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山笠太郎の健康管理とほほ日記 ~不摂生な私が25年もスポーツクラブに通える理由~(31)

太郎ちゃんなりの「私の履歴書」

 健康食品課長として気が付けば4年が過ぎていた。

 小生も40代半ば、サラリーマンとしてお肌の曲がり角に差し掛かろうとしていた。

 「山笠さん、そろそろ異動…?」との噂話が飛び交い始めた頃でもあった。

 少しおっちょこちょいだが業界事情通な部下の某クンは

 「山笠課長ってうちの会社(中州食品工業)では主流の部門は全く経験されていませんからね…微妙っすよね。多分、付き合いの深い健康食品の専門卸とかに経営幹部として行っちゃうんじゃないっすかぁ~」

 等々、まさに「他人の口に戸は立てられない」状態であった(苦笑)

 当時を振り返るならば、そう噂を立てられても仕方がない要素もあり、小生がもう少しサラリーマンとして上昇志向が強かったならば、本部長なり、さらには経営陣をも巻き込んで、もっとうまい事やれたのかもしれないが、そんな事には全く興味関心のない小生、相変わらず面白そうなセミナーがあれば参加したりクロスマーチャンダイジングと勝手に称し、異業種交流に時間を割いたりとマイペースっちゃぁマイペースに業界を浮遊していた…(苦笑)

 ちょうど、健康食品業界も大きくお肌の曲がり角(?)を迎えようとしていた頃合いでもあった。

 旧来の健康食品業界のプレーヤー達は、トクホの誕生や流通を巻き込んだイノベーション…まさに時代の変革が加速度的に起き始めている流れをキャッチアップ出来ずもがき苦しんでいた。そんな「ダーウィンの法則」に抗う事もできないまま、因果応報とでも言うべきか、絶滅危惧種へと一直線…気が付けば表舞台から静かに消え去っていったのであった…(汗)

 そんな訳で必然的に、与信問題等々、冷や冷やとする局面も増え、「〇×△(健康食品専門卸)さん大丈夫なのでしょうか?」と何故か小生の所に相談に来られる健康食品メーカー担当者もちらほら…そんなリスク管理に奔走する姿が散見される様になってきたのだった(苦笑)。

 さらに足元では痺れるようなクレーム対応に追われ、その都度社内外関係各所へ走り回り、健康食品業界で培った山笠ワールド全開「丁々発止」ですべてを辛うじて火消ししてきた小生(冷汗)、それに伴い、委託先の品質管理問題にも神経をとがらせなければならず、何度も徳俵に足をかけながら幾多のピンチを凌いできたのであった。

 しかし、さすがの小生もやや「おつかれちゃん」モード…その反動か、夜の活動が何故かパワーアップ(?)気がつけば週イチ程度のジム通いでは追いつけない腹回りとなっていた(汗)

 そんな時期の事だった。

 初めての人間ドックはどこにしようかと迷っていた際、たまたま親の知人から、よくテレビにも出演している院長先生が有名な「○○クリニック」を紹介された。場所も千代田区内だし会社にも比較的近かったので、受診することとした。

 結果は、デブなのはもとより(苦笑)、なんと心電図のデータで時折「脈が飛ぶ」という判定が出た。最後に問診?総評?があり、テレビでよく見る院長先生から

 「まさにあなたは日本の典型的な働きすぎ中間管理職だな、原因は間違いなくストレスと酒だよ、ガハハ」

 とのご指摘を受けるに至った小生、しかしながらさほど気にも留めず翌日からいつも通りの日々…呑んだ後のラーメンはさすがに良くないと、コンビニおにぎり3個をほおばりつつ、日付変更線をまたがぬよう帰宅する自分がいた…(苦笑)

 実はこの検査結果が、後々大変な健康問題を引き起こす事になるのであるが、当然の事ながら当時の太郎ちゃんには知る由もなかった。

太郎ちゃん、九州支社長に昇格だってよ

 さて話を戻そう、そんなこんなで閉塞感が漂い始めていた昼下がりの事だった。小生の斜め後ろの窓側の桧山本部長席で桧山本部長が担当の富山常務と談笑していた。

 そこに営業統括に就任していた茶川専務が「やぁやぁ」と現れたのだ。

 そして桧山本部長と富山常務と3人で数分程談笑していると突然

 「おいっ、山笠、何ぼーっとしてんだよ。お前の話しだぞ。4月から福岡だ」

 「はぁ…福岡って…?」

 「お前が九州支社長で行くんだよ」

 「はぁ~ってか、そうなんですか、え~っ…あっ…ありがとうございます」

 後から思えば、大阪支社へ転勤の時も、健康食品課へ課長として舞い戻る時も、上司や担当役員から別室に呼ばれて内示を受けたものだが、重責ポストであるはずの支社長昇格の内示は雑談の延長線上的な感じで突然というか、唐突に受けたのであった(苦笑)

 茶川専務は、社内では本流部門の業務企画畑を長らく歩んできたので、チェンジアップのような部門ばかり歩んできた小生とは全く接点がなく、信じられない事であるが、なんとこのやり取りが実質初めての会話であったのだった。

 結果的に、一部の奇特な諸先輩を除き、多くの経営幹部クラスからは「Who is 山笠?」状態で九州に赴任する事になってしまったのであった(苦笑)

 次回は、そんな「やらかしちまった昇格」を果たした小生に、「良かったじゃない」と何かと世話を焼いてくれた健康食品業界の盟友や学生時代の同級生とのエピソードを記したい。

(つづく)

<プロフィール>山笠太郎(やまがさ たろう)
三無主義全盛の中、怠惰な学生生活を5年間過ごした後、運良く大手食品メーカーに潜り込む。健康食品事業部に配属され、バブル期を挟み10年。その間に健康食品業界で培った山笠ワールドと言われる独自の世界観を確立。その後社内では様々な部門を渡り歩き47都道府県全ての地に足を踏み入れる事となる。

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