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機能性研究最前線、脳神経にも有用性 【コラーゲン特集】宇都宮大農学部研究グループが報告

 経口摂取したコラーゲンペプチドは脳神経機能にも有効性を及ぼす──そんな研究成果が最近になって報告された。今のところ動物試験で確認できたにとどまるが、消化吸収されて血中へ移行するコラーゲン由来の低分子ペプチドが脳まで届いて脳神経系に作用し、メンタル(うつ状態)を改善させたり、認知機能を向上させたりする可能性があるという。

 研究を行った宇都宮大学農学部応用生命化学科の水重貴文准教授と蕪山由己人教授は、「メカニズムの解明など検討課題はまだ残されている。研究がさらに進むことで、脳の健康増進や疾病リスクの低減に貢献できれば」と話す。

血中に移行する低分子ペプチド

 コラーゲンはタンパク質の一種。ヒトを含めた動物の生体内に存在するタンパク質として最も多く、およそ3割を占めるとされる。特に、皮膚や骨、軟骨、血管などに多く存在するタンパク質でもあり、それら生体組織の構造維持に重要な役割を果たすと考えられている。

 健康食品やサプリメントなどの原材料として利用されるコラーゲンペプチドは、豚や魚類などの皮などから得られるコラーゲンを熱変性させたゼラチンを原料したもの。ゼラチンを酵素などで分解することで得られる。ペプチドとは、アミノ酸が数個から数10個程度重合したもので、アミノ酸の配列によって一定の機能を持つペプチドが存在する。

 食事などを通じて外部から生体内に摂り入れる食品タンパク質由来のペプチドは、消化酵素や代謝によってさらに分解される。健康食品などとして口から摂取されたコラーゲンペプチドも同様に分解されていく。

 だが、全てがアミノ酸にまで分解される訳ではない。2つのアミノ酸がつながった「ジペプチド」や、アミノ酸が3つ結合した「トリペプチド」など、代謝や分解などを受けて、より低分子化されたペプチドの形で血中に移行し、体内を循環しながら皮膚などの組織に移行することが分かっている。

 血中に移行するジ・トリペプチドも、ある程度特定されている。「プロリン」とコラーゲンに特有のアミノ酸である「水酸化プロリン(ヒドロキシプロリン)」が結合したジペプチド(Pro-Hyp)や、プロリンとヒドロキシプロリンのほかに「グリシン」が結合したトリペプチド(Pro-Hyp-Gly)などがそれで、それらコラーゲン由来の低分子ペプチドは、生体組織に対する生理機能を有すことも分かっている。

Pro-Hypが血中から脳へ移行

 高感度な測定や物質の同定、配列決定などを実現する質量分析技術の発展にともない、そうしたことがここ10年で明らかにされてきた。その中で、経口摂取したコラーゲンペプチドから分解、代謝されて血中に移行する低分子ペプチドが脳まで届くかどうか、脳に対して生理機能を示すかどうかに興味を抱き、動物を使った研究を進めたのが、宇都宮大学農学部応用生命化学科の水重貴文准教授と蕪山由己人教授らの研究グループだ。

 蕪山教授はコラーゲンペプチドなど食品タンパク質の体内動態や作用メカニズムを、水重准教授は食品由来ペプチドの脳神経調整作用をそれぞれ専門的に研究してきた経緯がある。水重准教授は研究結果をこう語る。

 「ラットにコラーゲンペプチドを経口投与して経時的に脳脊髄液を採取し、PO(プロリンとヒドロキシプロリンが結合したジペプチド)とOG(ヒドロキシプロリンとグリシンが結合したジペプチド)の量を測定しました。POとOGを測定した理由は、コラーゲンペプチドを摂取した後、体内循環する低分子ペプチドとして最も多く存在するのがPO、それに続くのがPOよりも大幅に少ないもののOGであることが分かっていたからです。

 測定の結果、PO量は投与後1時間まで徐々に増加し、少なくとも投与後3時間まで増加が維持されました。OGについても、POよりも低濃度ではありましたが、同様の挙動が示された。この結果が示唆するのは、コラーゲンペプチドを経口摂取すると、POなどコラーゲン由来の低分子ペプチドが消化吸収と体内循環の後、脳内に移行するということです。血液脳関門を通過するメカニズムは現在のところ不明ですが、脳内に移行することは間違いないと考えています」。

 蕪山教授も「間違いない」と話す。「血中から脳への移行を確認したのは我われだけではありません。我われと全く関連性のない研究室も同様の報告を行っていますから、我われの研究室特異的に見られた現象ではない。コラーゲン由来の低分子ペプチドは消化吸収された後、脳まで移行すると考えて間違いないと思います」。

