ジャパネット措置命令を検証する 【寄稿】二重価格表示をめぐる行政と事業者の対立
元食品表示Gメン 中村 啓一
元食品表示Gメンの中村啓一氏が、消費者庁がジャパネットたかたに対して下した景品表示法違反(有利誤認)による措置命令を取り上げ、その根拠と妥当性について検証した。本件は、正月用おせちを対象に「通常価格」を設定し割引を強調した「二重価格表示」が問題とされたもの。ジャパネットは過去の販売実績や販売計画を根拠に反論。消費者庁の指摘と事業者の説明が大きく食い違う点を踏まえ、中村氏はガイドラインの適用や季節商品の特殊性、食品ロス削減の観点も交えつつ論点を整理。今後の通販広告のあり方に警鐘を鳴らしている。(編集部)
消費者庁は12日、通信販売大手「ジャパネットたかた」に対して景品表示法違反(有利誤認)に当たるとして措置命令を行った。同社は販売計画のない「通常価格」を設定し、大幅割引があるかのように誤認させる「二重価格表示」を行ったとしている。
これに対しジャパネットは、表示には根拠があるとして「本件表示は有利誤認には該当しない」と反論している。
近年は正月用に市販のおせちを購入する家庭は多く、派手な広告の早割キャンペーンの実施期間も早まるなど販売側の競争も年々過熱している。本件をジャパネットの反論から検証したい。
消費者庁の指摘と法的根拠
ジャパネットは2024年10月8日から11月23日までの期間、自社のウェブサイトで「【2025】特大和洋おせち2段重」、「ジャパネット通常価格29,980円が」、「1万円値引き 7/22~11/23」、「値引き後価格19,980円(税込)」と表示することにより、あたかも、「ジャパネット通常価格」と称する価額は、本件商品について令和6年7月22日から同年11月23日までのセール期間経過後に適用される将来の販売価格に比して安いかのように表示していた。
「実際は、本件商品について、当該セール期間経過後に当該将来の販売価格で販売するための合理的かつ確実に実施される販売計画はなく、ジャパネット通常価格は将来の販売価格として十分な根拠のあるものとは認められない」というのが消費者庁の主張である。
ジャパネットの3つの主張と残る疑問
- 法令ガイドラインの準拠について
「消費者庁のガイドラインでは『過去に販売した価格』を比較対照に用いることが認められています。当社はこれに則り、キャンペーン直前まで『通常価格29,980円』で販売しており、表示に適切な根拠があったと認識しております。」(ジャパネットたかた)
ジャパネットたかたは、消費者庁のガイドライン「将来の販売価格を比較対照価格とする二重価格表示に対する執行方針」(2020年12月25日)を持ち出して正当性を主張する。
しかし、定番商品として販売されている商品が、キャンペーン期間中通常価格より割引して販売することであれば問題はないが、正月用おせちという季節商品が定番商品としてキャンペーン開始前も通年販売されていたとする説明には疑問がある。
同一規格の商品をキャンペーン直前まで通常価格で販売していたとするのであれば、いつから販売を開始し、消費者への広告などでそれを証明する必要があるのではないか。さらに、現在実施中の2025年の同キャンペーンでは、1万円引きの早割価格に近接して「値引き後終了価格」として通常価格を表記していることについてもその整合性について説明が必要だ。
消費者庁のガイドラインには、「過去の販売価格を比較対照価格とする二重価格表示」について、「同一の商品について『最近相当期間にわたって販売されていた価格』を比較対照価格とする場合には(略)その内容を正確に表示しない限り、不当表示に該当するおそれがあります」(価格表示に関するガイドライン)と記されており、一定の実証的根拠が求められる。
また、将来価格を比較対照価格とする場合でも、「事業者がセール期間経過後直ちに比較対照価格で販売を開始し、当該販売価格での販売を2週間以上継続した場合には…不当表示として取り扱わない」(「将来の販売価格を比較対照価格とする二重価格表示に対する執行方針」2020年12月25日)とされており、「合理的かつ確実に実施される販売計画」の裏付けが必要であることが明示されている。
