が非常に多い。輸入品の製造過程に対してもGMPの義務を掛けることは法的に不可能ではないのですが、検討会の結論としては、最終製品を製造する事業者が原材料の受け入れ時に同等性や同質性の確認を実施するよう提言することになりました。勘違いしてもらいたくないのは、最終的にその義務と責任を負うのは届出者であるということです。我が社は販売するだけで原材料も最終製品も製造していないからGMPは関係ない、ということには一切なりません。
検討会の提言、立法の参考にも
──検討会の提言によって、機能性表示食品制度をブラッシュアップさせる道筋が整ったと思います。一方で、機能性表示食品以外の健康食品をそのままにしておいていいのか、という意見は健康食品業界内にもあります。
中川 その意見は検討会でも絶えず出ていました。そのため、検討会の議論をトクホにも適応すべきであり、機能性表示食品以外のサプリメント形状の加工食品に関する規制のあり方についても今後の検討課題とすべきだ、と報告書で提言しています。いずれ消費者庁や厚生労働省で検討され、健康被害情報の報告義務やサプリメント形状に関してはGMPの義務が課されていくものと考えています。
今後、機能性表示食品制度に対して問題提起していくのであれば、むしろ、「その他のいわゆる『健康食品』」も合わせて問題にすべきです。機能性表示食品と違って無規制なのだから、食品表示法や食品衛生法の改正なのか、新法制定なのかはともかく、幅広く規制をかけていく必要があると訴えていくべきだと思います。検討会でも、構成員と、意見聴取した業界団体の双方から、いわゆる「サプリメント法」の制定を求める意見があがりました。
今回の我々の提言は、あくまでも機能性表示食品を対象にしたものですが、より一般化すれば、機能を表示する食品に最低限求められる法令上の仕組みを整理したものと言えます。今後もしサプリメント法のような法律の立法を検討していくのであれば、今回の報告書の内容を参考にするといったこともできるのではないかと考えています。表示するにせよ、暗示するにせよ、機能をうたわない健康食品は存在しないはずです。そうしたものを例えば「サプリメント」と呼ぶのだというふうに、どこかで結論を出していく必要があると思います。全ての健康食品はいずれ、トクホのような承認系と、機能性表示食品のような届出系の大きく2種類に整理されていくのではないでしょうか。
──中川さんはサプリメント法の制定に賛同しますか?
中川 私は健康食品の専門家ではありませんし、法律を作るべきだと旗を振る立場でもありません。ただ、反対もしません。
私自身は、広告の問題をとても憂慮しています。一昨年、消費者庁の景品表示法検討会の座長を務めたことも影響しているかもしれません。「巡る検討会」ではほとんど主張しなかったのですが、機能性表示食品やいわゆる健康食品について、明らかに行きすぎの広告が氾濫しています。数が多すぎて当局の法執行が間に合っておらず、ほとんど野放しに近いと感じます。パッケージ表示からウェブなどの広告表示まで、食品表示法と景品表示法がしっかりとタッグを組むかたちで、表示の是正に取り組んでもらいたいと考えています。
──ありがとうございました。
【聞き手・文:石川太郎、取材日:2024年6月21日】
関連記事:機能性表示制度見直しのポイントは? 巡る検討会構成員、宗林さおり氏に聞く
:「サプリはプロフェッショナルの世界」 巡る検討会、合田幸広氏に聞く
:「食品機能研究を後退させてはならない」 巡る検討会構成員、西﨑泰弘氏に聞く
:「製造の全過程で医薬品レベルの安全性を」 巡る検討会構成員、富永孝治氏に聞く