久留米リサーチ届出支援の全貌(後) 【九州・沖縄】福岡県の機能性表示食品サポート戦略
探索的な臨床試験から
一木 SRが作成できそうにない場合は、自ら臨床試験をやらないと届出はできませんよと言われた企業が、臨床試験はかなりお金がかかるのでと、そこでちょっと止まってしまっているところも結構ありますね。ですから、当初は臨床試験(目利き臨床試験)の支援事業なども少しやりました。これは探索的な臨床試験で、被験者数を減らし規模もかなり小さく行い、それを査読付き論文として投稿して、採用文献一報の研究レビューとして使うことができる場合もあります。その探索的な臨床試験の結果、残念ながら有意差が付かなかったとしても、1つの評価指標の境界域の被験者を一定の規模で募集出来れば十分に有意差が付き、機能性表示ができる可能性を見いだすことが出来れば、本格的な規模の臨床試験を始めてよいという企業もあります。
そういう意味で、最初から本格的な臨床試験を実施し、やっぱりこれは駄目だったというよりも、手前で比較的低予算で確認できるのは企業にとってもいいことですね。
柿野 そうですね。素材に対しての文献調査、目利き調査はできます。どういう成分に可能性があるのか、文献調査を行うと分かるのですが、臨床試験を実施した研究者が世界中に1人もいないとなると、自ら臨床試験をやるしかない。しかし、効くかどうか分かりませんから、いきなり何千万円もかかる試験をやるとリスキーです。それで今おっしゃったみたいに、いわゆる探索的な臨床試験を行うことになります。
探索的な臨床試験というのは、どのような項目で有意差が付くかわからないから、いろいろな可能性を見ます。例えば、血圧が低下するのかわからない。コレステロールが減るのかわからない。体脂肪が減るのかわからない。あるいは精神面であれば一過性のストレスを緩和するのか分からない、ということで、とりあえず少ない人数の健康な人を集めてやってみる。それでやってみたら、血圧がちょっと下がったねということになる。少ない人数でやっていますし、血圧という目線では母集団が揃っていませんから、有意差は付きませんし、エビデンスとして弱いので、通常は改めて特保の規定に従って適格な層の高めの血圧の人のみを多数募集して、被験群とプラセボ群の2群間で母集団をきちんと揃えて実施します。ですので、被験者数、検査数も増え、やはり、1,000~2,000万円かかってしまいます。
リスクはあるにしても、最低1回の探索的な臨床試験をしないことには何も分からないということが結構あります。その時に経営者として踏み切れるかどうかです。探索的な臨床試験を実施するかどうかで悩んでしまったりとか、探索的な臨床試験の結果を見て、次に行くかどうかで悩む企業は多いですよね。
――探索的な臨床試験にも支援があるのでしょうか?
一木 支援があったのですが、現在はSRの作成に昨年度からシフトしています。
――SRの要望が多いのですか?
一木 そうですね。相談窓口と目利き調査はずっと続けていますが、その後の支援ということでSRにするか、臨床試験にするかを考えた時に、臨床試験はお金がかかるということもあるのか、研究レビューを作るので支援してくれとの希望が多く、それに対して審査して支援するいう流れです。SRの作成は東京の機関ですとか、いろいろなところで進めています。
もちろん大学の先生と何人かの社員さんでやってもいいのですが、福岡では社員だけでできるところはまだ少ないと思います。
――年間、総額でどれくらいの補助金を用意されているのでしょうか?
一木 上限を決めておりまして、1社あたりの上限は年間150万円までの支援事業です。昨年は3社を支援しています。
――現在、業界の4団体が消費者庁の要請を受けて事前確認制度の構築に向けて連絡協議会を設置しています。事前届け出制度に手を上げるお考えはありませんか?
一木 そういう話は出たことがありません。
柿野 KRPさんが無料でやりますと言えばものすごいインパクトでしょうが、業界団体からは嫌われるでしょうね(笑)。
――残念ですね。業界の中には、自治体が事前確認に取り組むことを歓迎する声があります。どうか、今後の課題ということに。ところで、昨年11月29日に都内で開催した「バイオ戦略『地域バイオコミュニティ』認定 キックオフイベント『福岡バイオコミュニティ』の挑戦」の反響はその後、いかがでしょうか?