なお、同ガイドラインでは注記(注5)(注6)として、「クリスマスケーキ、恵方巻、年越しそば等の季節商品については、一定の例外的取扱いがある」とされ、販売期間が短くとも、有利誤認に該当しない場合がある――と明記されており、ジャパネットのような季節限定商品の予約販売においては、「例外的に実証期間を満たさずとも不当表示に当たらない」との主張にも一定の法的余地は存在する。しかしながら、その適用には「個別具体的な状況の実証」が不可欠であり、単なる販売計画の存在だけでは不十分である。
2.キャンペーン終了後の対応について
「2022年、2023年は同キャンペーン終了後に通常価格で販売をしております。2024年も同様の販売計画でしたが、期間内に完売した時点で販売を終了しております。お客様に安くご購入いただける機会を公平に設けており、表示の正当性を失うものではないと考えております。また、早期予約キャンペーンの企画において、キャンペーン終了後に購入できなかったという事実は企画の趣旨に沿ったもので、お客様に誤解を与えてはいないと考えております。」(ジャパネットたかた)
販売計画数量があり、それに達した場合は期間中でも販売を終了することはあり得ると考えるが、その旨は消費者に知らされていたのか。また、販売計画の合理的な根拠を行政に説明できていたのか疑問が残る。本件に限らず、実際には存在しないキャンペーン後の価格を、根拠なく販売計画終了を理由にできるとすると、同様の事例が多発する心配もある。
3.当社通常価格の正当性について
「当社は、一括大量仕入れによって在庫リスクを負い、メーカー様と共に企業努力を重ねることで、高品質な商品をお求めやすい価格でご提供することを基本方針としております。本件のおせちも、本来29,980円で十分自信をもっておすすめできる商品を、43万個という規模の仕入れにより19,980円の価格でご提供したものです。本来は、29,980円相当のものを企業努力で値引きを実現しております。」(ジャパネットたかた)
本商品に限らず、一括大量仕入れ等により高品質な商品を安価に提供するとするジャパネットたかたの企業努力には敬意を表する。早割のおせち販売が有利誤認に当たるとして措置命令を受けたのは残念であるが、近年はおせち商戦が加熱し誇大な宣伝も見受けられる。
ジャパネットの反論は、「おせちは時期を過ぎると廃棄につながりやすい特性があります。早期にご予約いただくことで需要を正確に予測し、売れ残りによる廃棄をなくすことは、食品ロス削減に向けた企業の社会的責任であると考えております。」と結んでいる。
日本には、正月のおせち、節分の恵方巻、節句の柏餅、土用のウナギ、クリスマスのケーキなど、食品が結びついた季節の行事が多いが、見込み生産による売残りの廃棄が食品ロスとして問題になっており、消費者庁も「予約販売で食品ロスの削減」を呼びかけている。
食品ロス削減に向けた取り組みには賛同するが、そもそも予約販売を前提としている本件の免罪符にはならない。
今後の展開に注目
TV通販などでは、今から30分以内の申し込みに限り割引、期間中だけの特別サービスなど、購入を急がせる通販広告が氾濫している。今回の消費者庁の措置命令はこの現状に対しての警鐘と考える。
本件は行政と事業者の見解に相違があり、ジャパネットは「法的な手続きの場で当社の正当性を主張することも含め、適切に対応する」としていることから今後の展開が注目される。
<プロフィール>
中村啓一(食の信頼向上をめざす会事務局長)
1968年農林水産省入省。その後、近畿農政局 企画調整部 消費生活課長、消費・安全局 表示・規格課 食品表示・規格監視室長、総合食料局 食糧部 消費流通課長などを経て2011年に退官。著書:『食品偽装・起こさないためのケーススタディ』共著(ぎょうせい)2008年、『食品偽装との闘い』(文芸社)2012年など。