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プラセボ対照試験の光と影 【機能性表示食品特集】無処置対照試験は影を消せるか

 無処置対照試験──機能性表示食品をはじめとする健康食品の有効性を検証するためのヒト試験の手法の1つとしてそれを取り入れるべきだと、薬理学などを専門とする東京大学名誉教授の唐木英明氏が主張している。医薬品から健康食品まで、プラセボ対照試験が世界的にもゴールデンスタンダード。しかし、唐木氏はこう指摘する。医薬品と比較して物質作用(効果)が小さな上に、健康な人に対する効果を確かめる必要のある健康食品の場合、プラセボ対照試験では本来の効果を検出できない場合が多い──。

健常者対象で有意差どこまで 唐木氏「医薬品と健康食品は異なる」

 本特集の第1弾を掲載した『ウェルネスマンスリーレポート』第59号(2023年5月号)では、機能性表示食品に求められるエビデンス(科学的根拠)の「質」、そしてその「基準」に対する唐木氏の考えを伝えるインタビュー記事を掲載した。それに続くのがこの記事となる。

 プラセボ対照試験には「不都合な真実」がある。効果のあることは疑いようがない一方で、プラセボとの比較で統計的に有意な差が認められないことがある。そうした現象が、医薬品でも見られている。それに比べて効果が小さい健康食品であればなおさらだろう。だからといって、効果がない訳ではない。その証拠に、消費者は健康食品を利用し続けている。それでも企業は、プラセボとの比較で有意な差を何とか得ようとする。決して少なくない資金を試験に投じている以上、その気持ちが分からないではない。だが、科学や統計の「作法」に反するかたちでそれをしてしまう。だからエビデンスの質の低下が起きる──唐木氏は前のインタビューで大意そう述べた。

 健康食品の全てが、という話ではない。だが、医薬品よりも効果が小さい上に、健常者を対象にした有効性評価を行う必要がある健康食品について、プラセボ対照試験を義務化している現状は果たして正しいか。試験を行う目的が違うのではないか。医薬品のように物質作用を測定しようとしても、そもそも原理的にできないことが多い、という。

 そういったプラセボ対照試験が抱える「限界」が、結果的に、機能性表示食品のエビデンスの質の低下を招いているのではないか。このままでは、科学に対する信頼も、機能性表示食品に対する信頼も損なわれる恐れがある。そうした負の連鎖を回避するためにも、物質作用を測定することを目的にしたプラセボ対照試験とは異なる試験手法を取り入れていく必要があるのではないか──唐木氏が無処置対照試験の導入を提唱する背景にはそういった考えがある。

 また、そうした考えが、医薬品と健康食品を明確にすみ分ける必要がある、との思いにつながっている。つまり、医薬品を規定する法律として医薬品医療機器等法が存在するのと同様に、健康食品を規定する法律が必要である、という思い。前のインタビュー記事には盛り込めなかったが、唐木氏は記者の取材にこう語っている。

 「(健康食品は)医薬品とは異なるものであるということを法的に整備しないとダメだ。そもそも使用する目的が全く違うのだから。目的が違うのに、(法律がないから)医薬品と同じ方法(プラセボ対照試験)が実質的に義務化されてしまっている。だから無理が生じている」。

プラセボ対照の限界から抜け出すために

 無処置対照試験とは何か。一言でいえば、プラセボではなく無処置、つまりプラセボを摂取しない(何もしない)群と比較するかたちで有効性を検証するRCT(ランダム化比較試験)のことである。

 しかしこの試験手法には無視できぬ欠点がある。被験者らの盲検性を確保できないことだ。そのため、プラセボ対照試験では可能な、物質作用とプラセボ効果の分離ができない。従って、無処置群との比較で統計的な有意差が明確に認められたとしても、「それは単なるプラセボ効果ではないのか」との指摘に真っ向から反論することは難しい。

 だが、唐木氏はこう考える。

 物質作用が確かに存在することは、「臨床試験に至る前段階で通常行われる、細胞や動物を使った前臨床試験でしっかり確認しておけばよい」。

 また、そもそも「効果」とは、健康食品にしろ、医薬品にしろ、物質作用と心因作用(プラセボ効果)の2つで成り立っているし、「心因作用を馬鹿にすることはできない。事実、心因作用を利用した治療が臨床領域でも広がっている」。その上で、「医薬品とは異なる健康食品の臨床試験で証明すべきことは効果の有無であるはず。心因作用がどの程度、影響を与えているかまで分析を求められるものではない」と主張する。