一木 今のところ、目に見えて特段の成果が上がっているということはないのですが、中央官庁、内閣府、関東中心に大手企業の方々が約100人参加されましたので認知度はかなり上がったと思っています。
柿野 機能性表示食品の研究開発部門の方など、テーマに関係する企業が多かったようですね。全国から参加されたようですが。
一木 はい、そうですね。機能性表示食品はもちろん、いろいろと先端的な研究もやっていますから、福岡はバイオをやっているのだという印象付けをしたかったのです。会社(本社や工場、研究所など)が福岡の方に来ていただくとか、その研究部門の一部を福岡に置いていただくとか、そういう集積をしたいという思いがあります。
柿野 KRPさんには立派なインキュベーションセンターがありますから。
一木 福岡バイオインキュベーションセンターは、バイオベンチャーや産学官共同研究プロジェクトなどの受け皿として福岡バイオバレーの中核拠点を成すものです。工場となると、県内の工業団地を探すしかありませんが、研究部門で移転ということであればインキュベーション施設に入居していただけます。4月に新たに新棟をオープンしました。
柿野 他県では、中小企業の担当者が機能性表示食品の支援をやってもらいたいというので県庁にかけ合われたりするのを見てきましたが、なかなか拡充してもらえません。そこで福岡県はこういうことをやってますよと話すと、羨ましがられます。インキュベーションの話をすると、「ちょっと社長に相談します」と真顔で話されていました。東京方面の企業さんが研究部門を移されるケースもあると聞きますし、KRPさんはとても活発ですね。機能性表示食品というところだけを見た時に、他県ではなかなか企業が望むようなことができない。それに比べて福岡県は公的な支援スキームが確立していますから、いろんなことに対して非常に柔軟です。
「バイオ産業創出事業」公募
――福岡バイオベレープロジェクトの一環として、3月から「福岡県バイオ産業創出事業」を公募しておられます。
一木 「福岡県新製品・新技術創出研究開発支援事業」の後継事業として取り組んでいます。福岡県内バイオ産業の振興・発展を図るための委託事業として、バイオテクノロジーおよび関連分野で、新製品・新技術の研究開発・事業創出を行う事業者に支援を行い、その成果の実用化・事業化を推進することを目的としています。可能性試験から実用化(製品化)まで、切れ目のない研究開発と事業化を支援するものです。
研究シーズの探索を支援する「可能性試験」、バイオベンチャーが持つシーズの育成と実用化に向けた研究開発を支援する「育成支援型」、この育成支援型には、植物や微生物が持つ生産能力を最大限に引き出し、低コスト大量生産を可能にするスマートセルを用いた「育成支援型(スマートセル枠)」もあります。他に、バイオベンチャーなどの研究開発の成果をもとにした実用化への事業展開を支援する「実用化支援型」があるのですが、機能性食品を他の研究と一緒に評価するのは良くないだろうという考えのもと、新たに「機能性食品枠」というのを設けました。これらの研究支援を行った後、柿野先生に機能性表示食品の部分で支援をお願いしています。
柿野 こちらで採択され、その後に機能性表示食品を目指そうとされるときに私が別途、教育を担当するという流れです。
――最後に、福岡県内の企業の特徴をお聞かせください。
柿野 他の県と比べたらよく分かるのですが、何といっても福岡県は健康食品に関係している企業さんが多い。古くから訪販系、通販系の企業が多く、中小企業がそこそこ大きくなっているという文化があります。ですから、そういう強みであって、なおかつそういうふうな企業がきちんと機能性表示食品で何件も消費者庁に届け出ている。それで県庁や久留米市などの自治体が、「機能性表示食品というのは頑張れば実現する」と後押ししてくれるのですね。そこが違います。
一木 皆さん本当に熱心です。最初は勉強会の参加者の上限が8社までと設定していたのですが、今は倍の16社です。1クール終わったら卒業ですが、常に新しい人が参加しています。延べ100社ほどが卒業し、前半と後半の2部構成ですから、今期は合計30社ほどになりそうです。これはもうかなりすごいことです。届出公開件数も福岡県の総数が409件(2022年3月31日現在)のうち、152件がKRPの卒業生です。皆さんの熱意に応えるかたちでこれからも積極的に支援させていただきます。
――ありがとうございました。
(了)
<プロフィール>
柿野 賢一(かきの けんいち)氏
博士(医学)。1989年九州大学農学部卒。2002年から13年まで九州大学大学院医学研究院予防医学分野(専修)に所属。医薬品受託研究(GLP)機関の安全性評価業務を経て、2004年㈲健康栄養評価センター設立。機能性表示食品制度に対応した科学的根拠取得のためのコンサルティングをはじめ、消費者目線に立った健康食品・化粧品開発の企画立案、臨床試験の支援を得意とする。各大学・公設試験場との共同研究に関する斡旋・推進・管理業務も行う。講演・執筆多数。
一木 義治(いちき よしはる)氏
㈱久留米リサーチ・パークは1987年に設立した第3セクターで、各種の企業支援を実施。現在、福岡県内の企業を対象に、機能性表示食品開発支援を重点的に実施。これまでに県内の事業者26社152製品が同社の支援を受けて公開されている(3月31日現在)。同社の相談窓口は2回まで無料。相談時間は1回約1時間。届出に必要な研究レビュー作成のための目利き調査は、九州大学で行う。同事業は、福岡県バイオ産業拠点推進会議による事業で、久留米リサーチ・パークは事務局を担当。推進会議会員は3月末現在で700社。
【聞き手・文:田代 宏】
(冒頭の写真:左から一木氏、柿野氏)
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