元食品表示Gメンが米騒動に苦言 【寄稿】ちぐはぐな政府の防災対策が消費者に不安与えた
元食品表示Gメン 中村 啓一
10月30日に農林水産省が開いた「食料・農業・農村政策審議会食糧部会」をめぐりマスコミ報道が過熱する中、1993年(平成5年)に我が国を襲った平成の米騒動当時、農水省「消費者の部屋」の責任者として連日、消費者からの苦情に対応した元食品表示Gメンの中村啓一氏から寄稿があった。同氏は、備蓄米を放出することなく、高騰するコメ市場を放置し続けている農水省を一喝している。(編集部)
冷夏と長雨の影響でその年の全国の作況指数が74と、戦後最低を記録した。政府保有の備蓄米23万トンを放出しても200万トンが不足する事態となったことからコメ不足が深刻化し、同年末から翌年にかけて平成の米騒動といわれる騒ぎとなった。
筆者はこの時、農水省に設置されている「消費者の部屋」を担当していた。連日、窓口の責任者として消費者などからの問い合わせや苦情の矢面に立った。当時、農水省は不足分を緊急輸入で補うとしたが、タイ産米からネズミの死骸が見つかったとの報道もあり、輸入米に対する不安から、米穀店からも国産米が消える事態となった。
今回の米不足問題は、過去の米作政策などがさまざまな視点から議論されているが、筆者が注目しているのが「食料・農業・農村基本法」で定める「食料安全保障(良質な食料が合理的な価格で安定的に供給され、かつ、国民一人一人がこれを入手できる状態をいう。)の確保」の視点からの国民の主食であるコメの不足に対する政府(農水省)の責任である。
農林水産省は、「備蓄米は大凶作などの連続した不作の時に対応するもので、今回のような買い込み需要などによる一時的な品薄に対する放出は行わない」としているが、「食料・農業・農村政策審議会食糧部会」が示す「備蓄運営の基本的な考え方」では、基本指針の見直し後であっても「不作以外の災害等による緊急事態により、主食用米等の需給見通しに沿った「主食用米等供給量」の確保に支障が生じる場合であって、農林水産大臣が必要と認めるときは、その供給量の減少分を備蓄米により代替供給できる」としている。
これを踏まえて、店頭からコメが消えた8月の状況を振り返る必要があると考える。
8月8日午後4時43分頃に、日向灘を震源とする最大震度6弱、マグニチュード7.1の地震が発生したことから、同日、気象庁が「南海トラフ地震臨時情報(巨大地震注意)」を発表した(8月15日終了)。これを受け、「南海トラフ地震津波避難対策特別強化地域」に指定されている関東から九州にかけての自治体も、一斉に地震への備えを住民に呼び掛けた。
この事態を背景に、8月に起きた消費者のコメの購買行動の変化を政府統計で見ることができる。
8月の家計調査では、 2人以上世帯のコメの消費支出が2,797円、前年同月比 34.5%の増加となっている。一方、小売物価統計は、8月のコメの価格が2,772円、前年同月比128%(東京都区部コシヒカリ以外の単一銘柄米)であり、価格上昇分を考慮しても通常では見られない需要が発生しており、この傾向は関東・関西の大都市圏で顕著であったと推測できる。
農水省も、防災への備えとして食料品を多めに買い置きすることを奨励しており、コメについては一週間分大人1人2キロを目安としている。
今回のコメ不足騒動で得られた教訓は、「南海トラフ地震臨時情報」を受けての消費行動を「農林水産大臣が必要と認めるとき」ではなく「買い込み需要などによる一時的な品薄」で片づけてしまったことにあると考える。事実、8月は米だけでなく、パックご飯や即席めん、飲料水も店頭から消えるなど消費者に不安を与えることとなった。
「南海トラフ地震臨時情報」を発出すれば、食料備蓄用の仮需要が発生することは容易に想像でき、本来その時点で備蓄米放出の可能性を検討すべきだったが農水省は当初から流通に影響があるとして否定的であり、政府内での防災対策がちぐはぐだった感は否めない。令和の米騒動とまでいわれる事態に、就任前の石破総理も「新米が出回るまでのごく短い期間の備蓄米放出は選択肢の1つ」と発言している。
折しも、11月1日に石破総理提唱の防災庁設置に向けて準備室が発足した。今回の教訓を踏まえ、防災庁が防災対策の司令塔として機能することを期待する。
<中村啓一氏プロフィール>
1968年農林水産省入省。その後、近畿農政局 企画調整部 消費生活課長、消費・安全局 表示・規格課 食品表示・規格監視室長、総合食料局 食糧部 消費流通課長などを経て2011年に退官。著書:『食品偽装・起こさないためのケーススタディ』共著(ぎょうせい)2008年、『食品偽装との闘い』(文芸社)2012年など。
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