 こうした唐木氏の主張は、物質作用を測定するためのプラセボ対照試験を否定するものでは全くない。むしろ、「私だって、できるのであれば、医薬品と同じようにプラセボ対照試験を使って(健康食品の)物質作用を測定したい」と話す。

 また、健康食品に関するヒト試験の全てを直ちに無処置対照試験に置き換えよう、という話でもない。プラセボ効果が大きく出やすい領域については無処置対照試験、そうでない領域については引き続きプラセボ対照試験を行う。そういった試験手法の「すみ分け」、あるいは「併用」を考えている。そうすることで、プラセボ対照試験だけに依拠しているままでは進行していく一方となる恐れがあるエビデンスの質の低下を防げる、と唐木氏は見る。

無処置対照試験、業界の受け止めは

 唐木氏が提唱する、無処置対照試験に対する業界の受け止めはどうか。編集部が事業者などを対象に実施した、機能性表示食品制度に関するWebアンケート調査(有効回答は約120件)では、無処置対照試験に絡んで唐木氏が立ち上げた『健康食品試験法研究会』の認知や受け止めなども尋ねた。

 同研究会および無処置対照試験の両方を認知していた人に対し、無処置対照試験に期待するところがあるかを尋ねた設問では、「期待する」と「やや期待する」が合わせて62.5%となり、他の選択肢である「期待しない」と「実施は無理だと思う」を合わせた数字をやや上回る結果になった。

 また、「期待する」、「やや期待する」を選んだ向きに、その理由を自由記述形式で尋ねたところ、

 「健常人対象のRCTでは、プラセボ効果が相対的に大きく、群間有意差を出すのは難しい。間違った統計手法で群間有意差を示すより、プラセボ効果込みの有効性が正しく示す方が意味があると思う」。

 「本来は数カ月のプラセボ対象試験でも問題なく差が出るレベルの関与成分が望ましい。だが、たとえば統計的有意差が出ない程度の効果でも、長期摂取による積み重ねが健康の維持・増進に寄与する可能性も考えられる。薬理効果が低めの関与成分でも、(機能性を)表示出来る可能性を高められる試験法として検討・提案を進めて欲しい」。

 「現状の健常者対象RCTでは評価できる機能性に限りがある。また、試験結果の妥当性としても本来食品が果たすべき役割や範ちゅうが非常に限定的となる」──などといった意見が寄せられた。

 しかし、異論もある。

 「期待しない」、「実施は無理だと思う」を選んだ向きにも同様に自由記述でその理由を尋ねたところ、「日本国内向けと海外向けで、取得するエビデンスが異なる事になる。(無処置対照試験を)海外は少し受け入れにくいと思う」、「アカデミアのコンセンサスや合意を得られず、論文の査読で評価されない(ために掲載を拒絶される)」、「消費者に受け入れられないと思う」──などといった声が上がった。

 健康食品においても、プラセボ対照試験がゴールデンスタンダードとされている中で、物質作用とプラセボ効果の両方をトータルで測定し有効性を検証する無処置対照試験の正当性を、国内外のアカデミアをはじめ業界関係者や消費者が認めてくれるのかどうか──そんな疑問の声が多く寄せられた格好だ。無処置対照試験に期待すると答えた向きも、「学界等でオーソライズされるかどうかが大きな課題」になると指摘する。

道のりは遠い、しかし考える必要

 唐木氏は言う。「臨床試験と言えばプラセボ対照試験、という先入観が強すぎる。医薬品の臨床試験に関する世界標準のガイドラインや厚生労働省の関連通知でも、プラセボ以外の対照群を採用してはならないとは一言も言っていない。対照群にプラセボ以外を採用する合理的な理由を論文でしっかり示せば、リジェクト(掲載を拒絶)されることはないはず。科学的とは論理。きちっとした論理が成り立っていれば良い」。

 だが、これは遠い道のりであることは唐木氏も分かっている。無処置対照試験による論文を積み上げ、プラセボ対照ではないヒト試験の有効性を検証していくなど、やるべきことは多々ある。

 だとしても、唐木氏は、無処置対照試験を排除するべきではないと語る。

 「プラセボ対照試験では、健康食品の本来の作用が検出できない可能性がある。にもかかわらず、プラセボ対照試験でプラセボとの有意差を出すように求められている。その結果、科学や統計の作法から外れ、『健康食品には効果がない』との悪評を招いている。そうした悪評を追い払い、健康食品を気持ちよく利用してもらえるようになる方法を考えるべきだ」。

【石川太郎】

『ウェルネスマンスリーレポート』60号(23年6月号)から転載。一部修正

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