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スポーツ栄養めぐる日米対談(前) 米国市場の今を知り、日本市場の未来を探る

(一社)国際スポーツ栄養学会代表理事 青柳清治×米Increnovo代表 ラルフ・イエーガー

 プロテインやアミノ酸などのスポーツニュートリションはアスリートのためだけのものではなくなった。健康意識の高まり、生活スタイルの変化などを受けて、一般の若年層から中高年層まで取り込むサプリメントの一大領域になっている。その先進国、米国を拠点に、素材の研究開発や市場コンサルティングなどを手がけるラルフ・イエーガー氏と、国内外の大手企業でスポーツ栄養や高栄養食品の研究開発に携わってきた青柳清治氏が、日米スポーツニュートリション市場の今を語り合う。前後編の2回に分けて掲載する。

COVID-19が及ぼした市場への影響

イエーガー 米国のスポーツニュートリションの現在を語る上で避けられないことがあります。それはCOVID-19(新型コロナウイルス)のパンデミックです。パンデミックは人々の健康に対するモチベーションを高め、免疫、ストレス、睡眠などのカテゴリのサプリメントの売り上げを増やしました。その一方で、スポーツニュートリションを大いに苦しませることになったのです。

青柳 ジムの閉鎖が原因ですね。

イエーガー そうです。全米の20%を超えるジムが閉鎖に追い込まれたと試算されています。そのため、主にジムで販売されているスポーツニュートリションのブランドは甚大な打撃を被りました。米国のフィットネス業界はパンデミックによって292億ドル相当の収入を失ったと推計されています。

青柳 日本も似たようなものです。現在の状況は?

イエーガー すでにすっかり回復しています。ジムの数はパンデミック以前に戻り、スポーツニュートリションのマーケットも回復しました。今後、一層の拡大が期待されます。パンデミックは健康だけでなく、人々の運動に対する意識も高めたからです。ジムではなく自宅や屋外で運動するという新たな習慣を定着させた面もあります。米国では、健康を維持するために運動が重要と考える人の割合が53%から60%に増え、20分以上の運動を行う回数が週平均2.7日から3.4日に増えた、というデータがあります。いささか古いのですが、06年との比較です。

青柳 日本はまだ回復途上ですね。米国はパンデミックの初期こそ外出などの活動を厳しく規制しましたが、早くも21年の段階で日常を取り戻しつつありました。それに対して日本は、米国に比べてかなり緩い規制が23年まで続いた。そうした政策の違いがジムにせよ、市場にせよ、回復ぶりの違いを生んでいると思います。それに、日本は運動に対する意識が米国に比べて低い、ということも影響していそうです。日常的に運動したり、ジムに通ったりという人はまだまだ限定的ですし、健康のためというよりも痩せるために運動するというモチベーションがどちらかと言えば強いと思います。

オンライン販売の拡大とインフルエンサーの台頭

イエーガー 米国ではパンデミック下でウェイトマネジメント(体重管理)のカテゴリは縮小しました。一方で成長したのは、水分や電解質を補給するための製品やプレワークアウト(運動前の摂取が提案されるスポーツニュートリション)、そしてクレアチンの大きく3つです。特にクレアチンは200%超という大きな成長を見せています。

青柳 クレアチンはスポーツニュートリションの定番中の定番で、日本でも多くのアスリートが利用しています。成熟市場ですよ。それがどうしてそんな急に成長したのですか?

イエーガー パンデミックでサプリメントのオンライン販売が拡大し、インフルエンサーによるマーケティングが台頭したことで、ボディメイクしたい女性がユーザーに加わりました。それが答えです。クレアチンを利用することで、ヒップラインをきれいにしたり、スタイルを良くしたり出来るとSNSのTikTokでアピールする女性インフルエンサーが何人も現れたのです。

 TikTokは米国でも利用されていて、若い世代にとても人気があります。クレアチンは、アスリート以外では女性ユーザーがほとんど存在しなかったのですが、そうしたインフルエンサーの影響で若い女性に需要が広がっていきました。それと同時期にクレアチンの供給が非常にタイトになっていました。そのため、欲しいのになかなか買えない、という状況も生まれました。それも爆発的な成長に影響しました。クレアチンを販売する企業は今、女性にアピールする商品パッケージ作りやブランド戦略をこぞって行っています。

青柳 それは面白い。クレアチンで美尻ですか。日本でも受けるかも知れませんよ(笑)。ただ、クレアチンを飲んだだけで美尻になれるはずがありません。体を鍛える必要がありますね。インフルエンサーが企業からお金をもらって行き過ぎの宣伝を行っているということはありませんか?

イエーガー クレアチンのインフルエンサー達はジムでトレーニングしながらクレアチンを摂取した結果などをアピールしています。それに、インフルエンサーが発信する情報はFTC(連邦取引委員会)に厳しくコントロールされていて、FTCの規制に応じてさまざまな情報を開示しなければなりません。例えば、企業から支払いを受けているか、商品提供を受けているかなどといった情報です。不正を行えば、企業だけでなくインフルエンサーも責任を負います。

青柳 うーん、日本のインフルエンサーよりも厳しく規制されているようです。

後編につづく。対談日=2023年9月4日都内で)

【構成:石川太郎】

【プロフィール】

青柳 清治(あおやぎ せいじ):栄養学博士(米イリノイ大学)。米アボット・ラボラトリーズで経腸栄養剤などの研究開発やマーケティングに従事した後、英グラクソ・スミスクライン コンシューマーへルス薬事・品管・開発統括部長、ダノンジャパン研究開発部長、ドーム執行役員などを歴任。ドーム在籍時、スポーツサプリメントブランド『DNS』の開発責任者を務めるとともに、サプリメントのアンチ・ドーピング認証プログラム「インフォームドチョイス」の国内導入に尽力した。23年から現職。

ラルフ・イエーガー:有機化学博士(独ボン大学)。米カリフォルニア工科大学で研究院を務めた後、独デグサ社でホスファチジルセリン、クレアチンなどのスポーツニュートリション素材の研究開発に従事。07年に独立し、スポーツニュートリションなどサプリメントに関する研究開発コンサルティングなどを手がけるIncrenovo社を米国で設立。国際スポーツ栄養学会(ISSN)のフェローであり、ISSNが発行する学術誌の編集委員も務める。ISSN公認のスポーツ栄養士資格も保有。

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