唐木東大名誉教授が受託2社に問う(3) 【座談会】受託製造から見た機能性表示食品の今
確実性が問われる中、根拠論文は1報でいいのか?
唐木 おっしゃるようにPRISMA2020と同2009は基本的には変わらないけれども、今回は確実性など厳しくなったところはありますね。確実性を言われると、1報で届出をやっているものは確実性はどうなんだという問題が出てくるんじゃないか。私はこの制度が始まってからずっと、ASCON科学者委員会で論文評価をやっていたのですが、委員会は原則2報以上じゃないと、これは確実でないよねという考え方だったんですけれどもね。これからそうなったら、かなり大変なことになりますよね。対応としては。でもその方が良いとお考えになるのかどうか、そこのところですね。
萩生田 なかなか手放しで良いとは言えないのです。個人的には1報のSRについて、臨床論文をSRにしただけで、そのエビデンスの質が上がるというのは基本的にはおかしいと考えています。ただ、消費者庁はそれを認めています。どういった理由か分からないのですけれども、科学的におかしいこと、消費者庁が認めていること、このバランスをどうするかというのが一番の問題でして、個人的に問題とは思ってはいるのですが、消費者庁が認めている限りでは、そういったことを進めていった方が良いのかなと、そこも迷っている部分ではあるんですけれども、そういういうふうに考えてます。
唐木 そうですね。信頼性という意味では厳しい方が良いに決まっているけれども、しかし、現実問題としてそんなに厳しくする必要があるのか?そこのところの問題もあります。ですから、厳しくすることは消費者のためでありながら、私はかえって消費者のためにならない面もあるのかなという気もしている。その辺の問題はあるだろうと思っています。
又平 まさに、PRISMA2020が始まるとこれまでやってきたSRのかなりの部分が問題になると思います。それが本当に良いのかどうかというところは、やはり真剣に皆で議論する必要あるのではないかと思います。とは言っても、制度としてそういうふうになる以上は、我々も対応していかざるを得ません。 先ほど三協さんがおっしゃったのですが、原料メーカーが行ったSRをそのまま鵜呑みにするのではなく、当社がしっかり考察、評価をした上で最新の知見をもって、事後チェック指針に則ったチェックをしていくというところは、今後も強化せざるを得ないと思います。独自で原料の開発も行っている中、当社なりの知見を原料メーカーと共有するという対応をしていくことになると思います。それと、ガイドラインの改正の趣旨をしっかり考慮して、当社が全て代行するというよりも、届け出た内容をしっかりとお客様にご理解いただけるサポートをし、二人三脚でレベルアップを図っていくっていうことが大事ではないかと考えます。
唐木 販売だけやってる会社が原著論文まできちんと理解することは難しいのではないか。また、改正ガイドラインにおいてこれから出る製品はともかく、過去に出ているものを事後チェック指針で見直すとなれば大変な作業になる。それが本当に可能なのか?必要なのか?どうでしょうか。
又平 中身はピンキリですが、見直す中で危ないものが多分いろいろ出てくると思いますので、そこは果たして本当にやるべきかどうかというところもございます。
唐木 そうですね。先ほど話したように、ASCON科学者委員会のお手伝いをやってきて感じるのは、評価がCとかDになっているものは早く見直した方がいいと思いますが、AやBであればそれは問題ないだろうと思います。事後チェックをどうするかというのは、むしろ新しい製品の届出より大変じゃないか。その辺の対応はぬかりがないということですね。
又平 はい。もう始まっております。
和田 過去の届出は大変ですね。
唐木 具体的にそれをどうするのか、怪しいものだけをピックアップしてやっていくのか、あるいは順番に全部やっていくのか。その辺は作戦がいろいろ必要ですね。
萩生田 優先順位を付けてですね。まず摂取目安量以下の論文をまず確認するということ。あと、そうですね、否定的な根拠論文と肯定的な論文が大体半々のものに関しては、摂取以上の論文であっても、それがダメになると訴求できない可能性があるので、それもまたチェックの優先度は高めとして、そういった優先順位をつけて粛々とやってくという対応方法を考えています。
求められる消費者庁の説明責任
唐木 優先順位をつけてやるのは大変いいと思うんですが、最後の線引きのところをどうするか。例えば、製品は例えば100mgで、論文は110mgだった。製品より少し高いところで有効性が示されているけれども製品(の含有量)はそれよりも低いからダメ。今回の消費者庁の措置を厳格に取るとそういうことになっちゃうわけですよね。薬理学的に言えば±10%ぐらいは誤差範囲だから同じと考えていいよというのは、科学者委員会の考え方なんだけれども、そこの線引きがない。また有効論文5対無効論文5の時にどう評価するのか、それが6対4だったらいいのか、7対3ならいいのか、そこの線引きどうするのか、これも全く指針がないわけですね。
萩生田 はい、ないです。
唐木 この辺のところ、私は消費者庁の説明責任としてきっちり出すべきだと思っているのですが、それがない状況でどう判断しますか?