うつ状態の改善、マウス試験で確認

 脳神経機能を調整する働きがあるかどうかも調べた。具体的には、マウスを使い、うつ状態を改善する働きがあるかどうかを調べたもので、試験に用いたのは、植物のショウガ(生姜)由来の酵素でゼラチンを分解した特殊なコラーゲンペプチド。一般的なコラーゲンペプチドよりも低分子化されているため、「ジ・トリペプチド態での腸管吸収や体内循環残の効率が(一般的なコラーゲンペプチドと比べて)高いと考えられる」(蕪山教授)という。

 抗うつ機能を調べる方法としては、定番の強制水泳試験を採用。この試験は、マウスを水槽に入れた後、逃避意欲を失って動かなくなる状態をうつ様状態と見なし、無動時間を指標にしてうつ行動を評価する方法だという。「抗うつ薬を与えると無動時間が減少することが知られています」(水重准教授)。

 試験の結果、「コラーゲンペプチドの経口投与により無動時間が減少し、抗うつ作用を示すことを見いだしました」と水重准教授。この結果を受け、次に、脳内へ移行するコラーゲン由来低分子ペプチドに着目して活性成分を検討した結果、「POの経口投与によって無動時間が有意に減少して抗うつ作用が認められました。一方、OGでは認められませんでした。POの構成アミノ酸であるプロリン、ヒドロキシプロリンの経口投与でもうつ様行動への影響は認められませんでしたから、POのペプチド構造が抗うつ作用に重要であることが示唆されます」(同)。

 この抗うつ機能を調べた試験には続きがある。うつ様行動の制御には脳の海馬の神経前駆細胞の増殖や分化が関わっているとする報告があることから、POが海馬の神経前駆細胞を増殖させるかどうかを調べた。

 その結果、POの投与によって増殖細胞数が有意に増加。また、仔マウスの海馬から採取し初代培養した神経前駆細胞に添加しても増殖が促進され、「POが神経前駆細胞に直接作用することが示唆されました」(同)。海馬における脳由来神経栄養因子と神経成長因子の遺伝子発現の有意な増加も認められたといい、「神経栄養因子の分泌促進が神経幹細胞の増殖促進を助けている可能性が考えられます」。

認知機能向上にも有用な可能性

 水重准教授と蕪山教授は、以上の研究成果を論文にまとめて2019年に発表。水重准教授は、コラーゲンペプチドを含む食品由来ペプチドの脳神経調整機能に関する研究で日本栄養・食糧学会奨励賞(2022年度)を受賞した。

 2人によると、コラーゲンペプチドの脳神経調整機能に関する研究は他にも行っていて、認知機能を向上させる可能性をマウス試験で見いだしている。水重准教授は語る。

 「論文発表はまだ行っていないのですが、コラーゲンペプチドの経口投与で海馬にも影響を及ぼすことが分かったために研究を進めました。

 海馬は、認知機能を制御する脳内領域の1つです。試験では、認知機能を評価する方法として確立されている物体認識試験を行いました。その結果、コラーゲンペプチドの経口投与によって物体探索時間が有意に増加しました。コラーゲンペプチドが認知機能向上作用を有することが示唆されます。ただ、その活性成分や作用メカニズムは必ずしも明確になっていません。解明を進めているところです」。

 食品由来の低分子ペプチドにはさまざまな種類がある一方で、脳神経系への機能が報告されているものは「非常に限られる」(水重准教授)。さらに、コラーゲンペプチドに限定すれば、「おそらく、初めて確認された機能です」と蕪山教授。「精神的ストレスによるうつへの対処や、認知機能の低下防止は社会的な課題。ですから我われが行った研究の意義は、日常的に摂取できるコラーゲンペプチドがその課題を解消できる可能性を見いだしたことにあると考えています」。

 蕪山教授はこうも語る。「我われとして直接実施するのは難しいですが、今後、マウス試験で認められたのと同様の効果がヒトに対しても認められるか検証する必要があります。

 その結果として、機能性表示食品などとして実用化されることを望んでいます。私たちのように農学部に所属する研究者は、医薬品ではなく食品の生理活性や作用メカニズムの解明などを行う研究を通じて、健康維持や疾病リスクの低減のほか健康寿命延伸に貢献していくことを目指していますから」。

【石川太郎】

(下の写真:コラーゲンペプチドの脳神経機能に及ぼす有用性を研究した宇都宮大学農学部応用生命化学科の水重貴文准教授(左)と蕪山由己人教授(右)。2人とも農学博士。蕪山教授と水重准教授が切り盛りする生物化学研究室では、コラーゲンペプチドをはじめとする食品タンパク質の新たな生理活性を見いだすとともに、体内動態や作用メカニズムの解明を目指す研究を行っている。

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