山笠太郎の健康管理とほほ日記 ~不摂生な私が25年もスポーツクラブに通える理由~(32)
(前回からの続き)新任支社長の太郎ちゃん、いざ福岡へ!
福岡へ転勤が決まると、中州食品工業本社から徒歩15分程に所在する某金融機関で、ご縁と言うべきか、偶然にも、バリバリの営業として活躍している高校時代のクラスメート三田淳之介クンから
「良かったじゃない山笠。支社長なんてご栄転じゃん。勤務地は博多だろ?良いところだぞ。メシも旨いしな…」とにやけながら喜んでくれた。そして矢継ぎ早に
「ところで山笠、お前単身だろ? 博多単身赴任の先輩として山笠に色々とアドバイスしたい事があるから…昇格お祝い兼ねて近々一杯どう…?」と問うてきた。
実は、三田クン自身も1年ほど前まで約3年、福岡、天神の営業所長として勤務していたのだった。
小生、三田クンが天神勤務時代、健康食品関連の展示会で博多へ出張の際、三田クンにご馳走になった事があったのだ。何故か北九州ナンバーのBMWで颯爽と現れ
「ワリ~ワリ~、俺さ、週末に趣味で九州各地の海に潜りに行っているだろ、こっちの足代わりに車買っちゃたんだよ。じゃあ車置いて来るからさぁ、先に店に行って軽く一杯始めててよ」
小生、「相変わらずの三田ワールドだわい」と苦笑するしかなかった。
古典的な整い過ぎた派手目な顔立ちでエネルギッシュな三田クン。某女性首相ではないがモーレツに働くので部下や同僚から恐れられていた。全盛期の頃は元旦しか休まなかったんじゃないかってくらいの仕事中毒患者(笑)であった。まさに「24時間戦えますか?」を地でいく男だった。
高校時代の三田クンは、超のつく程の優等生な一方、夏は家族でスキューバダイビング、冬はスキー……と、我々ガチャガチャした都内下町ノリ同級生たちとは一線を画し富裕層的雰囲気を醸し出していた。
また、柄にもなく(笑)極真空手道場に通っていて
「俺は右翼だぁ!プシーィ」と意味不明な事を口走ったり
「山笠、この前サウナに行って拳立て伏せ100回してきたわ」
と聞いてもいないのに突然話しかけてきたりと、まさに「こいつ何考えてんだよ」的な謎めいた孤高の存在でもあった。
そんな感じで、独特ではあるが超が付くほど生真面目な三田クンであったが、大学生になって覚醒した。
三田クンは大学生になると、一転してその「素材の良さ」をフル活用し、ド派手な私生活へと華麗なる?転身を遂げたのであった(笑)
突然変異の如く女性遍歴も芸能人から夜の淑女まで…。当時、上場企業の重役さんでもよっぽどのクラスでなければ出入りできない銀座の最高峰の1つであった某高級クラブへも「あら淳ちゃんいらっしゃい」と顔パスであった。
そんなノリで?就職しちゃった結果(笑)いきなりエネルギッシュに営業記録を塗り替え新入社員時代からトップセールスの名をほしいままに活躍していたのだった。
それは旧友・三田クンの忠告から始まった
さて話しを戻そう。三田クンからお誘いを受けたものの引継ぎと送別会で既にスケジュールはパンパンであった小生……(汗)。そんな状況を三田クンに伝えると
「そしたらさぁ着任して早めの空いている週末教えてくれよ。実は最近入院された博多の取引先の社長さんがいてさ、丁度お見舞いに行こうと思っていた所だったんだよ。そしたらさぁ、接待でもプライベートでも使えるコスパの良い中州の店何件か紹介するよ」
と何だか妙に強めの圧が…(苦笑)
「その社長さんて中州のラウンジのママなんじゃね?」
と内心怪しみつつも友情に感謝(苦笑)する次第であった。
そして福岡着任早々の土曜日の夕刻、三田クンと中州で一杯やる事となったのだった。
「新しい名刺をくれよ」と三田クンから請われ、名刺をヒョイと渡すと
「山笠…お前これからビックリするほど女性(水商売?)にもてるしチヤホヤされると思うよ…だけどな(俺と違って苦笑)それってお前がもててるんじゃない、この名刺、すなわち肩書(九州支社長)がもててるっていうことを忘れるとエライ目にあうぞ、俗にいう博チョン、札チョンと言ってな、博多と札幌に単身赴任で行くと夜の淑女達に飲み込まれちゃうからなぁ」
「山笠なんか特に引っ掛かりそうで心配だよ…俺がこっちにいた頃だって担当していた大企業の支社長クラスで奥さんと離婚したり本社に強制送還されたり地の果てまで飛ばされたりと何人もアウトになってるお歴々を目の当たりにしてっからさぁ」
と小生の夢と希望に満ちた?九州支社長としての第一歩はそんな高校時代からの腐れ縁でもある親友、三田クンからのありがたい(苦笑)忠告からスタートしたのであった……。
ちなみに、その夜は、三田クンお気に入りのおねーちゃんのお店にも行ったことを付記しておく(笑)
(つづく)
<プロフィール>山笠太郎(やまがさ たろう)
三無主義全盛の中、怠惰な学生生活を5年間過ごした後、運良く大手食品メーカーに潜り込む。健康食品事業部に配属され、バブル期を挟み10年。その間に健康食品業界で培った山笠ワールドと言われる独自の世界観を確立。その後社内では様々な部門を渡り歩き47都道府県全ての地に足を踏み入れる事となる。