萩生田 現状は消費者庁の判断に基づく、経験的基準になりますけれども、今言ったとおり、商品の摂取設定量以下の論文で肯定的なものがあるというのが1点。あとは半々になる場合は何かしら根拠をつけて届け出れば、現状としては受理されます。なので最初のチェックの段階では、消費者庁の考えをベースとしてやっていくべきだと思っています。これは一事業者としてです。ただ科学的には先生がおっしゃったとおり、そこの基準がどうなるかというのが一番の問題だと思いますので、消費者庁に働きかけつつ、基準が明確になった段階で確認するという作業は絶対に必要だと思います。
唐木 ありがとうございます。おっしゃることは非常によく分かります。今は、行政の基準が製品よりも低いところの有効性というんだからそれは守らざるを得ないし、5対5だったら何とか受理されそうだからあそこでやるしかないけれども、本当にそれでいいのかというところは、誰かが声を上げないと消費者庁も対応しない。それは業界団体がやることなんですけどね。
萩生田 そのとおりです。
又平 例えば、ちょっと具体的な話ですけど、ある商品でやられたSR、例えば一般の食品でやられたものがあって、同じ機能性関与成分だからサプリメントでも使えるかどうかというところは、しっかり外挿性を考慮して商品ごとに考察評価していく必要があるのではないか。今までのSRは、とにかく完成物が同じであれば、もうどんなやつも全部一緒くたに評価をしてしまっていたというところもありますので、そういうところも今後の新しいガイドラインの中ではチェックが厳しくなるのではないかと思います。
唐木 そうですね。同一性の問題ですね。薬理学的に言えば、化学構造が同じ、あるいは非常に類似した化学構造であれば作用は同一と考えてもおかしくないのですが、由来が違ったらどうかと。その辺のところも議論が必要なところです。
又平 一緒に入っている成分の効果はどうなのかとか。
唐木 やはり消費者庁に説明責任を果たしていただきたいところはたくさん出てきたという感じがしてます。それなしに措置命令だけポンと出されたんじゃ何をやっていいのか分からなくなってしまう。だから、疑問の余地が全くないとまでは言わないけれども、ある程度解消できるところまではちゃんと説明してねということです。これも、業界団体がはっきり言うべきだろうと思うんですけどもね。
又平 そのとおりだと思います。
88件のエビデンス再点検、6・30措置命令が契機に
唐木 次は原料会社および販売会社との関係についてということで、今回の措置命令を契機として、同一関与成分で同じ科学的根拠に基づく88件に対しても再点検が求められました。このような状況に陥る中で、皆さんの対応、さらに原料会社や販売会社に対する要望などございますか?
和田 88件の中に、私どもはヒドロキシチロソールを機能性関与成分として申請したものがありました。すでに受理実績もあった関係上、原料メーカーのSRを使用し、私どもは根拠論文の中身を精査することなく申請しておりました。今回、見直しをしなさいということですから、根拠論文を精査したところ、試験デザインなどのトータリティ・オブ・エビデンスに問題があると判断し、撤回の申し出をしたということが今回の現状です。大事なのは、社内でしっかりと点検をすること。
今回のことを受けて、当社は少なくとも製品の摂取設定量以下の根拠論文をしっかりとチェックをして出そうということに最終決定しました。販売会社に対しても、こういう論文を使い、このようなシステマティックレビューをし、このようなかたちで届け出資料を作りましたという内容を、これからは営業学術担当からお客様にご説明し、ご理解いただくことにしました。その時に、「全てが全て良いデータであるとは限らず、このようなリスクがありますがどうしましょうか」ということをお客様と共有しながら進めていこうと考えています。
萩生田 今回の措置命令は非常に衝撃的な事件ではあったにはあったんですけれども、個人的にはエビデンスを見直す良い機会になったと、肯定的に捉えようと思っています。こういった事件があったからこそ、原料メーカーにエビデンスは本当に大丈夫ですかという問い合わせも心理的にやりやすくなりました。エビデンスの質に関して販売者にご案内もしやすくなったので、その点では6・30措置命令というのはある意味、プラスに働いているのではないでしょうか。
唐木 私もエビデンスを見直す良い機会になったというのは確かだと思っています。ただ問題は、どこまで見直すのかというところです。どこまでという意味は、今まで出してきた根拠論文などで、かなり怪しいものがあるのはなぜなのか。これはさっきから話が出ているように、プラセボ対照試験を義務化しているために何とか有意差を出そうと思い細工をしている論文が結構あるのですね。そこまで遡って見直す。そして試験法をどうするのか考える。そこまで行って初めて本当の見直しだと私は思っているのです。その辺のところ、消費者庁がそこまでやるつもりは全然なさそうですが、でもそれをやらせるのはやっぱり業界なり、あるいは我々科学者集団なり、それからさっき言ったように消費者まで巻き込む。そこまで行って初めて、健康食品というのが適正な社会的な評価を受けるようになるのかなと思っていますけれども、どうでしょうか?
萩生田 先生の提唱する無処置対照試験。医薬品という分類で考えてしまうと、やはりプラセボ対照が1番と考えがちなのですが、そこは別物として考えて、食品に合った正しいものは必要だと感じます。効果量の少ないものを無理やりSRにして、これ効果がありますよというのは少し食品の観点から違うのかなと感じてはいます。それをどうするかというのは、当社1社では対応できないと思いますので、業界団体が中心になってそういった方向性を決めて動いていくというのは重要かなと思います。
又平 88件の中には私どものDHA・EPAの商品が入っておりました。当社としては、消費者庁が指摘する問題点をもう少し詳しく知りたかったのです。どういうふうに問題視しているのか、もう少し具体的な説明が欲しいと考え、ずっと質問を投げかけているうちにいつの間にか当社の2製品だけが残ってしまい、何だかクローズアップされてしまいました。決して意固地になって撤回をしなかったわけではなく、回答を待っていたら時間が過ぎてしまったというのが実情です。
つい先日、消費者庁に呼ばれて話をお聞きし、当社が質問していたところに関して一定の納得感のあるご回答をその場でいただけましたので、すでに撤回の手続きを済ませています。
従って、今後のためにも消費者庁には、単にトータルティ・オブ・エビデンスに照らしてどうですかということだけではなく、その中の何が具体的に問題なんだというところまで示していただきたい。業界全体にとってもそれが大事だと思います。おかしな点があれば、見直しは当然のことながらやっていくわけですけれども、その中で分からないことも山ほどあって、そういった点については今後、ぜひ消費者庁サイドとしっかりコミュニケーションを図りながらできるだけ教えていただいて、より良い方向性で進めていきたいなと思います。
唐木 私はよく頑張っていただいたという感じがしています。最初からもうこれはダメだと思ったらそれを取り下げていいのですが、疑問があるところは徹底的に議論した上で取り下げることですね。
EPA・DHAについてはね、私は十分議論の余地があると思います。30報以上の論文が届出されて、それで有効と無効を分けてSRすると、濃度作用曲線が擬似的に書けるのですね。そうすると400~500mgというのは大体30%~40%の有効性のところになるわけです。それより低い論文が1つという見方ではなく、トータルとして、濃度作用曲線から見て有効性を考えたらこれは認めるという議論があっても良かったと思うのですね。製品より少しでも低い濃度がないとダメという判定法では、製品濃度が論文濃度より100倍上でもいいのかという問題が起こる。そこら辺のところは議論を十分にしなくちゃいけないのだと感じています。
又平 そうですね。
唐木 3つの問題が指摘されましたが、EPA・DHAについては議論する余地は十分残ってると思いますが、残念ながらヒドロキシチロソールの3報の論文については私が見てもこれはダメかなということろですから、これは諦めてもらうしかない。
しかし、モノグルコシルヘスペリジンに関する論文については、減塩醤油をプラセボに使ったからダメだと消費者庁は言っている。しかしこれはプラセボ対照試験の教科書に書いてある上乗せ試験なのです。だから、これは立派なプラセボ対照試験なんです。だから議論する余地は十分あったのです。
減塩しょう油に、モノグルコシルヘスペリジンを入れて、減塩しょう油の量なんてもうわずかなものです。それで理論的には相互作用もあったり、相乗作用、相加作用と、可能性はゼロとは言えないけど、でも現実論としてそれはほとんどありえない。だから、普通のプラセボ対照試験のプラセボに減塩をプラセボにしただけの話であって、立派なプラセボ対照試験だから何も文句を言うところはなかった。それだけではなく、例えば酢酸製品のプラセボをご存知でしょうか? あれは酪酸で、完全に競争試験です。だからプラセボ対照試験じゃないのです。
ということは、プラセボ対照試験を義務化すると言いながら、消費者庁は競争試験を認めちゃってるわけですね。そうすると、なぜ減塩しょう油だけダメなのということになる。もう1つ言うと、ヨーグルト製品の対照は別のヨーグルトです。これも競争試験なんです。完全な競争試験でプラセボ対照試験じゃないものを、いろいろなところで認めているのに、減塩しょう油だけこんなに厳しくしたら後で困らないのかというような、議論はいっぱいある。我々研究者としては、消費者庁が言ったから正しいというのは、なかなか納得ができないところがありますよね。私も最近、日本薬理学会の雑誌『日薬理誌』の「最近の話題」に寄稿するなどして薬理学者に少しずつ理解してもらおうという努力はしてるのですが、また皆さんのご協力もお願いいたします。
(つづく)
【文・構成:田代 宏】
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